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新酒

「……取れませんね。」


タクは苦笑しながら木の珠を指先で摘まんだ。


軽く引っ張る。


もう少し力を入れてみる。


びくりとも動かない。


「やってしまいましたね。」


木の珠はまるで、この穴のためだけに作られたようにぴたりとはまっている。


その時だった。


――チン。


どこからともなく、ヴァインの杯が軽く触れ合うような澄んだ音が地下に響く。


ランタンの火がふわりと揺れる。


葡萄の香り。


木樽の香り。


石造りの酒蔵に染み込んだ年月の香り。


地下室全体が静かに息を吹き返すように変わり始めた。


壁の傷が薄くなっていく。


床石の欠け目が閉じていく。


棚の木目が若々しい色を取り戻していく。


音はしない。


光も眩しくない。


ただ。


風景だけが新しくなっていった。


「これは……。」


タクが息を呑む。


ことり。


奥で椅子を引く音がした。


視線を向ける。


一人の男がそこに座っていた。


痩せた身体。


擦り切れた服。


しかし背筋だけは真っ直ぐで、どこか気品を感じる。


羊のように渦巻く角。


目元を隠す癖のある髪。


手にはヴァインの入った杯。


男もまた、驚いた顔でこちらを見ていた。


「あなたは……。」


「おまえは……。」


二人は同時に言葉を発し、思わず顔を見合わせた。


敵意はない。


それだけは、不思議なくらい自然に伝わった。


「先に名乗るかい?」


男が笑う。


「はい、私はタクと申します。」


「このRack of Luckというダイニングバーを営んでおります。」


「タク?ダイニングバー?」


男は聞き慣れない言葉に首を傾げた。


「酒を飲みながら料理を楽しむ店です。」


「なるほど。」


男は頷き、自分の胸を軽く叩いた。


「俺はブロード・オヴィス。」


「この土地を預かってる……まぁ、しがねぇ貧乏貴族だ。」


その言葉にタクは目を丸くした。


「ブロード・オヴィス様……。」


「どうした?」


「建国祭でお聞きしました。」


「ノクスアーク魔王国建国の父と呼ばれたブロード・アルド様と、同じお名前ですね。」


ブロードは吹き出した。


「はははっ!」


「名前なんぞはよく一緒のやつもいるが」


「そんな立派な奴と同じ名前か!」


腹を抱えて笑う。


「まぁ、向こうが天なら。」


「俺ぁ地べただ。」


「向こうが"ピン"なら、俺は"キリ"だよ。」


その笑顔は明るかった。


だが。


タクは少し胸が痛んだ。


男の後ろの酒蔵を見渡す。


棚は空。


樽は一本もない。


「ここは俺の隠し酒蔵なんだ。」


ブロードが肩を竦める。


「見ての通り、一樽も残っちゃいねぇ。」


「金もねぇ。」


「土は痩せちまった。」


「名産もねぇ。」


「俺の代までよく持った方さ。」


そう言って笑う姿は、どこか強がっているようにも見えた。


その時。


ブロードの視線が止まる。


「……ん?」


「酒樽?」


そこには、タクの後ろに酒樽が並んでいた。


赤ヴァイン。


白ヴァイン。


ヴィール。


ヴィースキー。


「なんで……。」


「ここに酒樽がある?」


「さっきまで何もなかったぞ。」


タクも不思議そうに笑う。


「ここは私のお店の地下セラーですから。」


「お酒を保管しております。」


「……。」


ブロードは首を傾げる。


「よく分からねぇ。」


「だが。」


樽を見ながら聞く。


「その形。」


「全部ヴァインか?」


タクは首を横に振った。


「いえ。」


「こちらはヴァインですが。」


「こちらはヴィール。」


「こちらはヴィースキーです。」


「……ヴィール?」


「ヴィースキー?」


ブロードは真顔になった。


「地名か?」


「どこか遠い国のヴァインか?」


タクは逆に驚いた。


本当に分からない顔だった。


冗談ではない。


知らないのだ。


「えっと……。」


「お酒の種類です。」


「……飲み物?」


