37、王太女 カタリーナ姫
刺客の情報がルドルフの耳に届くのは意外に早かった。
なぜなら、オレンジの侍女の言葉に騙されて、パレードに出発していたシエル様を追いかけた騎士が数人いたからだ。
後宮の警備に入っているはずの騎士がいつの間にかパレードに参列しているのに気付いたルドルフは、もちろん叱責した。
「なぜお前たちがこんな所にいるっ!! すぐに後宮に戻れ、ばか者がっ!!」
ルドルフ隊長に叱責されて、初めて騎士たちは罠だったと気付いた。
「まさか……全員罠にはまってしまったのではないだろうな……」
ルドルフはカタリーナ様の警護をしながら、最悪の事態を想像して青ざめた。
そして生きた心地のしないまま、ドム教会に到着し即位の式典と立太子の式典を終えた。
即位を祝うドムトールンの鐘の音が王都に鳴り響いた頃、ようやくフロリス、イザーク、ヨルダンの三名によって刺客を捕えたという報告を聞いて胸をなでおろした。
そしてそのまま、式典を終えたシエルに報告したのだった。
◇
「よくやった、フロリス。そなたの機転で刺客を食い止めたと聞いた」
戻ってきたルドルフ隊長は、開口一番、フロリスを褒め称えた。
「いえ。イザークとヨルダンがいてくれたからです。ですがせっかく生け捕りにした刺客を死なせてしまいました」
死体はすでに他の騎士によって検死係のところに運ばれている。
だが、いつでも死ねるように毒をくわえていた刺客たちが、証拠を残すようなヘマはしないだろう。たぶんフアナ姫に関連づける何も残してはいない。
「うむ。それは残念ではあるが、まずは塔の内部に立ち入らせなかったことが大事だ。シエル様もそなたたちの功績を褒めておられた。三人にはシエル様から褒美が渡されることだろう」
「ありがとうございます」
ロッテとイザークとヨルダンは、ルドルフ隊長に頭を下げた。
「だがそれはすべての行事が終わってからだ。まだまだ警戒の必要な儀式が続く」
「はい」
即位の式典が終わり、明日は前王様とその側室達の『退宮の儀』がある。
王宮と後宮にいる、前王様に仕えた人々が離宮へと引っ越しされるのだ。
オレンジサロンでは、王太女となられたカタリーナ様と前王様の別れの挨拶がある。
そうして前王様は長い行列と共に、郊外の離宮に移動される。
さらにその五日後には新たな王となったシエル様をお迎えするべく、後宮の姫君が一堂に会する『入宮の儀』がある。これにより後宮のすべてが新王のものだと認められる。
なぜ五日後なのかというと、本来ならこの五日間で何十人という高貴な姫君が入宮されるからだ。これまでの『入宮の儀』では、新王の妃候補に選ばれた新たな姫君たちの宮入りの行列が王都を賑わすのが風物詩となっていたが、今回は宮女という立場で入宮する姫君が数人とその侍女が数十人秘かに宮入りする。
後宮には入れたいが、フアナ姫に目をつけられたくない貴族たちの苦肉の策だ。
そして西塔の姫君もフアナ姫もすでに後宮に住んでいるため、王太子様の居室から後宮への移動の行列すらない異例の儀式となった。
オレンジサロンでひっそりと顔合わせだけが行われる。
だが王太女カタリーナ様と、新たなシエル様の正妃候補だと思われる西塔の姫君とフアナ姫が距離を置いてではあるが、同じ場に集うのだ。
二十一部隊としては油断できない儀式だった。
フアナ姫はシエル様の前では命を奪うほどの魔力は使ったことがないと聞く。
わがままな姫君も、恋する相手にだけは嫌われたくないらしい。
ロッテも、初対面の時は頬を切られる程度で済んだ。
だがこのところの暴挙を考えると、何があってもおかしくはない。
これからが正念場だった。
「フロリスは今日のこともあって疲れただろう。一度屋敷に帰ってゆっくり休養をとるがいい。そして明日は西塔の警備はよいからカタリーナ様のお側に仕えるようにせよ」
「え? カタリーナ様のお側ですか?」
「そなたは長く前王様の侍従としてお仕えしただろう? 前王様が明日の別れの儀にはフロリスを姫君の側に置くようにと仰せになった。しっかりお別れの挨拶をするがいい」
「は、はい。ありがとうございます」
ヨルダンが羨ましそうにロッテを見ている。
カタリーナ姫の側に仕えるなんてヨルダンにとっては夢のまた夢なのだ。
だがロッテは久しぶりに屋敷に帰れることの方が嬉しかった。
屋敷の大浴場でゆっくり湯船につかり、今後にそなえたい。
◇
その頃『正妃の塔』では、先日十二才になったばかりの姫君が明日を心待ちにしていた。
