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ポトテサラダ

ポトテ=ポテト

ヴィール=ビール

ヴァイン=ワイン

ズコッチ=スコッチ

ヴィースキー=ウイスキー

リギュール=リキュール

ジィン=ジン

ポトテ=ポテト

ルタス=レタス

ヒャム=ハム

パォン=パン

タメェゴォ=タマゴ

この世界の食材は現実世界のものに近しく、遠くない別物のような

そのもののような食材です。だから、何も問題ない!

朝。


窓から差し込む柔らかな陽射しが、タクの頬を優しく照らした。


「ん……。」


ゆっくりと目を開ける。


見慣れない木の天井。


ほんの一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなる。


しかし、昨日までの出来事が少しずつ頭の中で繋がっていく。


異世界。


ノクスアーク魔王国。


そして――


『Rack of Luck』。


「……今日、開店するんだ。」


自然と笑みが零れた。


ベッドから起き上がり、窓を開ける。


ひんやりとした朝の風が部屋へ流れ込んできた。


街はもう動き始めている。


市場へ向かう荷車。


朝早くから店を開ける商人たち。


遠くから聞こえる子どもたちの笑い声。


平和だった。


異世界とは思えないほど。


タクは身支度を整えると、一階へ降りた。


店内は朝日を浴びて明るい。


磨き上げたカウンターが静かに輝いている。


昨日並べた酒瓶。


磨いたグラス。


新しい看板。


すべてが今日という日を待っているようだった。


「よし。」


タクは小さく拳を握る。


その時だった。


コンコン。


扉がノックされた。


「タク、起きてるかい?」


聞き慣れた優しい声。


「はい!」


扉を開ける。


エレノアが大きな籠を抱えて立っていた。


「おはよう。」


「おはようございます。」


「よく眠れたかい?」


「はい。おかげさまで。」


エレノアは嬉しそうに笑う。


「それならよかった。」


籠を厨房へ運びながら言う。


「今日は忙しいよ。」


「いよいよ開店だからね。」


その言葉に、タクの背筋が自然と伸びた。


「まず最初にやること。」


午前中いっぱいを使って二人は市場を回った。


ヴィール樽を一本。


ヴァインを数本。


ズコッチ。


ヴィースキー。


香草。


ポトテ。


ルタス。


ヒャム。


そして焼きたてのパォン。


店へ戻る頃には、二人とも両手いっぱいの荷物になっていた。


「これで何とか初日は迎えられそうだね。」


エレノアは汗を拭きながら笑う。


そこから二人は休む間もなく仕込みを始めた。


開店まで、あと数時間。


厨房には包丁の音が絶え間なく響いていた。


エレノアは振り返る。


「ファーストプレートを作ろう。」


「ファーストプレート?」


「酒場の第一印象さ。」


「料理が美味しい店は、お酒まで美味しく感じる。」


「だからね。」


「最初の一皿には、その店の心が出る。」


タクは静かに頷いた。


「実は。」


少し照れくさそうに笑う。


「作ってみたい料理があります。」


「ほう?」


エレノアが興味深そうに首を傾げた。


「僕の国では、とても一般的な料理なんです。」


「酒にも合うと思います。」


「面白い。」


「作ってごらん。」


「今日は私は助手だ。」


エレノアは腕まくりをして笑った。


「ありがとうございます。」


タクは厨房へ立つ。


深く息を吸う。


日本で何度も作った料理。


決して豪華ではない。


けれど。


自分が一番好きな料理の一つ。


「ポテトサラダです。」


エレノアは聞き慣れない言葉に目を瞬かせた。


「ポテト……サラダ?」


「ええ。」


「ジャガイモ…あぁ、ポトテを使った料理です。」


まず、大鍋へ水を張る。


昨日確認した魔力コンロの魔力珠を押す。


刻まれた魔法陣が淡く赤く輝いた。


ぼっ。


青白い炎が静かに立ち上る。


「本当に便利ですね。」


タクが感心する。


タクは籠から丸々としたポトテを取り出した。


土の香りがまだ残っている。


流水で丁寧に洗い、皮付きのまま鍋へ入れる。


ころり。


ころり。


鍋の中で転がる音が響く。


蓋を閉める。


しばらくすると。


ぐつぐつ。


静かに湯が沸き始めた。


厨房には湯気が立ち上る。


その間に、別の準備へ取り掛かる。


「これは?」


エレノアが興味津々に覗き込む。


タクは産みたてタメェゴォを一つ手に取った。


殻を軽く叩く。


ぱきり。


殻を割る。


透明な白身が器へ落ちる。


黄身だけを殻の上で何度か移し替え、小さな器へ残した。


鮮やかな黄色だった。


「はい。」


「ここからタメェゴォを使った調味料を作ります。」


「調味料?」


エレノアは首を傾げる。


「焦ると分離するんです。」


「だから少しずつ。」


タクは油を一滴ずつ垂らしていく。


何度も何度も混ぜる。


腕が少しずつ疲れてくる。


それでも止めない。


やがて。


とろり。


白く艶のある調味料へ変わった。


「……できた。」


エレノアは思わず拍手した。

 

「ほう……?」


エレノアが目を丸くした。


「白くなってるね。」


さらに混ぜる。


とろり。


先ほどまで液体だったものが、少しずつ艶を帯びたクリーム状へ変わっている。


「固まってる……。」


「油と酢が、うまく仲良くなるように混ぜるんです。」


「そうすると、こういう状態になります。」


エレノアは器を覗き込み、感心したように息を漏らした。


「……なんてこった。」


思わず呟いた。


「タメェゴォで、こんな調味料が作れるなんて。」


「主人も知らなかった。」


「私も知らなかった。」


エレノアは目を丸くしたまま何度も器を見つめる。


「これは凄いよ。」

 

