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ブルーラグーン

休肝日が明けて数日。


Rack of Luckには、少し変わったお客様が増えていた。


女子学生。


「すみません……ホットミノレクを一つ。」


夕方。


「ジィンジャークッキー、まだありますか?」


夜。


「スネイリリーさんに聞いて来ました!」


「私もあの魔法薬を!」


魔法大学校の制服を着た若い生徒たちが、ぽつり、ぽつりと店を訪れるようになっていた。


エレノアは磨き終えたグラスを棚へ戻しながら、くすりと笑う。


「最近は若い子が増えたねぇ。」


タクも少し驚いたように笑う。


「口コミでしょうか。」


「店ってのはね。」


エレノアは肩をすくめる。


「美味しい料理より、美味しかったっていう一言の方が客を呼ぶんだよ。」


「なるほど……。」


その日もタクは、一人一人にノンアルコールカクテルを作り、焼きたてのジィンジャークッキーを添えて送り出していた。


皆、帰る頃には来た時よりも少しだけ表情が明るくなっていた。


それだけだった。


それだけのはずだった。


————————


数日後。


夜。


カラン……


ベルが鳴る。


店内が少しだけ静かになる。


入ってきた少女は、明らかに普通の学生ではなかった。


黒を基調としたローブ。


胸元には金糸で縫われた紋章。


魔法大学校首席。


肩まで届く黒髪。


その頭には、触角にも似た二本の魔力感知器官がゆっくり揺れている。


顔には、まるで古代生物アノマロカリスを思わせる独特な意匠の魔導眼鏡。


どこか冷たい雰囲気をまとっていた。


少女はカウンターへ座る。


「……。」


少し間を置いてから口を開いた。


「私は。」


「マロバン・トライエリプス。」


「魔法大学校首席です。」


店内が静まり返る。


ガルムはヴィールを飲む手を止め、


ミズハも白ヴァインのグラスをゆっくり置いた。


タクだけがいつも通り微笑む。


「ようこそ。」


「Rack of Luckへ。」


————————


マロバンは真っ直ぐタクを見る。


「最近。」


「魔法大学校で妙なことが起きています。」


「基礎魔力試験。」


「平均点。」


「成功率。」


「全て急激に向上しました。」


タクは静かに耳を傾ける。


「共通点があります。」


「成績が伸びた者は。」


「全員、この店へ来ています。」


ガルムが思わず笑いそうになるが、エレノアが視線だけで制した。


マロバンは続ける。


「しかし。」


「全員ではありません。」


「伸びた者。」


「伸びない者。」


「適合者。」


「不適合者。」


「つまり。」


彼女は少し身を乗り出した。


「この店には何か秘密があります。」


「魔法薬。」


「秘薬。」


「特殊な触媒。」


「そういった物を使用していますね?」


店内は静まり返る。


誰も口を挟まない。


タクは少しだけ考えた。


それから優しく頭を下げる。


「少々、お待ちください。」


————————


地下セラー。


タクは瓶を一本取り出した。


青い果実から作ったシロップ。


果汁。


リャイム。


クラッシュアイス。


冷えた炭酸水。


今日は酒ではない。


ノンアルコール。


シェイカーへ。


シャッ。


シャッ。


シャッ。


グラスには細かなクラッシュアイス。


そこへ青い液体を注ぐ。


夜空のような深い青。


最後に、


星形の砂糖菓子。


黄色い果物。


小さなミソト。


まるで夜空に浮かぶ星々だった。


タクは静かに差し出す。


「本日のおすすめ。」


「ブルー・ラグーン。」


「ノンアルコールです。」


マロバンは少し眉をひそめた。


「酒では……ない?」


「はい。」


「お酒が飲める年齢に見えませんので。」


その一言に、


マロバンは少しだけ照れくさそうに咳払いした。


「……一応成人です。」


————————


タクは続けて小皿を置く。


焼きたてのジィンジャークッキー。


甘い香りがふわりと広がる。


マロバンは目を丸くした。


タクの前にあるジィンジャーを見て。


「これは……。」


「まさか。」


「マンドラゴラの根……?」


タクは思わず笑ってしまう。


「違います。」


「ジィンジャーですよ。」


「少し形が似ているだけです。」


マロバンは耳まで赤くなった。


「……。」


「恥ずかしい。」


ガルムが肩を震わせる。


「首席でも勘違いすることあるんだな。」


「うるさいです。」


マロバンは真顔で返した。


店内が少しだけ和む。


————————


彼女は青いカクテルを口へ運ぶ。


ひんやり。


甘い。


爽やか。


炭酸が舌をくすぐる。


「……。」


「美味しい。」


次にクッキー。


さくっ。


ジィンジャーの香りが鼻へ抜ける。


思わず肩の力が抜けた。


「……不思議。」


「こんな味……初めて。」


タクは微笑む。


「気に入っていただけて良かったです。」


————————


しばらく沈黙。


マロバンはグラスを見つめたまま呟く。


「教えてください。」


「秘密を。」


「私ももっと強くなりたい。」


タクは静かに首を振った。


「秘密なんてありません。」


「でも。」


「皆さんには。」


「一つだけ同じことを言っています。」


「……?」


「大丈夫。」


「あなたならできます。」


「それだけです。」


マロバンは驚いた。


「それだけ?」


「はい。」


「頑張るのは。」


「お客様です。」


「私は。」


「少しだけ背中を押しているだけなんです。」


————————


店内は静かだった。


エレノアがグラスを磨きながら小さく笑う。


「いい言葉だねぇ。」


タクは照れくさそうに笑う。


「本当のことですから。」


マロバンは青いグラスを見る。


星形の砂糖菓子が少しずつ溶けていく。


「……。」


「私も。」


「変われますか。」


タクは優しく答えた。


「変われるかどうかは。」


「飲んだからではありません。」


「変わろうと決めた。」


「その気持ちです。」


————————


会計を済ませる。


扉の前。


マロバンは深く頭を下げた。


「ありがとうございました。」


「また。」


「報告に来ます。」


「お待ちしております。」


ベルが鳴る。


カラン……


少女は夜の街へ消えていった。


————————


その背中を見送りながら、


エレノアはぽつりと言う。


「また一人。」


「歩き始めたね。」


タクは静かに頷いた。


「ええ。」


「歩いたのは。」


「私ではありません。」


「彼女自身です。」


その言葉に、


エレノアは満足そうに微笑んだ。


「それでいい。」


「バーってのはね。」


「酒を飲ませる場所じゃない。」


「明日へ向かう勇気を、一杯に添える場所なんだよ。」

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