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魔法の才能

休肝日明けから一週間。


Rack of Luckには、今日も穏やかな昼が流れていた。


開店まではまだ少し時間がある。


タクは入口の木製扉を磨き終え、床へ水を打ち、ブラシで丁寧に磨いていく。


最後に乾いた布で拭き上げると、木目が柔らかな光を返した。


「……よし。」


一息つこうとした、その時だった。


コンコン。


店の扉が静かに叩かれる。


「はい。」


扉を開く。


そこには、一人の大柄な男性が立っていた。


立派な巻き角。


豊かに伸びた白い髭。


落ち着いた深緑色の長衣。


肩幅は広く、見上げるほどの長身。


厳つい体格とは裏腹に、その瞳はどこまでも穏やかだった。


その隣には、小柄な少女。


紫色の肌。


長い銀髪。


成人しているとは思えないほど小さな身体だが、その背には身長ほどもある帯杖を背負っている。


杖には幾何学模様の魔法陣が幾重にも刻まれていた。


二人とも、只者ではない。


大柄な男がゆっくり頭を下げた。


「失礼。」


「私は魔法大学校校長。」


「グラント・カプリスと申します。」


少女も続けて頭を下げる。


「副官のリルアです。」


タクも深く礼を返す。


「ようこそ。」


「まだ開店前ではございますが、どうぞお入りください。」


「ありがとうございます。」


二人は店内へ入る。


タクは奥の個室へ案内した。


————————


「こちらへどうぞ。」


個室は静かだった。


防音。


消臭。


清掃魔法。


淡い木の香り。


テーブル中央には、小さな一輪のドライフラワー。


タクは席へ案内すると、温かいミノレクと焼きたてのジィンジャークッキーを運ぶ。


「本日はお酒ではなく、こちらを。」


校長は少し驚いたように笑う。


「ほう。」


「気遣いまでしていただけるとは。」


「ありがとうございます。」


一口。


温かなミノレク。


優しい甘さ。


続いてクッキー。


さくり。


「……美味しい。」


その一言にタクは微笑む。


「ありがとうございます。」


少しだけ空気が和らいだ。


だが。


校長は真剣な表情へ戻る。


「今日は。」


「お願いではなく。」


「確認に参りました。」


タクも静かに頷く。


「はい。」


「最近。」


「魔法大学校で、少し困った出来事が起きまして。」


リルアが帯杖を膝へ立て掛けながら一枚の書類を机へ置いた。


校章入りの報告書。


校長が読み上げる。


「学生。」


「スネイリリー。」


「マロバン・トライエリプス。」


その二人の名前を聞き、タクは少し驚く。


「お二人とも、お店へ来られた方ですね。」


「ええ。」


校長は頷く。


「先日。」


「極大魔法。」


「発動寸前まで至りました。」


タクの表情が変わる。


「……え?」


「幸い。」


「教師達が止めました。」


「実害はありません。」


「ですが。」


「あと一歩遅ければ。」


「校舎一棟が吹き飛んでいた可能性があります。」


店内が静まり返る。


タクはゆっくり息を呑んだ。


「そんなことが……。」


校長は穏やかな口調のまま続ける。


「そして。」


「二人には共通点がございました。」


「この店へ来店した直後から。」


「魔力量。」


「成功率。」


「精神力。」


「全てが急激に向上しております。」


タクは首を傾げる。


「偶然……ではないのですか?」


校長は静かに首を横へ振る。


「調査した結果。」


「成績が急上昇した学生達の多くが、この店へ来店しております。」


リルアが小さく付け加える。


「共通点。」


「Rack of Luck。」


「確認済み。」


タクは二人を真っ直ぐ見つめた。


「……つまり。」


校長は頷いた。


「失礼とは承知しております。」


「ですが。」


「この店で。」


「特殊な魔法薬。」


「違法な触媒。」


「あるいは禁止された魔道具。」


「そういった物が提供されていないか。」


「確認する義務があります。」


