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タコス

トゥモロコシ=トウモロコシ

トメト=トマト

オニヨン=玉ねぎ

リャイム=ライム

コォームギ=小麦

オリーヴ=オリーブ

ヴシ肉=牛肉

魔鷹の爪=トウガラシ

夜の帳が、魔王国を静かに包んでいた。


『Rack of Luck』には、いつものように柔らかな灯りがともっている。


カウンターではドワーフのガルムがヴィールを飲みながら、今日の仕事についてネズミ獣人のミズネと話していた。


河童族のミズハは少し離れた席で、ゆっくりとグラスを傾けている。


旅猫はいつものように、どこからともなく現れていた。


そんな穏やかな夜だった。


――カラン。


店の扉が開いた。


「ごめんください。」


聞き慣れない声に、何人かの客が入口へ目を向ける。


そこに立っていたのは、一人の女性だった。


黒を基調としたシスター服。


けれど、普通のシスターとは少し違う。


青い肌。


そして、袖や衣服の隙間から見える、複数の腕。


その姿はどこか異形でありながら、不思議と威圧感はない。


むしろ、困ったように首を傾げている姿のほうが印象に残った。


「少しお尋ねしたいのですが……。」


女性は店内を見回す。


「スゲトーイ教会は、この辺りにございませんでしょうか?」


エレノアが目を瞬かせる。


「スゲトーイ教会?」


「ええ。」


「それなら、隣の国にある教会だね。」


「……隣の国?」


女性の顔が固まった。


「ええ。」


「ここからスゲトーイ教会まで行くとなると、何日もかかるよ。」


「…………。」


女性はしばらく黙った。


そして、ゆっくりと店内を見回す。


「……あれ?」


「では、ここは?」


エレノアが苦笑する。


「ここはノクスアーク魔王国。」


「ダイニングバー『Rack of Luck』だよ。」


「教会なら、この国にもあるけど……。」


女性は目をぱちぱちさせた。


「まあ。」


「それはまた……。」


少し考える。


やがて、柔らかく微笑んだ。


「神の思し召しかもしれませんね。」


そう言って、ぺこりと頭を下げる。


「少し、お邪魔させていただいてもよろしいでしょうか?」


「もちろん。」


タクが笑顔で答えた。


「いらっしゃいませ。」


女性は改めて店内へ入る。


「ありがとうございます。」


そしてカウンターへ向かおうとしたところで、ふと立ち止まった。


「あの。」


「はい。」


「こちらでは……水タバコを嗜むことはできますでしょうか?」


タクの動きが、一瞬だけ止まった。


目の前にいるのは、シスター姿の女性。


タクはほんの一瞬だけ(シスターが水タバコ……?)と思った。


けれど。


すぐに自分の考えを恥じる。


(……いけない。)


(勝手なイメージで判断してしまった。)


タクは穏やかに笑った。


「個室をご利用いただければ可能ですよ。」


「ただし、個室料金がかかります。」


女性は嬉しそうに頷いた。


「では、そちらでお願いいたします。」


そう言うと、彼女は袖の中から何かを取り出した。


蛍光緑色の瓢箪型の水タバコ。


どうやら最初から持ち歩いているらしい。


「そちらはお持ち込みということでよろしいでしょうか?」


「はい。」


「ありがとうございます。」


タクは個室へ案内した。


「こちらのお部屋になります。」


「ありがとうございます。」


女性は部屋へ入り、椅子へ腰を下ろす。


そのまま、次々と袖の中から物を取り出していく。


小さな袋。


香草らしきもの。


何かの瓶。


そして水タバコの道具。


机の上が、あっという間に賑やかになった。


タクは思わず目を瞬かせる。


(……袖の中に、どれだけ入っているんだろう。)


