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異世界オレンジ国 とりかえばや物語  作者: 夢見るライオン
第二章 青年期 社交界デビュー編
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36、ノール護衛官

「何事ですか? 騒がしい」


 ノール護衛官は高く結った焦げ茶の髪を揺らし、腕組みをして颯爽と出て来た。

 その後ろには別の女護衛官を五人ほど従えている。


 そして右手を振り上げて合図を送ると、最後に出て来た女護衛官がドアを固く閉じた。


 それから居並ぶ面々を見渡すと、最後にロッテに目を止めた。


「フロリス殿。どういう事ですか? 立ち入りを許可していない騎士も混じっているようですが」

 ノールは言ってから、汚い物を見るような目でイザークとヨルダンを睨んだ。

 二人は憎悪を含んだエキゾチックな美女の視線にたじろいでいる。

 

「も、申し訳ありません。非常事態ゆえ一緒に駆け込んでしまいました」

 ロッテが答えた。


「非常事態?」

 そしてノールは今度はオレンジの侍女たちを見た。


「この者のたわごとを信じないで下さいませ」

「そうですわ。非常事態などと大げさな」

「我らはただシエル様のお届け物を姫君に渡したかっただけでございます」


「シエル様のお届け物?」


「ええ。即位の記念に姫君に今日のうちに渡してくれと頼まれましたの」

「シエル様のお言葉もございます」

「どうか直接姫君にお目通り願います」


「なるほど」

 ノールは今度はにこやかに微笑んだ。


「お待ち下さい。姫君への謁見はシエル様に確認をとってからにして下さい」

 ロッテは慌てて叫んだ。


 ノールはそんなロッテに言い捨てた。


「確認などとらなくてよい」


「し、しかし……」


 オレンジの侍女たちは勝ち誇ったようにロッテを見た。


「お話のわかる方で助かりましたわ」

「ではドアを開けて下さいませ」


 万事休すと思ったロッテだったが……。


「何を勘違いしておられるのか。確認をとらなくていいと言ったのは、そなたらを通すつもりなどないという意味です」


「な!」


 ノールの言葉に侍女たちの顔が青ざめた。


「何を言っているのだ」

「われらはシエル様の使いですぞ」

「それはシエル様を拒んだということになりますぞ」


「あなたたちが本当にシエル様の使者であるならそうなりますね。ですがニセモノですよね」


「な、なにを根拠に」

「勝手な判断はそなたの首を絞めることになりますぞ」


「勝手な判断? あなたがたこそ下調べが足りなかったようだ。シエル様はわが姫君に即位の贈り物などするはずがない。人づてにお言葉などを伝えるはずがない」


「なにを言われる。シエル様はこちらの姫君をご寵愛されているからこそ特別なご配慮をされているのだ。そなたら護衛官に何が分かる!」


「ふふ。フアナ姫には確かにそのような気遣いをされているのかもしれないが、わが姫君にはシエル様はするはずがない」


「な!」


「フアナ姫の浅はかな策略ですか? まあじっくりとお話を聞かせて頂きましょう」

 そう言うと、ノールは右手を上げて護衛官たちに合図した。


 それと同時に護衛官がザッと侍女三人の周りを囲んだ。


「……」


 侍女たちはそれを見て、顔付きを変えた。

 落ち着いた女官の顔は、みるみる刺客の暗い視線へと様変わりする。


 そして一斉に胸元から短剣を取り出した。


「あっ!」と叫ぶ間もなく、女とも思えぬほどの素早い動きで護衛官に切りかかる。

 女護衛官たちは、こちらも女とは思えぬ素早さでその短剣を受け止めた。


 まだ十五を過ぎたばかりの小公子フロリスにとっては初めて目の前で見る実戦だ。

 慌てて腰の長剣を抜いて、参戦する。


 騎士三人の動きを見て、女護衛官たちはお手並み拝見とばかり、一歩引いた。


 幾度の実戦をくぐってきたヨルダンと血の気の多いイザークは、すでに剣を抜いて打ち合っていた。刺客の早い剣にも柔軟に対応して重い剣で壁ぎわに追い込んでいる。


「殺すな! 生け捕りにせよ!」

 ノール護衛官の命令で、ヨルダンとイザークは即座に刺客の手を打って短剣を落とさせた。

 それを見て、女護衛官たちが刺客を捕え縄をかけている。


 フロリスは残る一人とまだ打ち合っていた。

 緊張でいつもの調子が出ない。


 いや、これが実力なのだ。

 殺意をこめて真っ直ぐ胸を突いてくる相手が恐ろしい。

 どんな相手であろうと、自分の剣で傷つけてしまうのが恐ろしい。


 決着をつけられずに、ずるずると打ち合うばかりだ。


「フロリス、なにやってんだ! いつもの調子で剣を跳ね上げろ!」

 イザークの声でハッと我にかえった。


 そうだ。

 近衛騎士の中で鍛錬を積むロッテには、決して手強い相手などではない。


 剣の試合だと思えばいい。

 相手の剣を跳ね上げるのは、ロッテの一番得意な勝ち方だった。


 有利な流れに持っていって最後に剣を下から跳ね上げる。


 カンッ カンッ カンッ タンッ!!