「僕の国では、よく使われています。」


「名前はあるのかい?」


タクは少し考えて答える。


「マヨネーズと言います。」


「マヨネーズ……。」


エレノアは何度か口の中で繰り返した。


「変わった名前だけど、覚えやすいねぇ。」


タクは笑いながら頷いた。


「これだけでも、野菜によく合うんです。」


その頃にはポトテも茹で上がっていた。


鍋から一つ取り出し、布で包む。


熱い。


それでも指先を器用に動かし、皮をするりと剥いていく。


ふわり。


湯気が立ち上る。


黄金色の実が姿を現した。


木のボウルへ入れる。


木べらで軽く潰す。


全部は潰さない。


ところどころに形を残す。


「全部潰さないんだね。」


「その方が食感が残るので。」


エレノアは感心しながら頷いた。


続いて、ルタス(レタス)を細かく刻む。


しゃっ。


しゃっ。


しゃっ。


心地よい包丁の音。


ヒャム(ハム)も細かく刻む。


香草を少し。


そして出来立てのマヨネーズを加える。


木べらで全体を優しく混ぜ合わせる。


白いソースがポトテを包み込み、刻んだ野菜の緑が彩りを添える。


最後に香辛料をほんの少し。


香りがふわりと立ち上った。


「できました。」


木皿へ少し盛り付ける。


飾りに香草を一枚。


シンプル。


けれど、どこか温かみのある一皿だった。


エレノアは静かにスプーンを手に取る。


一口。


ゆっくり味わう。


しばらく何も言わない。


タクは少しだけ緊張した。


やがて、エレノアが優しく笑った。


「……美味しい。」


もう一口。


今度は少し大きく口へ運ぶ。


「これは、お酒が進むねぇ。」


その一言に、タクの表情がぱっと明るくなった。


「本当ですか?」


「ああ。」


「ポトテの甘みも残ってる。」


「この白い調味料…まよねーずが、全部を優しくまとめてる。」


「それに後味が重くない。」


エレノアは感心したように頷いた。


「初めて食べる味なのに、不思議と懐かしい。」


「そんな料理だ。」


タクは照れくさそうに笑う。


「よかった……。」


エレノアは木皿を大切そうに見つめながら言った。


「今日のお客様が最初に口にするのは、この一皿。」


「店のその日の『顔』になる料理だ。」


「きっと喜んでくれるよ。」


厨房の窓から差し込む朝の光が、出来たばかりのポトテサラダを優しく照らしていた。


開店まで、あと少し。


Rack of Luckの、新しい一日が始まろうとしていた。


——————————


夕暮れ。


西日が店内を赤く染める頃。


タクは入口の前で大きく深呼吸をした。


新しい看板。


『Rack of Luck』


風に揺れるその文字を見上げる。


「……いよいよですね。」


「そうだねぇ。」


エレノアも隣へ立ち、静かに笑った。


「緊張してるかい?」


「はい。」


「すごく。」


「それでいい。」


エレノアは優しく頷く。


「お客様を迎える仕事はね。」


「緊張しなくなった時が一番怖い。」


「だから、その気持ちは大事にしな。」


タクはもう一度店内を見回した。


磨き上げたカウンター。


曇り一つないグラス。


棚へ整然と並んだヴィール、ヴァイン、リギュール、ズコッチ、ジィン、ヴィースキー。


朝作ったポトテサラダも、小皿へ取り分けられ、冷蔵庫の中で出番を待っている。


「それじゃ。」


エレノアが微笑む。


「開けようか。」


タクは静かに頷き、札を裏返した。

 