女性は何事もなかったかのように微笑んだ。


「マスター。」


「はい。」


「私の名前は、マヨウミと申します。」


「マヨウミさんですね。」


「はい。」


そして、少し考えるように首を傾げた。


「本日の食事ですが……。」


「マスターのおすすめをお願いいたします。」


「私が選ぶよりも。」


「それが神の思し召しになるでしょうから。」


タクは小さく笑った。


「かしこまりました。」


「少々お待ちください。」


タクは厨房へ戻った。


何を作るか。


少し考える。


マヨウミの様子。


持ち込まれた水タバコ。


夜の時間。


そして、店内に残っている食材。


タクは野菜の籠へ手を伸ばした。


「……これにしましょう。」


取り出したのは、トゥモロコシ。


続いてヴシ肉。


トメト。


オニヨン。


香草。


リャイム。


そして魔鷹の爪。


タクは紙袋に入ったトゥモロコシの粉を取り出す。


同様にコォームギの粉も同量取り出し合わせてふるいにかける。


少量の水と塩とオリーヴオイルを加え、手で練っていく。


粉がまとまり、しっとりとした生地へ変わっていく。


それを小さく分ける。


丸める。


そして、薄く。


薄く。


手のひらで押し広げる。


均一になったところで、フライパンへ乗せる。


じゅっ。


香ばしい匂いが立ち上った。


焼き上がった皮を布で包み、乾かさないようにしておく。


次は具材。


ヴシ肉を包丁で細かく刻む。


さらに叩いて、粗めのミンチへ。


フライパンを熱し、肉を入れる。


ジュウゥゥ……。


肉の脂が溶け、香ばしい香りが広がる。


塩。


胡椒。


香草。


肉の旨味を邪魔しない程度に味を整える。


別のまな板では、トメトを細かく刻む。


オニヨンも同じように。


香草を刻み、そこへリャイムを絞る。


さらに魔鷹の爪を少量。


混ぜ合わせる。


赤。


緑。


白。


鮮やかな色が器の中で重なっていく。


タクは味を確かめる。


「……もう少しだけ。」


リャイムを追加する。


爽やかな酸味が、肉の旨味を引き締めた。


焼き上がったトゥモロコシの皮へ、ヴシ肉を乗せる。


その上から粗熱をとったサルサソース。


香草を少し。


形を整える。


「よし。」


合わせる酒は、ヴィール。


よく冷やした瓶を冷蔵庫から取り出す。


さらにグラスも冷やしておく。


タクは料理を皿へ美しく盛り付けた。


香ばしいトゥモロコシ。


肉の旨味。


トメトの酸味。


オニヨンの甘み。


香草の香り。


そして、魔鷹の爪の刺激。


「……これで。」


タクは冷えたヴィールの瓶とグラスをトレイへ乗せた。


個室の前まで戻る。


扉の横にある小さなボタンへ手を伸ばす。


ぽち。


緑色のランプが点灯した。


入室可能の合図。


タクは扉を開ける。


「お待たせいたしました。」


「本日のおすすめでございます。」


マヨウミは顔を上げた。


「まあ。」


目の前に並べられた料理を見つめる。


「とても美味しそうですね。」


「ありがとうございます。」


「この料理には普段はラガーをお出ししているのですが

今回はピルスナーを…。」


タクはヴィールをグラスへ注ごうとした。


その瞬間。


マヨウミが瓶へ手を伸ばした。


「そのままで。」


「はい?」


マヨウミはリャイムを一つ手に取る。


そして。


ぎゅっ。


瓶の口へ直接、果汁を絞り入れた。


さらに、果肉までそのまま瓶の中へ落とす。


「…………。」


タクは少しだけ目を瞬かせた。


マヨウミは満足そうに瓶を揺らす。


「これが私流の飲み方です。」


「なるほど。」


タクはそれ以上何も言わず、笑顔で頷いた。


マヨウミはタコスを一つ手に取る。


そして。


がぶっ。


大きく頬張った。


「……!」


頬が少し膨らむ。


もぐもぐ。


そして、すぐに瓶を持ち上げる。


ごくっ。


「ッカーァァァァ……!」


心底満足したような声が個室へ響いた。


タクは思わず微笑む。


「お気に召しましたでしょうか。」


マヨウミは口元を拭いながら、大きく頷いた。


「ええ。」


「素晴らしいです。」


「ありがとうございます。」


「ごゆっくりどうぞ。」


タクは一礼して、個室を後にした。


個室の中ではマヨウミの楽しそうな声が響いていた。


「これは神の思し召しですね……!」


カウンターのガルムが苦笑する。


「えらく楽観的なシスターだな。」


ミズネも微笑んだ。


「迷子になった甲斐があったのかもしれませんね。」


ミズハはくすくす笑う。


「でも、スゲトーイ教会って隣の国なんでしょ?」


「そこまで迷子になるって、逆にすごいよね。」


旅猫は耳をぴくぴく動かした。


「ミーもたまに道を間違えるにゃ。」


「……たまに?」


ミズハが呟く。


「旅猫さんの場合、たまにじゃないと思う。」


「にゃ?」


そんな会話が聞こえているのかいないのか。


個室の中では、マヨウミが最後の一口を楽しんでいた。


