決意
「ただいま!」
雪乃が、小さなアパートの玄関の扉を開けて帰って来た。
「お帰り!部活どうだった?」
華穂が雪乃を出迎える。
「団体戦の大将に選ばれた!」
雪乃が満面の笑みで報告する。
「そう!おめでとう!」
華穂が感極まって、雪乃を抱きしめる。
「ありがとう!」
「ねえ、今日のご飯何?お腹ペコペコ〜」
「雪乃の好きなハンバーグだよ!」
「やったぁ!」
「さあ、手を洗って、お父さんに手を合わせて来なさい」
「はーい!」
雪乃は鞄を置くと、洗面所に向かった。
手を洗っていた雪乃が、何気なく鏡を見ると、居るはずのない何かが写っていた。
「キャア!」
鏡には、血まみれの狐の怪物が雪乃のすぐ後ろに立っていた。
とっさに振り返ったが、そこには何もいなかった。
「なに、今の・・・」
雪乃はすぐさま華穂の元へ向かった。
「お母さん!あのね・・・」
雪乃は絶句した。
血まみれの華穂が、うつ伏せで床に倒れていた。
「いやぁぁぁぁ!」
「はっ」
雪乃が目を開けると、白い天井が見えた。
「あ、れ?」
雪乃が周囲に目をやり、そこが病院であることに気づく。
「私・・・」
「あ、気が付かれましたね、気分はどうですか?」
女性の看護師が、意識の戻った雪乃に話しかける。
「あの、私、なんで?」
「お名前、言えますか?」
「あ、はい、氷川、雪乃です」
「はい。じゃあ、少し待ってて下さいね。先生呼んできますから」
そう言うと、看護師は部屋を出ていった。
看護師と入れ替わりで、赤いチャイナドレスの女性が入ってくる。
「気分はどうなりか?」
翡翠蘭が雪乃に話しかける。
「誰?・・・ですか」
「こう見えてヒーローなりよ」
「どうして?」
「落ち着いたらゆっくり話すなりよ」
翡翠蘭は雪乃の掛け布団を直すと、笑顔で言った。
「今はゆっくり、体を治すなりよ」
翡翠蘭が部屋を出ると、医者と看護師が部屋に入って来た。
数日後。
「雪乃、具合はどうなりか?」
雪乃の病室に、翡翠蘭が入ってくる。
「翡翠蘭さん、こんにちは。元気ですよ!」
ベッドに横になったまま、雪乃が笑顔で応える。
「お医者さんも順調だって」
「よかったなり!」
「翡翠蘭さん」
「なんなりか?」
「母もこの病院に?」
「病院の人に聞いても、確認しますの一点張りで。ひょっとして怪我でもしてるんじゃ?」
翡翠蘭の顔が急に険しくなる。
「雪乃、落ち着いて聞いてくれる?」
「は、はい?」
「お母さんは・・・亡くなったわ」
「え!?」
「助けられなくて、ごめんなさい」
「・・・またまたぁ~、翡翠蘭さん、さすがに笑えません」
「今まで黙ってて、本当にごめんね」
翡翠蘭が悲痛な面持ちで言う。
そして、雪乃を安心させるように小さく笑った。
「なかなか気持ちの整理がつかないと思うけど、いつでも話を聞くし、側にいるから・・・」
「・・・一人に、してもらえますか」
雪乃が呆然としながら、小さく呟いた。
「うん、いつでも声をかけて、外にいるから」
翡翠蘭は静かに部屋を出ていった。
次の日。
「翡翠蘭、ご苦労様!」
ルイーズが、見張りをする翡翠蘭に声をかける。
「お前の好物のシュークリームだ。これは駅前でいつも大行列のアレだぞ!・・・ん?」
「あ、ありがとうなり〜」
ルイーズが黙って翡翠蘭の隣に立つ。
「何かあったのか?」
「昨日、母親の事を伝えました」
「そうか・・・」
「彼女、一晩中泣いてました」
「お前も辛い想いをしたな」
「看護師時代は、もっとドライに言えてたんですが」
「『なり』を使わないお前は、久し振りだな」
ルイーズが柔らかな笑顔で言った。
「も、もう!ルイーズさん、何言ってるんですか・・・言ってるなりか!」
翡翠蘭が顔を赤らめて、すねた表情をする。
「私が、少し話しても大丈夫か?」
「・・・変に寄り添われるより、ルイーズさんのような少し突き放した言い方の方が、今はいいかもしれないなり」
「あのなぁ、私はそれほど冷徹ではないぞ」
コンコン!
「失礼する」
ルイーズが雪乃の病室のドアを開けた。
すると、雪乃がベッドから起き上がろうとしていた。
「おい!何をしている!」
ルイーズが雪乃に駆け寄る。
大声を聞いて、翡翠蘭もやって来る。
「なにしてるなりか!?」
「私、インターハイ2位なのに!お母さんを守れなかった!自分では強いと思ってたのに!何も出来なかった!」
目を真っ赤に腫らした雪乃が、唇を噛み締めながら、また涙を流した。
「お前の気持ちはわかった、だが、その体では何も出来んだろう!今は休むのが仕事!」
ルイーズが雪乃をベッドに寝かしつける。
「あの狐みたいな化け物!やっつけてくれたんですよね!?仇を取ってくれたんですよね!?」
雪乃がルイーズを睨みつける。
「いや、それは・・・」
ルイーズが困惑しながら口ごもる。
「奴は逃げたなりよ」
翡翠蘭が正直に言った。
「なんで、なんでやっつけてくれなかったんですか!?ヒーローなんでしょう!?」
「すまない、次は必ず、私達が仕留める」
ルイーズがなだめるように言った。
「約束するなり、次は仕留めるなりよ」
翡翠蘭が雪乃に近づくと、肩にそっと手を置いた。
「私を、私をヒーローにして下さい!お願いします!」
雪乃は泣きじゃくって、鼻をすすりながら叫んだ。
「雪乃の気持ちはわかったなり。でも、今は休むなりよ」