『OPEN』


札を裏返す。


店内が静かになる。


十分。


十五分。


二人とも何も喋らない。


タクは何度も入口を見てしまう。


「……誰も来ませんね。」


「最初はそんなものさ。」


エレノアが笑う。


その時。


扉のベルが、からん、と鳴る。


「いらっしゃいませ。」


思わず声が出た。


最初のお客様。


それは、小柄な老人だった。


腰ほどまで伸びた黒い髭。


太い腕。


岩のような顔。


ドワーフだった。


老人は店内を見回すと、静かにカウンターへ腰を下ろした。


「新しい店か。」


「はい。」


タクは少し緊張しながら答える。


「本日開店しました。」


老人は頷く。


「エレノア。」


「久しぶりだな。」


「おやまぁ。」


エレノアが嬉しそうに笑う。


「ガルムさんじゃないか。」


「まだ生きてたのかい。」


「勝手に殺すな。」


老人は鼻を鳴らした。


そのやり取りに、タクは思わず笑ってしまう。


「つよいの。」


老人は短く言った。


エレノアがタクを見る。


「ヴィースキーを。」


「ロックでね。」


「はい。」


タクは静かにグラスを取り出した。


氷を二つ。


カラン。


ヴィースキーを静かに注ぐ。


琥珀色が灯りを受けて揺れた。


「どうぞ。」


老人は一口。


静かに飲む。


「……うむ。」


それ以上は何も言わない。


タクは少し不安になる。


するとエレノアが小皿を置いた。


「今日のファーストプレート。」


「タクが作ったんだよ。」


老人はスプーンを持つ。


一口。


ポトテサラダを口へ運んだ。


静かに噛む。


また一口。


ヴィースキーを飲む。


しばらく黙っていた。


やがて。


老人はゆっくり二口食べた。


ヴィースキーを流し込む。


目を閉じる。


数秒。


そして。


「……ほう。」


その一言だけだった。


タクは思わず姿勢を正す。


老人はゆっくり言葉を続ける。


「酒を邪魔せん。」


「だが。」


「酒が欲しくなる。」


もう一口。


「いい塩加減だ。」


「この白いソースは何だ。」


タクは少し照れながら答える。


「僕の故郷の調味料です。」


「マヨネーズと言います。」


老人は何度か口の中で繰り返した。


「マヨネーズ。」


「覚えておこう。」


そして。


グラスを飲み干すと、小さく笑った。


「また来る。」


それだけ言って席を立つ。


エレノアが嬉しそうに目を細めた。


「ガルムさんが褒めるなんて。」


「滅多にないことだよ。」


タクはほっと胸を撫で下ろした。


その後も。


一人。


また一人。


扉のベルが鳴るたびに店の空気が賑やかになっていく。


仕事帰りの獣人。


翼を持つ青年。


夫婦。


冒険者。


少しずつ席が埋まっていく。


「ファーストプレート、美味しい。」


「これだけでヴィールが飲めるな。」


「今日のおすすめは?」


笑い声が店内へ広がる。


タクは慌ただしく動き回った。


ヴィールを注ぐ。


ヴァインを開ける。


ズコッチを量る。


皿を下げる。


洗う。


磨く。


気付けば時計は、閉店の時間を示していた。