 

「……っ!!」


 刺客の短剣が弧を描いて飛んだ。

 女は右手を押さえて悔しそうにロッテを睨みつけた。


 その手からポタポタと血がしたたる。

 鋭い刃先があたって皮膚を切り裂いてしまったらしい。


 その血を見て動揺したのはロッテの方だった。


 女護衛官たちは容赦なく傷ついた右腕をねじり上げ後ろ手に縄をかけた。

 刺客は痛みに唇を噛みしめながらも、まだロッテを睨み続けている。


 いつも小公子さまとちやほやされてきたロッテは、これほどの憎しみを向けられることなど滅多にない。


「おい、大丈夫か、フロリス?」

 イザークが心配そうにロッテの顔を覗きこんだ。


「なんだ、実戦は初めてか? それで近衛騎士になれるんだから、小公子さまってのはありがたい立場だな」

 門番から叩き上げで出世を勝ち取ってきた町民騎士ヨルダンの言葉にロッテは傷ついた。


「黙れヨルダン。フロリスはほんの少し前までアカデミーの生徒だったんだ。誰だって初めての実戦は思うように動けないもんだ。気にするなよ、フロリス」


「はっ。東西の大公家は仲が悪いと聞いてたが、ずいぶん庇うもんだ。だが、初めてだ小公子さまだって敵が大目にみてくれるわけじゃない。あっという間に殺されないように気をつけることだな」


「なんだてめえ! もっと言い方ってものがあるだろう。だいたいお前は……」


「言い争いは外でしてもらえるかな」

 イザークの言葉を遮るようにノール護衛官が告げた。


「この奥の部屋には姫君がいらっしゃる。野蛮な男たちの言い争う声に、気分を悪くされたらどうしてくれる。だから騎士など塔の中に入れないで欲しいと言っているのだ」


「す、すみません……」

 イザークは素直に謝った。


「だがオレたちがいたから刺客をここで押さえることが出来たんだ」

 ヨルダンは不満げにノールに言い返した。


「ふ。われらだけでも充分刺客を捕えることはできた。今回はそなたらに花を持たせてやっただけだ」

 ノールは高飛車にヨルダンに反論した。


「なんだと……」

 

「ま、待って、ヨルダン。ここはまず無事生け捕りに出来たことを喜ぼう。とりあえず奥のドアに入らせなかったのは二人のおかげだ。ありがとう」


 ロッテ一人では到底止められなかった。

 近衛騎士が食い止めることが出来たことでシエル様の面目は立つ。

 ルドルフ隊長がイザークを西塔警備に置いてくれたのは大正解だった。


「まあな。剣の腕は少々頼りないが、あなたがここで騒いでなかったら姫君のそばまで入らせてしまってたかもしれない。そこは感謝するぞフロリス殿」

 ノール護衛官は不思議にフロリスにだけはあまり辛辣ではない。


「お言葉ありがとうございます」


「それに刺客という証拠品を得たことで、現状の大きな打開策になるやもしれん。これは大手柄かもしれませんよ。フロリス殿」


 ロッテはハッとノール護衛官を見た。


 そうだ。

 もしこの刺客たちがフアナ姫に命じられたと白状したなら、たとえ王太后さまの養女であったとしても罪を問い、入宮を白紙にする理由になる。


 国民は納得し、南大公家も反論できなくなるだろう。


 明るい未来が見えてきた所で、女護衛官の悲鳴が響いた。


「ノール様っ!! 刺客が!」


 驚いて縄をかけられた刺客三人を見ると、全員が口から血を流して倒れていた。


「口の中に毒を加えていたようです。ダメです。全員息絶えていますっ!!」


 ロッテは一気に絶望のふちに落とされたような気がした。


 せっかく生け捕りにした刺客だったが、何の証拠も残さないままに物言わぬしかばねとなっていた。



次話タイトルは「王太女カタリーナです」

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