タクは一切動じなかった。


少し考え、


静かに答える。


「ありません。」


その返答は迷いがなかった。


校長も、それを感じ取ったようだった。


しかし。


「それでも。」


「確認は必要なのです。」


「どうか、ご理解ください。」


タクは深く頭を下げた。


「もちろんです。」


「ご協力いたします。」


その時だった。


カラン……


入口のベルが鳴る。


「ただいま。」


聞き慣れた声。


エレノアだった。


昼過ぎの散歩から戻ってきたらしい。


「おや?」


個室の扉が少し開いている。


中を覗いたエレノアは、一瞬目を丸くした。


「……あれ?」


「その髭。」


「その角。」


校長も立ち上がる。


驚いたように目を見開いた。


「エレノア殿……?」


「やっぱり。」


エレノアは嬉しそうに笑った。


「グラントじゃないか!」


「何年ぶりだい!」


校長も思わず笑みを浮かべる。


「二十年……いえ。」


「三十年になりますか。」


「まさか、この店で再会するとは。」


二人は固く握手を交わした。


タクは驚きながら見守る。


「お知り合いだったのですか?」


エレノアは笑う。


「知り合いどころじゃないよ。」


「昔、この子がまだいっぱしの教師だった頃からの付き合いさ。」


校長は照れくさそうに髭を撫でる。


「その節は。」


「色々と助けていただきました。」


エレノアは席へ腰掛ける。


「それで?」


「今日は何の用だい?」


校長は真剣な顔へ戻った。


事情を一から話し始める。


スネイリリー。


マロバン。


極大魔法。


Rack of Luck。


違法魔法薬の疑い。


全て。


最後まで聞き終えたエレノアは、


腕を組み、


静かに目を閉じた。


「……なるほどね。」


その一言だけを残し、


ゆっくりと目を開いた。


その瞳には、


長年店を守り続けてきた者だけが持つ、


静かな確信が宿っていた。


————————


個室には静かな空気が流れていた。


校長グラント・カプリス。


副官リルア。


タク。


そしてエレノア。


誰も慌てていない。


だからこそ、その静けさが心地よかった。


エレノアは校長を見つめる。


「グラント。」


「一つだけ確認するよ。」


校長は頷いた。


「ええ。」


「その二人。」


「極大魔法は成功したのかい?」


「……いいえ。」


「教師達が止めました。」


「魔法陣は完成寸前。」


「魔力は集まりましたが、発動はしておりません。」


エレノアは小さく笑った。


「なら答えは簡単だ。」


校長は続きを待つ。


「その子達には。」


「最初から才能があった。」


「ただ。」


「自信が無かっただけ。」


「この店で背中を押され。」


「出来ると思った。」


「だから。」


「今まで出せなかった魔力が出ただけさ。」


校長は黙って聞いている。


エレノアは続けた。


「もし本当に違法な魔法薬なら。」


「極大魔法どころじゃない。」


「もっと簡単な魔法から異常が出る。」


「体調も崩す。」


「魔力も乱れる。」


「そんな報告は?」


校長は静かに首を横へ振る。


「ありません。」


「むしろ。」


「全員。」


「非常に健康です。」


「ほら。」


エレノアは笑った。


「才能だったんだよ。」


校長は少し考え込む。


しかし。


職業柄。


確認だけはしなければならない。


「マスター・タク。」


「お願いがあります。」


「もちろんです。」


「彼女達へ出した物を。」


「私達にも。」


「同じ物を作っていただけますか。」


タクは一礼した。


「承知いたしました。」


————————


数分後。


タクは盆を持って戻ってきた。


まず。先ほど出したものと同じ


温かなホットミノレク。


ほんのり甘い香り。


そして。


焼きたてのジィンジャークッキー。


さらに。


青く透き通るノンアルコールカクテル。


深い海のような青。


クラッシュアイス。


上には星形の砂糖菓子。


細かく刻んだ果実。