「はい。」


ブロードは腕を組んだ。


「初めて聞く。」


「そんな酒があるのか。」


「良ければ。」


タクは微笑む。


「飲んでみますか?」


ブロードの目が輝いた。


「いいのか?」


「もちろんです。」


タクはまずブロードが持っていたヴァインへ、自分の樽から赤ヴァインを注いだ。


ブロードは一口飲む。


「……うまい。」


「だが。」


「これは俺も知ってる酒だが、こんな旨さは初めてだ。」


タクは微笑いた。


「では次はこちらを。」


樽の栓をひねる。


しゅわ……


黄金色の液体が泡立ちながら流れ落ちる。


細かな泡が立つ。


黄金色の液体がゆっくりと杯へ注がれていく。


ブロードは目を丸くした。


「泡……?」


「酒から泡が立ってるぞ。」


「これはヴィールと申します。」


杯を受け取る。


恐る恐る口へ運ぶ。


一口。


「……。」


二口。


「…………。」


三口目で。


「なんだこれはぁっ!!」


地下酒蔵に声が響いた。


「うまい!」


「なんだこの酒!」


「苦ぇ!」


「だが甘ぇ!」


「香りまで立ってきやがる!」


「しかもこの泡だ!」


「こんな酒、飲んだことがねぇ!」


夢中になって飲み干す。


「……。」


「売ってくれ。」


「領民の子ども達は腹を空かせている。


税も払えない。


冬も越せない。


だが、この酒があれば人が来る。


人が来れば商人も来る。


商人が来れば町が生き返る。」


真剣な目だった。


「頼む。」


「この酒を俺に売ってくれ。」


「いや。」


「売ってくれなくてもいい。」


「せめて。」


「作り方だけでも教えてくれねぇか。」


「これがあれば……。」


ブロードは酒蔵を見渡した。


「この土地は。」


「きっと。」


「もう一度、生き返る。」


タクは少し困ったように笑う。


「祭りで余ったものですから。」


「よろしければ、この樽ごと差し上げます。」


「……。」


ブロードは固まった。


「樽ごと?」


「はい。」


「私一人では飲み切れませんし。」


「お役に立てるなら。」


しばらく黙っていたブロードは。


深々と頭を下げた。


「……恩に着る。」


「必ず礼をする。」


そう言うと、勢いよく立ち上がる。


「ついて来い!」


タクの腕を掴み。


階段へ駆け出した。


「えっ?」


地下を飛び出そうとした、その瞬間――。


ぼよん。


タクの身体が、見えない何かに弾き返された。


「わっ!」


尻もちをつく。


目の前には何もない。


だが。


透明で柔らかな壁が、地下の出口を塞いでいた。


ブロードは階段の上で振り返る。


「何してる?」


「早く来い!」


タクは透明な壁へ手を伸ばす。


指先が沈む。


だが、それ以上は進めない。


「出られません……。」


「なんだと?」


ブロードも不思議そうな顔をする。


「……よく分からねぇ。」


「待ってろ!」


「すぐ戻る!」


そう言い残し。


貧乏貴族は地上へと駆け上がっていった。


静かになった酒蔵。


タクはゆっくりと立ち上がる。


そして。


酒樽の並ぶ棚を眺めていると。


一か所だけ。


何とも言えない違和感を覚えた。


そこだけ。


木枠が古く。


少しだけ傷んでいる。


他の棚は新しいのに。


そこだけが。


まるで長い年月を過ごしたような姿をしていた。


「……ここだけ。」


「何か違う。」


タクはその棚へ、ゆっくりと歩み寄った。


————————


「タク!」


「待たせた!」


階段を駆け下りる音が酒蔵に響く。


息を切らしながら戻ってきたブロードの腕には、一つの古びた木箱が抱えられていた。


「すまねぇ。」


「礼になるようなもんが、家中探してもこれしか無かった。」


木箱をそっと床へ置く。


蓋を開ける。


中には、一本の古びた銀色のツボが納められていた。


黒ずんだ銀色の金属でできた、質素なツボ。


側面に葡萄の蔓と羊の角を模した装飾。

ブロードの胸に付いているオヴィス家の家紋入り。


豪華さはない。