最後のお客様も帰り、店内は静かになる。


タクは肩を回した。


「終わりましたね。」


「初日にしては上出来さ。」


エレノアも満足そうだった。


「じゃあ片付けを――」


その時だった。


からん。


ベルが鳴る。


二人は同時に入口を見る。


黒い外套を纏った一人の人物。


深くフードを被り、顔はほとんど見えない。


背は高く、落ち着いた立ち姿。


低く響く声が静かに店内へ流れた。


「……まだ、やっているか。」


タクは一瞬だけエレノアを見る。


エレノアは微笑んで頷いた。


「もちろんです。」


「どうぞ。」


その人物はカウンターの一番奥へ座った。


店内を一度だけ見回す。


磨かれたグラス。


整えられた酒棚。


静かな空気。


「何を。」


タクが尋ねる。


少しの沈黙。


「ヴィースキーをロックで。」


「かしこまりました。」


タクは静かにグラスを用意する。


氷を一つ。


琥珀色のヴィースキーをゆっくりと注ぐ。


音を立てないように。


そっと差し出した。


「それと。」


タクは小皿へポトテサラダを盛る。


「本日のファーストプレートです。」


人物は何も言わず、小皿を見つめる。


まず酒を一口。


続いてポトテサラダ。


ゆっくり噛む。


また酒を飲む。


静かな時間だけが流れた。


やがて。


小さく口元が緩む。


「……悪くない。」


「この一皿。」


「名は。」


「ポトテサラダです。」


「覚えておこう。」


それ以上は何も語らない。


グラスを空けると。


カウンターへ。


銀貨が一枚。


静かに置かれる。


「祝いだ。」


「受け取っておけ。」


それだけ言うと席を立った。


短くそう告げると、そのまま扉へ向かう。


からん。


ベルが鳴る。


夜風が店内を通り抜けた。


「ありがとうございました。」


タクは深く頭を下げる。


人物は振り返らず、そのまま夜の街へ消えていった。


店の外。


少し離れた路地。


黒装束の護衛が二人、静かに片膝をつく。


「陛下。」


外套の人物は足を止めた。


夜空を見上げる。


街には、新しく灯った酒場の灯りが温かく輝いている。


「……うむ。」


小さく微笑む。


「良い店だった。」


護衛は黙って立ち上がる。


「また参ろう。」


その一言だけ残し、三人は夜の闇へと溶けていった。


その頃、店内では。


「最後のお客様、不思議な人でしたね。」


タクがグラスを磨きながら呟く。


エレノアも頷く。


「そうだねぇ。」


「でも、酒場にはああいうお客さんもいるもんさ。」


「また来てくれるといいですね。」


「きっと来るよ。」


エレノアは微笑んだ。


「美味しい酒と、帰って来たくなる場所がある限りね。」


磨き終えたグラスが灯りを受けて静かに輝く。


『Rack of Luck』


その小さな酒場は、この夜、確かに産声を上げたのだった。

最期の謎のお客は誰なんでしょうね…

あと、最後のお客はしっかりおつりのないようにピッタリ支払っています。

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