氷の刃
SGJでの剣術訓練が始まって、数日が過ぎた。
「うあ!」
雪乃の木刀が宙を舞い、床に落ちる。
「貴様!何度も言わせるな!踏み込むと同時だ!それに脇も甘い!」
師範の丸山美月が叱咤する。
彼女は、元薙刀使いのヒーローで『双月』と呼ばれていた。
最高ランク16位。ヴィランからは『赤い三日月』と恐れられるほどの実力者だった。
40歳手前で引退し、現在は主に女性ヒーローの剣術師範として活躍している。
「そうやって考えも無しに突っ込んで、死んだヒーローが何人いると思ってる!?貴様もそうなりたいのかぁ!」
「なりたくありません!もう一度、お願いします!」
雪乃は木刀を強く握りしめて、立ち上がる。
「ふむ!貴様の気迫だけは褒めてやる!来い!」
美月が木刀を構える。
午前中の訓練が終わり、雪乃はSGJの休憩室の自動販売機でサンドイッチを購入した。
ーーーあのお弁当が懐かしい・・・
サンドイッチを口にした瞬間、廊下をバタバタと走る音が聞こえた。
「雪乃!ここにいたか!」
高橋が息を切らしながら休憩室に飛び込んできた。
「あ、高橋さん。ひょっとして、お弁当かな?」
雪乃が冗談交じりに言った。
「翡翠蘭が重傷を負った!」
高橋がひっ迫した表情で、雪乃を見つめる。
「え!?」
雪乃がサンドイッチを床に落とす。
雪乃は高橋に連れられて、SGJの治療所へと向かった。
病室には数名のヒーローが見舞いに来ていた。
高橋と雪乃が、カーテンの隙間から翡翠蘭のベッドを覗き込んだ。
「お!ヤッホー雪乃!」
包帯だらけの蘭子が、雪乃を見て手を振った。
「ヤッホーじゃないですよ!心配したんですからね!」
雪乃は安堵と、呆れ混じりの苛立ちを覚えた。
「命に別状がなくてよかった」
高橋も心底安心する。
「いやぁ~、後輩に格好悪いとこ見られちゃったなぁ〜」
蘭子が無理に笑顔をつくる。
「本当に・・・本当によかった!」
雪乃が蘭子に抱きつく。
「イタタタタタ!」
蘭子が悲鳴を上げる。
「あ!ごめんなさい!」
雪乃が蘭子から飛び退く。
「雪乃らしいなぁ〜。訓練はどう?美月さんにしぼられてる?」
「コテンパンにやられてます」
雪乃は照れ笑いしながら言った。
「美月さんは厳しい人でしょ?」
「どう・・・ですかね」
雪乃が言葉を濁す。
「対剣術訓練の時、美月さんが嫌で嫌で仕方なかったわ」
「お前、何度か訓練サボっただろ。美月さんブチギレてたぞ」
高橋が呆れた顔をする。
「アハハ〜、怖かったなぁ〜。でもね、あの人は本気なんだよ、ヒーローを生かすことにね。たとえ恨まれることになっても」
「熱意はとても伝わります」
「話を逸らしているが、具合はどうなんだ?」
高橋が話を元に戻す。
「う〜ん、全治一ヶ月って言われた」
蘭子が平然と言ってのける。
「一ヶ月・・・」
雪乃が目を伏せる。
「そんな顔をするな、私は生きてるんだ」
「私は・・・蘭子さんのような、立派なヒーローになれるでしょうか」
「雪乃はどんなヒーローになりたいの?」
蘭子は雪乃の言葉が気になって訊ねた。
「大切なものを・・・守れるヒーローになりたい」
雪乃は蘭子の目を真っすぐ見て答えた。
「なら、美月さんから学ぶことは多いと思うよ」
「それは、どういう意味ですか?」
「美月さんは、鬼紗羅さんの相棒だった人なんだ」
「鬼紗羅さんの!?」
雪乃が固まる。
「美月さんの訓練は、普通の訓練だと思わない方がいい」
高橋は腕組みをすると、目を閉じて話した。
「えっと、余計にわからないです」
雪乃は困惑した。
「美月さんは、鬼紗羅さんが自分の命を顧みずに戦うスタイルを、とても嫌っていた」
「『誰かを守っても、自分を守れない奴はヒーローじゃない!』・・・美月さんの口癖だったよね」
蘭子が微笑みながら言った。
「・・・」
雪乃は黙って二人の話を聞いていた。
「雪乃の全てをぶつけてみるといいよ」
蘭子は雪乃の肩を叩いた。
「私の全て・・・?」
「雪乃は、氷の刀みたいなのよね」
「氷の刀?」
「冷静で鋭くて、危なっかしくて、もろい」
「いいところ無いじゃないですかぁ!」
「補強できれば、コンクリートにも負けないくらい強くなる」
「補強・・・」
「お前の強さは、そこなんだよ、雪乃」
「蘭子さん・・・」
「美月さんに食らいつけ!」
ーーー私は、氷の刀・・・




