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あびす! 〜島育ちの女子高生たちが自宅のガレージで深海探査機を作ったら、世界のエネルギー覇権を揺るがす大発見をした件について〜  作者: YKO


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第1潜 多幸湾の朝と小さな海底ロマン ③

画面に表示された解説ページをスクロールしていくうちに、菜月の目はパッと見開かれた。


そこには、大学の研究室や民間の愛好家たちが、市販のパーツを組み合わせて手作り(DIY)で水中ドローンを開発している記事が載っていた。


たとえば、とある大学生グループがまさに予算数万円程度で実用レベルの水中ドローン(ROV)を作り上げた有名な実例なども紹介されている。


さらに読み進めると、そこには信じられないほどワクワクする情報が並んでいた。




島内には大きなホームセンターはないけれど、地元の金物屋さんや工具店、あるいは身近な資材を代用すれば色々なパーツが手に入ること


基本の予算は、お小遣いやバイト代をかき集めれば十分に手が届く「10万円程度」で作れること


しっかりとした耐圧構造と防水の工夫をすれば、水深数百メートル――アコウダイやユメカサゴの深海魚が眠る領域まで潜れること




「……これ、すごくない!? 私にも作れるんじゃないかな……!」



画面に映し出される自作ROVの複雑な配線図や、塩ビ管で作られた無骨な骨組みの写真は、菜月のなかの「秘密基地作り」の血を最高潮に疼かせるのに十分すぎた。


毎日のように海に潜ってきた菜月は、この島の海のことは大体知っていたし、もう自分の知らない新しい生き物や景色なんて残っていないとどこかで思っていた。


けれど、まだ人間の目が届かない「海の底」には、自分がまだ一度も見たことのない世界が広がっているかもしれない。


そう思うと、胸の奥の鼓動が高鳴り、ワクワクが止まらなくなって夜も眠れそうにない。


スマホの画面をスクロールする指の速度がどんどん上がっていく。


水密性を保つための塩ビ管の継ぎ手、スクリューを動かすための防水モーター、カメラからの映像を地上に送るための長いケーブル、そして海水の浮力と機体の重量を相殺するバラストの計算――。


専門用語ばかりで最初はチンプンカンプンだったが、読めば読むほど「これなら自分たちでも仕組みが理解できるかもしれない」という確信に似た期待感が膨らんでいく。


海を愛する菜月にとって、これほど心を奪われるロマンはほかになかった。



---



翌日の放課後。


昨夜の興奮が冷めやらぬまま、菜月はさっそく朱音と凪を捕まえた。



「ねえ、ちょっと見せたいものがあるんだ! 放課後、少し付き合ってよ!」



半ば強引に二人の腕を引っ張り、菜月が向かったのは実家の裏手にある古いガレージだった。


そこは、父や祖父が漁具の整備や網の繕いに使っている作業場だった。


夕暮れのオレンジ色の光が、無造作に転がっている魚網や錆びかけた工具箱、使い込まれたレンチやドライバーをぼんやりと照らし出している。


潮風と古びたグリスの匂いが混ざり合う、いかにも「秘密基地」らしい空間だ。



「でね、私が昨日の夜ネットで見つけたのがこれなの!」



菜月は興奮冷めやらぬ様子で、スマホの画面を二人の前にドンと突き出した。


そこに映っているのは、塩ビ管と防水ケースで作られた、手作り感満載の無骨な水中ドローンの写真だ。


配線剥き出しの基板や、不格好にコーキング剤が塗られた接合部など、お世辞にも洗練されているとは言えないが、それがかえって「自分たちの手で作れそう」というリアルな実感を伴って目に飛び込んでくる。