「本当に? 本当にフロリスがわらわの側に仕えてくれるのか?」
「はい、カタリーナ様。お父君様が直々に隊長様に頼んで下さったようですわ」
「良かったですね、カタリーナ様。せっかくカタリーナ様の二十一部隊にフロリス様をとお願いしたというのに、いつの間にか西塔の姫君の担当になってしまわれましたからね」
紺の衣装の侍女たちは、カタリーナ姫の長い髪を梳きながら、たった今女官から仕入れた情報を話して聞かせた。女官同士の複雑な情報網は侮れない。
「ほんに。わらわが無理を言って父上に頼んだに、急にやってきて独り占めするとは許せぬ。西塔の姫君とは一体何者なのじゃ?」
「お食事をお届けする女官の話では、異国の姫君ではないかということです」
「姫君の護衛官が時折詰所に出て参りますが、なんと女性の武官のようでございます」
「女性の武官? 女性が剣を持ち馬に乗るのか?」
「はい。きっと異国の野蛮な者たちですわ。姫君もじゃじゃ馬に決まっております。フロリス様が心奪われることなどございませんから、安心して下さいませ」
「じゃが西塔の姫君はずいぶんフロリスを気に入っているようじゃ。フロリスとて姫君に言い寄られたら断れぬのではないか?」
「言い寄るなんてあってはなりませんわ。西塔の姫君はシエル様の正妃候補ですのに。もしもそんな事があれば、わたくしオレンジの侍女様に言いつけてやります」
「だがそんなことをすれば、フロリスまで罰を受けるのではないか?」
「まあ! 姫様は本当にフロリス様を想っておいでなのですね」
「ご心配はいりません。この国でカタリーナ様より位の高い姫君などいないのです。誰が言い寄ろうと、フロリス様は姫様のお心を知ったなら、受け入れて下さるはずですわ」
「だといいが。あの美しい人が私を好いてくれるだろうか?」
カタリーナは成人の儀の時、回廊でちらりと見たフロリスの姿を思い浮かべた。
片膝をつき、自分に拝礼する金髪の騎士。
それは噂通り……いや噂以上に麗しく、ひと目で恋に落ちた。
「大丈夫でございますよ。それよりも心配なのは、カタリーナ様が王太女の位を明け渡すことの出来る世継ぎの君が生まれるかどうかですわ。ぐずぐずしていたらフロリス様が他の姫君と結婚してしまいますもの」
「フアナ姫でも西塔の姫君でもどっちでもいいから、早く王子を生んで下さることを願いましょう」
「まったくその通りですわね。シエル様に世継ぎの王子がお生まれになっていれば、父君様の口利きで今頃はフロリス様のもとに嫁いでおられたかもしれませんのに」
「わらわの兄弟王子も、みんな死んでしまったからのう。仕方がない」
「フアナ姫も噂通りだとすれば愚かなこと。シエル様を独り占めしたいなら、王子を殺さなければ良かったのですわ。王となる方を独り占めしようとするから無理がでるのですわ」
「大層美しい姫君だと聞きましたが、お優しいシエル様ならきっと大事にされたに違いありませんのに」
「自分だけを愛して欲しい、王にもなって欲しい、などと傲慢な望みを持つから歪みが出るのです」
「そのせいでカタリーナ様の婚儀まで遅れるなんて」
「ほんと、許せないわ。嫌な魔女だこと」
フアナ姫が恐ろしい魔女だという噂は聞いていたものの、カタリーナ姫の周辺ではあまり重く受け止めていなかった。
王太女という重圧に加えて、フアナ姫に命を狙われていることまで知らせては心労が過ぎるという前王様の親心で、ヨルダンが殺されかけたことも、紫の塔で日々消える女官がいることも聞かせないようにしている。
二十一部隊についても王太女になるから与えられた部隊だと思っていた。
閉鎖された世界で変化の少ない日々を淡々と生きてきた姫君と侍女たちには、危機を感じる経験がなかった。現状に至った事情を探る好奇心がなかった。自分が何かを成そうという向上心がなかった。
寄ってたかって守られる毎日に退屈だけを感じている。
そうやって育った十二の少女に国の未来や王太女の重責など考え及ぶはずもなかった。
関心があるのは、恋の相手と未来の結婚だけだ。
それが高貴な姫君たちに生まれながらに課された唯一の『大仕事』なのだから仕方がない。
だがそんな平和な日々は、間もなく終わろうとしていた。
ここで一旦章完結とさせていただきます。
続きは現在執筆中ですが、出来るまでの間よかったら新作の方をお楽しみ下さい。
筆休めにちょっと短編を……と思ったのですが、思いのほか楽しくてがっつり長編になってしまいました。
一話短めですので、気楽に読んでいただければと思います。
明日より投稿します。