まるで夜空がグラスへ閉じ込められていた。


校長は思わず目を細める。


「美しい。」


リルアも珍しく目を丸くする。


「綺麗……。」


校長はまずホットミノレクを飲む。


優しい甘さ。


体へ染み渡る温かさ。


次にクッキー。


サクッ。


噛むほどにジィンジャーの香り。


最後に青いカクテル。


冷たい。


甘い。


爽やか。


校長は目を閉じた。


しばらく味わう。


そして静かに笑った。


「……美味しい。」


リルアも一口。


「魔力反応。」


帯杖が淡く光る。


数秒。


やがて光は消えた。


「異常なし。」


「違法魔法。」


「違法薬物。」


「魔力強化剤。」


「全て反応ゼロ。」


校長は納得したように頷く。


「そうでしたか。」


「失礼いたしました。」


タクは首を横へ振る。


「いえ。」


「確認されるのは当然です。」


校長は立ち上がり、深々と頭を下げた。


「Rack of Luckに。」


「違法性はありません。」


「私が保証いたします。」


タクも礼を返す。


「ありがとうございます。」


その時。


校長は少し困ったように笑った。


「ですが。」


「困ったこともありまして。」


「?」


「スネイリリー。」


「マロバン。」


「二人とも。」


「自信を持ちすぎました。」


エレノアは吹き出す。


「あはは。」


「若いねぇ。」


校長も苦笑した。


「出来るようになった。」


「もっと出来る。」


「もっと上へ。」


「そう考え。」


「極大魔法へ手を出しました。」


タクは少し残念そうに俯く。


「私のせいでしょうか……。」


エレノアが即座に否定した。


「違う。」


「包丁を渡したからって。」


「人を刺したら包丁が悪いのかい?」


タクは顔を上げる。


「違います。」


「だろ?」


エレノアは微笑んだ。


「才能を引き出した。」


「その後どう使うかは。」


「本人次第さ。」


校長も力強く頷いた。


「同感です。」


「そこで。」


「処分を決めました。」


タクは少し緊張する。


「どうなるの……でしょうか。」


校長は笑った。


「いいえ。」


「そんな考えられていることはしません。」


「社会奉仕です。」


「?」


「四日間。」


「この店で働いてもらいます。」


タクは目を丸くした。


「うちでですか?」


「ええ。」


「掃除。」


「接客。」


「皿洗い。」


「料理の手伝い。」


「人と接すること。」


「働くこと。」


「それも魔法を学ぶ大切な時間です。」


エレノアは満足そうに笑う。


「いい判断だ。」


校長は続ける。


「魔法は。」


「人を助けるためにあります。」


「力を誇るためではありません。」


「そのことを。」


「この店なら学べるでしょう。」


タクは静かに頷いた。


「私でよろしければ。」


「精一杯。」


「お手伝いさせていただきます。」


校長は安心したように微笑む。


「ありがとうございます。」


————————


翌日。


夕方。


開店前。


カラン……


扉が開く。


「こ、こんばんはでございます!」


スネイリリーだった。


今日は黒いゴスロリではなく。


白いエプロン姿。


箒を背負い。


少し緊張している。


その後ろから。


マロバンも入ってくる。


「……本日より。」


「四日間。」


「よろしくお願いいたします。」


首席らしく深く礼をした。


タクは二人を見て笑った。


「こちらこそ。」


「一緒に頑張りましょう。」


二人は元気よく返事をする。


「はい!」


その様子を見ていたエレノアは、


カウンターを拭きながら、


くすりと笑った。


「さて。」


「今日から少しだけ。」


「賑やかな店になりそうだねぇ。」


こうしてRack of Luckに、小さな二人の見習いが加わることになった。


魔法を学ぶためではない。


人をもてなすことを学ぶために。

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