やがて。


個室の呼び出しランプが点灯する。


タクはすぐに個室へ向かった。


「お呼びでしょうか。」


「はい。」


マヨウミは満足そうに椅子へ座っていた。


料理は綺麗に食べ終わっている。


ヴィールの瓶も空だった。


「とても美味しかったです。」


「ありがとうございます。」


タクは食器を片付けながら尋ねる。


「今夜は、このあとどうされますか?」


「近くの教会にお世話になろうと思います。」


「それでしたら、少し歩けばございますよ。」


「ええ。」


マヨウミは頷いた。


そして。


「……ああ。」


「そういえば。」


タクを見る。


「マスター、少しよろしいでしょうか?」


「はい?」


マヨウミは瓢箪型の水タバコを手元へ引き寄せた。


「貴方の未来を、見てみたいのです。」


「私の……未来ですか?」


「ええ。」


マヨウミは水タバコのフラスコへ手をかざした。


まるで占い師が水晶へ触れるように。


青い肌の指先が、ゆっくりと動く。


フラスコの中で水が揺れる。


マヨウミは目を細めた。


しばらくの沈黙。


やがて。


「……これは。」


「何か見えましたか?」


「ええ。」


マヨウミの表情が、少しだけ真剣になる。


「マスター。」


「これから、大変なことが起こります。」


タクは黙って聞いている。


「ですが。」


「悪いことばかりではありません。」


水面が、わずかに揺れる。


「待ち人は……向こうから来る。」


「金運は……。」


マヨウミが少し驚いた顔をした。


「これまでの中では、最高の方向へ向かいますね。」


タクは苦笑する。


「それはありがたいですね。」


「そして……。」


マヨウミはじっとフラスコを見る。


「運命には、白羽の矢が立つ。」


「白羽の矢……。」


「ええ。」


「何か、大きな流れに選ばれるようです。」


タクは首を傾げる。


「……よく分かりませんね。」


「私にも、詳しいところまでは。」


マヨウミは少し笑った。


「ただ。」


「運は、悪かったり。」


「良かったり。」


「随分と忙しい人生になりそうです。」


「…………。」


タクはしばらく考えた。


「……それは、今とあまり変わらない気もします。」


マヨウミは目を丸くした。


そして、ふふっと笑う。


「確かに。」


「では、よく当たっているということでしょうか。」


二人で小さく笑った。


マヨウミは水タバコを袖の中へしまう。


「まあ。」


「酔い人の戯言だと思ってください。」


「はい。」


「ですが……。」


マヨウミは立ち上がる。


「また運が良ければ、こちらへ参ります。」


「今夜は、とても満足いたしました。」


「ありがとうございます。」


タクは扉まで見送る。


「こちらこそ、ありがとうございました。」


マヨウミは深く頭を下げた。


「それでは、また。」


「お気をつけて。」


マヨウミは店を出ていった。


カラン――。


夜風が吹き込む。


タクは扉のところから、その背中を見送った。


マヨウミはしばらく歩く。


そして。


右へ曲がった。


タクは眉をひそめた。


(……そちらじゃない。)


慌てて店の外へ出る。


「マヨウミさん!」


「はい?」


振り返る。


「教会はこちらです。」


「あら。」


マヨウミは恥ずかしそうに笑った。


「そうでしたか。」


「ありがとうございます。」


ぺこり。


深々と頭を下げる。


そして歩き出す。


タクはほっと胸を撫で下ろした。


ところが。


次の角。


マヨウミは、また反対方向へ曲がろうとした。


「…………。」


タクが固まる。


「…………。」


店内の客たちも、窓越しにその様子を見ていた。


ミズハが椅子から立ち上がる。


「……もう、私が案内するよ。」


ミズハは店の扉を開けた。


「マヨウミさん!」


「はい?」


「教会、こっち!」


「まあ!」


マヨウミは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます!」


「いえいえ。」


ミズハはマヨウミの隣へ並ぶ。


「行こう。」


二人の姿が夜の街へ消えていく。


店内へ戻ったタクは、しばらく無言だった。


ガルムがヴィールを一口飲む。


「……神の思し召しってのも、大変だな。」


ミズネが眼鏡を押し上げる。


「少なくとも。」


「道案内をする人間も、神様は用意してくださったようですね。」


旅猫が尻尾を揺らす。


「ミーは思うにゃ。」


「マヨウミさんは、教会に着くまでが旅なんだにゃ。」


タクは苦笑した。


「……無事に着けばいいんですけどね。」


夜の街の向こうから。


「こっちです!」


というミズハの声が聞こえてきた。


『Rack of Luck』の店内には、再び穏やかな笑い声が戻っていた。

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