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ローストヴシ

カラン――。


昼過ぎ。


まだ営業前の静かなRack of Luckへ、一人の常連がやって来た。


「こんにちは。」


「いらっしゃいませ、ミズネさん。」


ネズミ族の獣人であり、監査官のミズネは、今日は仕事着ではなく私服姿だった。


少し照れくさそうな笑みを浮かべながら席へ腰掛ける。


「今日はお願いがあって来ました。」


「もちろんです。」


「明日なんですが。」


「親戚の子が誕生日なんです。」


タクは嬉しそうに頷いた。


「それは、おめでとうございます。」


「ありがとうございます。」


「その子を、この店へ招待したいんです。」


「子どもだから料理と飲み物を。」


「大人も来ますので、お酒もお願いしたい。」


そう言って革袋をテーブルへ置く。


コトリ。


中には金貨が五枚。


「こちら前金です。」


「足りなければ後日追加でお支払いします。」


タクは革袋をそっと押し返した。


「十分すぎるくらいです。」


「ありがとうございます。」


「どんなお料理がよろしいでしょう?」


ミズネは少し考えて笑う。


「あの子、お肉が大好きなんですよ。」


「でしたら。」


タクも微笑んだ。


「ローストヴシにしましょう。」


「低温でじっくり火を入れた、自慢の一皿です。」


「それだ。」


「きっと喜びます。」


翌日。


夕方。


開店より少し早い時間。


厨房では大きなヴシ肉が静かに焼かれていた。


まずは強火で表面だけを焼き固める。


じゅう……


香ばしい香りが立ち上る。


焼き色が付いたところで火を弱める。


ゆっくり。


ゆっくり。


中心まで穏やかに熱を通していく。


焦らない。


急がない。


肉汁を閉じ込めるように。


「あと少し。」


理想の温度まで火が入ると、ヴシ肉を厚手の陶器製の蓋付き鍋へ移し、蓋を閉めて静かに休ませる。


余熱で火を落ち着かせ、肉汁を全体へ行き渡らせるための大切な時間だった。


その間にも。


小さなカップケーキ。


色とりどりのチーズュ。


果実ジュース。


大人にはヴィールとヴァイン。


皿が次々と並んでいく。


「よし。」


準備は整った。


カラン。


営業開始。


しばらくすると。


カランカラン。


扉が開いた。


「こんばんは。」


「いらっしゃいませ。」


先頭にいたのはミズネ。


その後ろから。


「こんばんは!」


「失礼します!」


「今日はよろしくお願いします!」


ぞろぞろとネズミ族が入ってくる。


タクは固まった。


「……。」


「……。」


「……。」


全員。


同じ顔だった。


耳。


目。


鼻。


毛色。


体格。


服装だけが違う。


ミズネがにこやかに紹介する。


「こちらが姉です。」


「こちらが兄です。」


「こちらがおばです。」


「こちらが従姉妹。」


「こちらが従兄弟おじ」


「こちらがはとこ。」


「こちらが玄孫。」


「こちらは玄孫の娘の来孫。」


「そして今日の主役。」


小さなネズミ族の男の子が元気よく頭を下げた。


「こんばんは!」


「お誕生日おめでとうございます。」


「ありがとう!」


タクも笑顔になる。


(……よかった。)


(主役だけは分かります。)


席へ案内され。


家族が賑やかに座る。


「乾杯しましょう!」


子ども達は果実ジュース。


大人達はヴィール。


「お誕生日おめでとう!」


「かんぱーい!」


グラスが鳴る。


店内が一気に明るくなった。


最初はチーズュ。


サラダ。


ソージーセ。


「これおいしい!」


「ぼくも!」


「こっちも食べたい!」


笑顔が絶えない。


そして。


厨房から大きな木皿が運ばれてきた。


「お待たせしました。」


ローストヴシ。


薄桃色に輝く断面。


周囲には焼き野菜。


艶やかなソース。


「わぁ……。」


主役の男の子が目を輝かせる。


「すごーい!」


タクは目の前で丁寧に切り分けていく。


一枚。


また一枚。


皿へ盛り付ける。


ソースをかける。


「どうぞ。」


男の子は一切れ口へ運ぶ。


「!」


目を丸くした。


「やわらかい!」


「おいしい!」


「こんなお肉はじめて!」


家族全員が笑う。


「いっぱい食べなさい。」


「今日は誕生日だからね。」


ローストヴシは次々となくなっていく。


大人達はヴァインと。


子ども達はジュースと。


話題は尽きなかった。


学校。


仕事。


昔話。


将来の夢。


「ぼくね!」


男の子が胸を張る。


「将来は配達員になる!」


「頑張れ!」


「私は冒険者!」


「私は先生かな。」


夢が飛び交う。


タクは厨房から静かにその様子を見守っていた。


(こういう時間も。)


(いいものですね。)


最後はカップケーキ。


小さな蝋燭へ火を灯す。


「せーの!」


「お誕生日おめでとう!」


男の子が息を吹く。


ぱっ。


火が消えた。


拍手が店いっぱいに響く。


帰る時間。


ミズネが立ち上がる。


「皆。」


「最後に。」


家族全員が横一列へ並ぶ。


ミズネがタクへ向き直った。


「今日は本当にありがとうございました。」


全員が一斉に頭を下げる。


「ありがとうございました!」


タクも深く頭を下げた。


「こちらこそありがとうございました。」


ミズネが財布を取り出そうとした、その時。


タクは笑顔で首を横に振った。


「ミズネさん。」


「本日は店からのサービスです。」


「お祝いの日ですから。」


ミズネは驚いて目を丸くする。


「ですが……。」


タクは親指を立て、小さくウインクした。


「おめでとうございます。」


そのやり取りを見ていた家族達が一斉に囃し立てる。


「おぉー!」


「ヒューヒュー!」


「粋だねぇ!」


「監査官、やるじゃない!」


主役の子ネズミが走り回りながら

「わいろだ!わいろだ!」


店内は笑いに包まれた。


ミズネも照れ笑いを浮かべながら頭を下げる。


「……ありがとうございます。」


「また皆さんで来てください。」


「もちろん!」


「今度は違う料理も食べたい!」


「約束だよ!」


カラン。


賑やかな笑い声とともにネズミ一家は帰っていく。


扉が閉まる。


静かになった店内。


テーブルには笑顔だけが残っていた。


タクは空になったローストヴシの皿を見つめ、小さく笑う。


「お酒を楽しむ夜も好きですが……。」


「誰かの大切な日を祝う夜も。」


「やっぱり、いいものですね。」


Rack of Luck。


その夜は、誰かの『おめでとう』が、店いっぱいに優しく残り続けていた。

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