ポーチドタメェゴォ
カラン……
夜も更けた頃。
いつもの常連たちは、それぞれ笑顔で店をあとにしていた。
「じゃあね、マスター。」
「また来るよ。」
「ありがとうございました。」
扉が閉まる。
静かな店内。
残っているのは、カウンターの一番奥で琥珀色のヴィースキーを静かに傾ける、いつもの長身の客だけだった。
その静けさを破るように。
カランッ!
勢いよく扉が開く。
「おぉーっ!ここが最近噂のラック・オブ・ラックか!」
「空いてるなぁ!」
大柄なオークが三人。
肩を組み、顔を赤くしながら笑っている。
酔っている。
しかし足取りはしっかりしていた。
「いらっしゃいませ。」
タクはいつもと変わらぬ笑顔で迎える。
「ヴィール三つ!」
「かしこまりました。」
黄金色のヴィールがグラスへ静かに注がれる。
泡はきめ細かく、ゆっくりと盛り上がる。
二人は豪快に乾杯した。
「ぷはぁぁーーっ!」
「やっぱ2件目もヴィールはこれだ!」
タクは微笑みながら尋ねる。
「本日のファーストプレートはいかがいたしましょうか?」
すると一人のオークが腕を組み、にやりと笑った。
「何でも作れるのか?」
「できる限り、お客様のお望みに合わせて、お作りいたします。」
「ほぉ。」
オークは面白そうに笑う。
「じゃあよ。」
「俺を馬鹿にする料理を作ってくれ。」
店内が少し冷えた。
タクは少しだけ目を伏せる。
そして。
「……かしこまりました。」
隣のオークが吹き出した。
「おい、本当に受けたぞ!」
注文したオークは笑いながらヴィールを飲む。
「実はよ。」
「俺ぁ、この辺で料理屋をやってる。」
「シェフなんだ。」
タクは少し驚く。
「そうだったのですか。」
「だから見てぇんだ。」
「料理人が、この無茶振りをどう料理するのかをな。」
「なるほど。」
タクは深く一礼した。
「少々、お時間をいただきます。」
厨房へ入る。
一人、小さく呟く。
「お客様を馬鹿にする料理……。」
少し考える。
そして微笑んだ。
「違いますね。」
「馬鹿みたいに簡単なお料理。」
「それなら、お出しできます。」
まず取り出したのは。
タメェゴォ。
鍋へ湯を張る。
少量の酢。
静かに渦を作る。
殻を割る。
白身がふわりと黄身を包み込む。
三分。
絶妙な半熟。
皿へ移す。
自家製マヨネーズ。
レモソをほんの少し。
黒胡椒。
香草を一つまみ。
それだけ。
続いて。
朝焼いたパォン。
もう一度薪窯へ。
表面がきつね色になるまで焼く。
取り出した瞬間。
ヴァターを乗せる。
じゅわっ……
香りが立ち上る。
最後に塩をほんの少しだけ振る。
包丁で切る。
外はカリッ。
中はふわり。
皿へ並べた。
料理は完成した。
タクは静かに運ぶ。
「お待たせいたしました。」
オークは皿を見て固まる。
「……。」
「タメェゴォ?」
「パォン?」
隣のオークも笑う。
「おい!」
「本当に馬鹿にしてんじゃねぇか!」
タクは首を横に振った。
「はい。」
「馬鹿みたいに簡単なお料理です。」
「ですが。」
「一番、ごまかしの利かない料理でもあります。」
料理人のオークは笑みを消した。
ナイフを置く。
まずはポーチドタメェゴォ。
半分に割る。
とろり。
黄金色の黄身が流れ出した。
パォンへ乗せる。
一口。
……
目が見開く。
「……。」
ヴィール。
ゴクリ。
「……。」
もう一口。
今度はパンだけ。
カリッ。
ふわっ。
ヴァター。
塩。
コォームギの甘み。
またヴィール。
「……なんだ。」
「これ。」
「うめぇ。」
隣のオークも食べ始める。
「おい!」
「これ止まらねぇぞ!」
パンがなくなる。
もう一切れ。
タメェゴォを乗せる。
ヴィール。
またパォン。
気付けば二人とも無言だった。
しばらくして。
料理人のオークが笑う。
「参った。」
「俺は毎日。」
「新しい料理。」
「豪華な料理。」
「見た目が派手な料理。」
「そんなことばっか考えてた。」
パォンを見つめる。
「こんなの。」
「俺なら店に出さねぇ。」
「馬鹿に簡単すぎるからな。」
少し間を置く。
「でも。」
「今日。」
「一番心に残った。」
タクは静かに答えた。
「料理は。」
「難しく作ることより。」
「また食べたいと。」
「思っていただくことが大切だと、私は思っています。」
オークはヴィールを飲み干した。
「ぷはぁ!」
そして豪快に笑う。
「はははは!」
「俺ぁ。」
「この店を知らなかった。」
「料理人のくせにな。」
頭を掻く。
「俺が。」
「一番、馬鹿だった。」
タクも微笑む。
「またお越しください。」
「今度は。」
「客じゃねぇ。」
「料理人として来る。」
「負けねぇ料理を作ってやる。」
「楽しみにしております。」
三人は勘定を済ませる。
帰り際。
「ごちそうさん!」
「勉強になった!」
扉が閉まる。
カラン……
静けさが戻る。
奥の席。
長身の客がヴィースキーを揺らした。
琥珀色がゆっくりと踊る。
「料理人は。」
一口飲む。
「料理で語る。」
グラスを静かに置く。
「今夜は。」
「いい見ものだった。」
それだけ言うと。
再び静かにヴィースキーを口へ運んだ。
タクは小さく一礼する。
料理は、人を負かすためのものではない。
人の心を満たすためにある。
そのことを、今夜もまた一皿が教えてくれた。