宝石も金細工もない。


「先祖代々伝わってきた秘宝らしい。」


「酒は樽からそのまま飲むもんじゃねぇ。」


「一度これへ移し、空気に触れさせて香りを開かせる。」


タクは思わず(デキャンタだ)と心の中で驚く。


タクは思わず苦笑した。


「そんな大切な物は受け取れません。」


「いや。」


ブロードは首を横に振る。


「そのヴィール一樽の方が、俺には何倍も価値がある。」


「これで領地が救えるかもしれねぇ。」


「だから受け取ってくれ。」


しばらく見つめ合う。


タクは静かに頷いた。


「……分かりました。」


「これもご縁ですね。」


二人は互いに交換する。


酒樽。


そして古びた秘宝。


その時。


タクは木箱の裏側に、小さな文字が刻まれていることに気付いた。


「これは……。」


『ヴォイド王歴 二十年』


「?」


タクは首を傾げた。


「ブロードさん。」


「今日は何年ですか?」


「何年?」


ブロードも不思議そうな顔になる。


「ヴォイド王歴二十三年だ。」


「……王歴。」


今度はタクが驚く。


「私はファーラ魔建国紀六年です。」


「魔建国紀?」


「ファーラ?」


ブロードは本気で分からない顔をした。


タクは胸ポケットからギルドプレートを取り出す。


金属板には、


『ファーラ魔建国紀 六年』


と刻まれている。


ブロードはそれをまじまじと見つめる。


「……なんだ。」


「その板。」


「冒険者の身分証です。」


「……。」


「身分証?」


「ええ。」


「これが無いと身分証明やお仕事ができません。」


ブロードはさらに混乱する。


「身分証って……。」


「そんなもんどこでまとめているんだ。」


二人は同時に口を開いた。


「……もしかして。」


「……もしかすると。」


顔を見合わせる。


沈黙。


やがてタクがぽつりと言った。


「時代や場所が違う……のでしょうか。」


酒蔵が静まり返る。


ブロードも腕を組む。


「信じられねぇ。」


「だが。」


「説明がつく。」


「場所は変わらねえはずだ。」


「なにせ、俺はここにいるし、お前もここにいる。」


「だが俺の知らねぇ酒。」


「俺の知らねぇ時代。」


「俺の知らねぇ板。」


「俺の知らねぇ物。」


「全部。」


「別の時代というなら納得できる。」


タクも頷いた。


「私もそう思います。」


「では。」


「一つ試してみましょう。」


タクは地下中央の木の珠へ歩く。


「この珠が原因だと思います。」


「外してみます。」


ブロードも見守る。


タクが珠を両手で掴む。


ぐっ……


今度は少しだけ動いた。


「……。」


「抜けます。」


ゆっくり。


木の珠を持ち上げる。


かたり。


珠が穴から離れた瞬間。


酒蔵全体が淡く揺らいだ。


ヴァインの香り。


ランタンの灯。


ブロードの姿。


すべてが水面のように揺れる。


「ブロードさん!また会いましょう!」


「あっ、待っ――」


その声が途中で途切れた。


次の瞬間。


タクは静かな地下セラーに立っていた。


ランタン。


現代の酒樽。


見慣れた地下。


手には、先ほど受け取った木箱。


「戻った……。」


タクは深呼吸する。


夢ではない。


木箱がある。


デキャンタもある。


「……。」


「もう一度。」


タクは木の珠を穴へ戻した。


かちり。


すると。


再び景色が揺れる。


「タク!」


ブロードが走ってきた。


「急に消えやがって!」


「樽ごと!盗まれたかと思ったぞ!」


タクは苦笑した。


「実験です。」


「もう一つお願いがあります。」


「なんだ?」


「あのヴィール樽を。」


「酒蔵の外まで運んでいただけますか。」


ブロードは首を傾げたが、


「分かった。」


と言って樽を軽々と肩へ担ぐ。


痩せて見える身体なのに、その力は驚くほど強い。


「これでいいか!」


「ありがとうございます!」


樽が外へ運ばれたのを確認しタクは再び木の珠を外した。


景色が揺れる。