「手作りの深海探査艇……通称・ROV! これを使えば、私たちがこの手で深海の可愛い魚たちを撮影できるの!」



朱音は目を丸くして、スマホの画面と、自信満々に胸を張る菜月の顔を交互に見比べた。


そして、開いた口が塞がらないといった様子でパタパタと手で空気を仰いだ。



「ちょっと待ってよ菜月さん……これ、本気で言ってるの? 塩ビ管と防水カメラって、海の水圧を舐めすぎよ。

水深300メートルなんて、地上とは比べものにならないほどの高圧なんだから。

気圧換算したらどれだけの負荷がかかると思ってるのよ。

少しでもパッキンの精度が狂えば、一瞬でペシャンコにつぶれて内部は水浸し、カメラも基板も一発でお陀仏よ!」



朱音の現実的で鋭すぎるツッコミに、菜月は「うっ……」と言葉を詰まらせるが、すぐに負けじと両こぶしを握りしめて反論した。



「だ、だからこそ、そこをどうにか工夫するの! 市販の既製品を買うだけじゃ面白くないでしょ?

予算だって、みんなでバイト代やお手伝いのお駄賃を持ち寄れば、10万円くらいで絶対に作れるんだって!

ね? 朱音ちゃんなら、こういう機械の仕組みとか詳しそうだし、きっと力になってくれると思うの!」



「私を巻き込まないでよ……!」と朱音は頭を抱えるが、その目の奥には、深海オタクとしての抑えきれない興味の色がチラチラと揺れている。


一方の凪は、作業場の古いパイプ椅子に腰掛け、足元の工具箱を軽く蹴りながら、どこか楽しそうに、そして呆れたように大きくため息をついた。



「はぁ……。菜月が変なスイッチ入ったときのその突撃力は、小さい頃から散々付き合わされてるから慣れっこだけどさ。本当にそんなの、素人の私たちに作れるわけ?」


「作れるよ! じいちゃんが持ってる漁協の倉庫の端材も使えるし、足りないモーターや基板はネットで買えばいいんだから! ねえ、凪ちゃんだって、面白そうって思ってるくせに!」


「思ってないわよ……と言いたいところだけどさ」



凪はクスッと小さく笑うと、腕を組んでガレージの天井を見上げた。



「どうせ、菜月が一度これって決めたら、テコでも動かないのは私が一番よく知ってるもの。それに……私たちの手で作った機械が、この神津島の海の底のまだ誰も見たことない景色を映し出すって想像したら……ちょっと、ワクワクしないでもないかな」



凪のその言葉を聞いた瞬間、菜月の顔が一気にぱあっと輝いた。



「やった! 凪ちゃんも賛成してくれた!」


「賛成した覚えはないっての。ワクワクするとは言ったけどさ」



照れくさそうに頬を掻く凪を見て、菜月は勢いそのままに、最後の一押しとばかりに朱音を振り返った。



「朱音ちゃんもでしょ? 三脚魚の生態をあんなに詳しく教えてくれたってことは、本当は生で見たくてたまらない証拠じゃない!」



朱音は慌ててブンブンと首を横に振る。



「なによそれ! 私はただ、そんなの絶対無理だって現実を――」


「でも、本当は見てみたいんでしょ? 図鑑やネットの画面だけじゃなくて、本物の深海の底をさ!」



朱音は自分のメガネをキュッと押し上げ、観念したように小さく息を吐いた。



「……本当に、あなたたちは無茶苦茶なんだから。でも……」



朱音はスマホ画面に映るROVの設計図をじっと見つめ、その唇の端にほんの小さな、しかし確かな笑みを浮かべた。



「海の底の圧力計算や、防水シールの耐性について調べるくらいなら……手伝ってあげてもいいわよ。どうせ、あなたたちだけじゃ絶対に途中でショートさせておしまいだもの」


「やったーーっ!!」



ガレージの中に、菜月の弾けるような歓声が響き渡る。


深海オタクである朱音の胸のなかでも、理屈では「無謀だ」とわかっていながらも、「本物の深海をこの目で覗いてみたい」という抑えきれない知的好奇心とロマンが、静かに、しかし確実に疼き始めていた。


凪も「やれやれ」と肩をすくめながら、その口元には隠しきれないニヤリとした笑みが浮かんでいる。




こうして、高1の春。


神津島の小さな古いガレージを舞台に、女子高生たちによるDIY深海探査艇(ROV)の計画が、まさに音を立てて動き出そうとしていた――。





(つづく)


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