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古酒

建国祭が終わって、一日。


町はまだ祭りの余韻に包まれていた。


Rack of Luckも、この日から数日は休肝日。


タクは朝から店の掃除に追われていた。


「よし……これで最後。」


大きなゴミ袋を肩に担ぎ、店の外へ運ぶ。


建国祭では普段の何倍もの客が訪れた。


その分だけ空き瓶も、紙くずも、食材の切れ端も山のように出た。


ゴミ捨て場まで何度も往復する。


「ふぅ……。」


額の汗を拭い、店へ戻る。


今度は床を磨く。


椅子を一脚ずつ上げ、丁寧に雑巾を滑らせる。


カウンターも磨き直す。


ラスターさんが宴会の最中、興奮して天井近くまで飛ばした粘液も、念入りに拭き取った。


「あの時は賑やかでしたね。」


思わず笑みがこぼれる。


キッチンへ向かう。


包丁を研ぎ、まな板を洗い、コンロも磨き上げる。


食材庫を開けると、中は驚くほど空っぽだった。


「本当に使い切ったんだ……。」


ヴシ肉も。


ポトテも。


ギュウリも。


チーズュも。


祭りの日のために用意した食材は、ほとんど残っていない。


「仕入れは……。」


窓の外を見る。


町の市場も今日は休み。


他の店も軒並み閉まっている。


「後日ですね。」


そう呟き、戸を閉める。


静かだ。


祭りの翌日。


昨日までの賑わいが嘘のようだった。


店の中には、自分の足音しか響かない。


その時だった。


ふわり。


どこからともなく、優しい香りが鼻をくすぐった。


「……?」


甘いような。


森の中にいるような。


木漏れ日を思わせる香り。


タクは辺りを見回す。


誰もいない。


風も吹いていない。


それなのに。


ふと視線が止まる。


カウンターの端。


あの日。


エルフの女性からお礼として譲り受けた、木の珠。


「あ……。」


見ているだけだった。


何も考えていない。


その瞬間。


ころっ。


木の珠が動いた。


「え?」


誰も触れていない。


風もない。


それなのに、珠は床をゆっくり転がり始めた。


ころ……。


ころころ……。


タクは慌てて近寄る。


しかし珠は逃げるように転がるわけではない。


まるで行き先を知っているように。


床板の継ぎ目をなぞるように。


壁にも。


椅子にも。


一度もぶつからず。


店の奥へ。


そして。


地下セラーへ続く階段の前で。


ころん。


止まった。


「……。」


タクはしゃがみ込み、木の珠を拾い上げる。


ほんのりと温かい。


木とは思えないほど、不思議な温もりだった。


「どうしたんでしょう。」


誰に聞くでもなく呟く。


珠を見つめていると。


今度は。


地下へ降りたくなった。


理由はない。


ただ。


何となく。


「……行ってみますか。」


タクは苦笑する。


地下セラーへの扉を開けた。


ひんやりとした空気が頬を撫でる。


石段をゆっくり降りる。


カツ。


カツ。


足音だけが響く。


地下には酒樽が並んでいた。


しかし。


以前ほどではない。


建国祭で多くを使い切った。


残っているのは。


ヴィールが数樽。


ヴィースキーが少し。


赤ヴァイン。


白ヴァイン。


どれも僅か。


「思った以上に減りましたね。」


樽を見回しながら歩く。


「一日営業する分くらいはありますけど……。」


「これでは心許ないですね。」


仕入れが始まるまで、少し節約しなければ。


そんなことを考えながら歩いていると。


自然と。


部屋の中央まで来ていた。


石畳の真ん中。


丸い穴。


古くからここにあったという、小さな穴。


祭りの後。


セラーも隅々まで掃除した。


水を流し。


汚れを落とし。


乾拭きも終えている。


今は乾ききり、静かにそこにあるだけだった。


タクは木の珠を見る。


珠を見る。


穴を見る。


「……。」


「ちょうど…」


「入りそう…」


少し笑う。


「取れなくなったら困りますけど。」


珠を軽く持ち上げる。


「まぁ……。」


「あとで取れそうですし。」


ゆっくりと。


穴へ近づける。


その瞬間。


木の珠が。


まるで何かに呼ばれるように。


ほんの僅かに震えた。


タクは気付かないまま。


そっと。


穴へとはめた。

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