現代へ戻る。


タクはすぐに地下を見回した。


「……ない。」


先ほどのヴィール樽は戻ってきていない。


つまり。


「外へ出した物は。」


「こちらへは来ない。」


タクは手帳を取り出し、書き始めた。


『一、珠を外すと元の時代へ戻る。』


『二、珠をはめると過去の酒蔵へ行ける。』


『三、人は時代を行き来できない。』


『四、私は過去へ行けるが、ブロードさんは未来へ来られない。』


『五、地下酒蔵の外へ出した物は、一緒には移動しない。』


「少しずつ……。」


「分かってきました。」


その時だった。


ふと。


あの違和感のあった棚が目に入る。


タクはポケットから、いつも使っている白いハンカチを取り出した。


「最後に。」


「これも試してみましょう。」


古びた木枠の棚へ。


そっとハンカチを置いた。


「この棚だけ。」


「何かが違う気がするんです。」


そう呟きながら、


タクはもう一度、木の珠へ手を伸ばした――。


——————


かちり。


木の珠が穴にはまる。


ふわりと葡萄酒の香りが地下酒蔵を包み込む。


石壁は若返り。


木樽の香りが濃くなる。


「ブロードさん。」


景色が完全に戻ると、ブロードは腕を組みながら待っていた。


「おう、今度は早かったな。」


「ええ。」


タクは微笑いた。


「最後に、もう一つだけ実験したいことがあります。」


「実験好きなんだなお前。」


「好奇心です。」


「気になったら確かめたくなるんです。」


ブロードは豪快に笑った。


「いいねぇ!」


タクは違和感を覚えた棚へ歩く。


「……あ。」


思わず声が漏れた。


「どうした?」


ブロードが隣へ来る。


棚の上には。


先ほど置いた白いハンカチがあった。


「置いたハンカチがありました。」


「そりゃお前が置いたんだからあるだろ。」


「いえ……。」


タクは首を横に振る。


「私がいた時代でも置いたんです。」


「……。」


ブロードは意味が分からない。


「どういうことだ?」


「ええ。」


「では。」


タクはハンカチをそっと手に取る。


そして木の珠を外した。


景色が揺れる。


静かな現代の地下セラー。


「さて……。」


タクは棚へ目を向ける。


「!」


思わず息を呑んだ。


白かったハンカチは。


茶色く変色し。


端はぼろぼろと崩れ始めていた。


「……。」


「朽ちている。」


触れただけで。


さらさらと布が崩れ落ちる。


「まさか。」


タクは急いで木の珠をはめ直した。


再び過去。


ブロードは目を丸くする。


「現れたり出たりと忙しいな。」


「見てください。」


タクはボロボロのハンカチを見せる。


「なんだそのきったないゴミは?」


「はい。これは先ほど置いたハンカチです。」


「私の時代では朽ちていました。」


「……。」


ブロードは静かになる。


二人は顔を見合わせた。


「つまり。」


タクが棚を見つめる。


「この棚だけ。」


「時間が流れている。」


「時間?」


「はい。」


タクは床へ小さな木片を置く。


そのまま珠を外す。


未来。


木片はそのまま。


次は棚へ置く。


珠を外す。


未来。


木片は乾ききり。


色も変わり。


まるで何十年も置いてあったようになっていた。


「……間違いありません。」


タクはノートへ書き込む。


『六、この棚だけ時間が流れている。』


『七、棚へ置いた物だけが長い年月を経る。』


『八、棚以外では時間の影響はない。』


ブロードは棚を撫でる。


「そんな馬鹿な話が……。」


「あるんですね。」


タクも笑う。


「酒だったらどうなる?」


ブロードが呟く。


二人は同時に樽を見る。


「……。」


「……。」


タクは静かに言った。


「熟成します。」


「長い年月をかけて。」


「酒が育ちます。」


ブロードは息を呑む。


「そんなことが……。」


「できます。」


タクは頷いた。


「私の世界では。」


「酒は寝かせれば寝かせるほど価値が上がる物があります。」


「十年。」


「五十年。」


「百年。」


「それ以上。」


「百年!?」


ブロードが思わず叫ぶ。


「酒を百年も待つ奴がいるのか!」


「います。」


「それほど価値があります。」


酒蔵が静まり返る。


ブロードは棚を見つめ続ける。


「……。」


「この棚なら。」


「待てる。」


その一言だった。


タクも微笑む。


「はい。」


「待てます。」


ブロードは拳を握る。


「酒が売れねぇ。」


「作物もねぇ。」


「名産もねぇ。」


「だけど。」


「この酒なら……。」


「領地が救える。」


その目には。


先ほどまで無かった光が宿っていた。


しかし。


タクは静かに首を横へ振る。


「いきなり、このヴィールを売るのはおすすめしません。」


「なぜだ?」


「再現できません。」


「一本売って終わりです。」


「……。」


ブロードは考え込む。


「ではどうする?」


タクは地下を見渡した。


「まず。」


「新しい酒を造りましょう。」


「新しい酒?」


「はい。」


「そして。」


「この棚で熟成させるんです。」


「それが我々の。」


「我々だけの名産になります。」


ブロードは笑った。


「酒を育てる土地か。」


「悪くねぇ。」


「ですが。」


タクは少し考える。


「この土地に育つ物を探しましょう。」


ブロードは苦笑した。


「それが困ってんだ。」


「この辺は水捌けもすごいし、はたまた泥のような土もあるし、寒暖差も激しくてなぁ…」


「試すならここから3日ほど歩いた山の向こうにな。」


「洞窟がある。」


「洞窟?」


「魔獣が出る。」


「昔から誰も近付かねぇ。」


「だが。」


「洞窟の近くだけ。」


「不思議と草木が育つ。」


タクは興味深そうに聞く。


「魔獣……ですか。」


「怖ぇぞ。」


「キュマよりでけぇ牙の生えた奴もいる。」


「俺ぁ近寄りたくもねぇ。」


タクは少し考え。


少しお待ちくださいと一度木の珠を外して店に戻る。


しばらくして戻って来たタクは、カバンの中をごそごそ探した。


「これは、なんだ?酒の材料って、こんなにあるのか?」


「ええ。」


「ヴィールならウォームギ。」


「ヴィースキーにもウォームギが使えます。」


「これはコォームギ。」


「別のお酒に使われます。」


「これはトゥモロコシ。」


「ヴィースキーの種類によってはこちらも使います。」


「そしてポトテ。」


「蒸留酒の原料になります。」


「酒って、こんなに色々あるのか……。」


タクは笑う。


「土地に合った原料で、お酒は変わるんです。」


「私の世界では普通の作物ですが。」


「育つかもしれません。」


ブロードは掌へ乗せられた小さな種を見つめる。


「……。」


「こんな立派な種は見たことがねぇ。」


「これが未来の作物か。」


「?……普通の種ですよ?」


「保証はできません。」


「でも。」


「試してみる価値はあります。」


ブロードはゆっくり拳を閉じた。


「ありがとう。タク。」


「いえいえ。」


タクは首を横に振った。


「私も。」


「私の世界で、この酒を飲んでみたいんです。」


ブロードは笑う。


「そうか。」


「じゃあ約束だ。」


「最高の酒を造ってやる。」


「はい。」


「楽しみにしています。」


二人は杯へヴァインを注ぐ。


かちん。


静かな乾杯の音。


未来のバーテンダーと。


まだ誰にも知られていない貧乏貴族。


二人だけの約束が。


何百年という時を越えて。


一つの酒蔵の歴史になろうとしていた。


そして二人はまだ知らない。


この貧乏貴族ブロード・オヴィスが。


後に『ノクスアーク魔王国建国の父』と呼ばれることを。


そして。


未来で「Rack of Luck」と呼ばれる地下酒蔵こそが。


彼が残した最後の隠し酒蔵であることを。


新しい酒は、静かに未来への時を刻み始めた。

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