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マッシュルールのアヒージョ

マッシュルール=マッシュルーム

ニャンニク=ニンニク

オリーヴ=オリーブ

ヴァイン=ワイン

パォン=パン

魔鷹の爪=トウガラシ

その日の魔王国は、朝から細かな霧雨に包まれていた。


しとしと、と。


音を立てることもなく降り続く雨が石畳を静かに濡らし、街並みを淡い白に霞ませている。


『Rack of Luck』の窓ガラスにも、小さな雨粒が幾筋もの線を描きながら流れ落ちていた。


開店前。


タクは店内の掃除を終え、磨き上げたグラスを一つひとつ棚へ戻していく。


澄んだガラスが、琥珀色の灯りを受けて静かに輝いた。


「今日は静かな夜になりそうですね」


そう呟くと、窓辺に立っていたエレノアが優しく微笑む。


「雨の日はね」


「賑やかに飲み明かすお客よりも、ゆっくりと酒を味わいたい人が多いんだよ」


雨音へ耳を澄ませるように目を細める。


「だから、あたしはこういう夜も嫌いじゃない」


タクも窓の外へ目を向け、小さく頷いた。


「はい」


「こんな夜だからこそ、来てくださるお客様もいるんですね」


「その通りさ」


エレノアは穏やかに笑う。


「店っていうのは、天気まで味方につけるもんだからね」


————————


夜。


『Rack of Luck』のランプに、柔らかな灯がともる。


ぽっ、と橙色の光が雨に滲み、濡れた石畳を優しく照らした。


やがて――


からん。


澄んだベルの音が店内へ響く。


「こんばんは」


扉をくぐってきたのは、一人の女性だった。


背は高く、落ち着いた立ち居振る舞い。


丸く大きな赤い帽子は、まるで森に生える茸そのもののようで、腰まで届く亜麻色の髪がしっとりと揺れている。


丸眼鏡の奥には穏やかな瞳。


深緑色の衣には、苔や黴を思わせる繊細な刺繍が施され、不思議と森の清々しさを感じさせた。


背中には、大きな籠を背負っている。


「いらっしゃいませ」


タクが笑顔で迎えると、女性は帽子へ軽く手を添えて会釈した。


「ここが、持ち込みの食材を料理してくれる店だと聞いてね」


「はい」


タクは穏やかに頷く。


「新鮮な食材であれば、喜んでお作りいたします」


「それなら安心だ」


女性は背負っていた籠をカウンターへ静かに下ろした。


ことり。


「今日は黴の森から、いいものを持ってきたんだ」


蓋を開ける。


ふわり、と森の湿った香りが広がった。


中には大小さまざまな茸がぎっしりと詰められている。


肉厚なもの。


細長く伸びたもの。


雪のように白いもの。


深い茶色をしたもの。


その中央には、ひときわ立派な茸が山のように積まれていた。


「マッシュルールさ」


女性は少し誇らしげに笑う。


「今日は運が良くてね」


「こんなに採れる日も珍しい」


「これで何か、美味しい料理を作ってくれるかい?」


「ああ、もちろん全て食用だ、私は魔王国家資格キノコ鑑定士資格免許皆伝持ちでね」


ギルドプレートに魔力を通した彼女は

長々とした資格達をタクに見せる。


「キノコ鑑定魔法もつかってもらってもかまわないよ」


タクは一つ手に取り、そっと鼻先へ近づけた。


土の香り。


雨に濡れた森の空気。


そして、どこか甘く優しい香り。


思わず微笑みがこぼれる。


「……素晴らしいですね」


「とても新鮮です」


女性も嬉しそうに目を細めた。


「分かるかい」


「毎朝森へ入ってる甲斐があるよ」


タクは丁寧に頷く。


「承知いたしました」


「素材の良さを、そのまま味わっていただける一皿をご用意します」


「楽しみにしているよ、マスター」


女性は安心したように腰を下ろした。


——————————


タクは籠を抱え、静かに厨房へ向かう。


マッシュルールを一つずつ丁寧に取り出し、柔らかな布で優しく汚れを拭き取る。


石づきを落とす。


包丁はほとんど使わない。


両手でゆっくりと裂いていく。


繊維に沿って裂くことで、旨味も香りも逃がさず閉じ込められる。


最後の細かな仕上げだけを、ガルムが鍛え直してくれた包丁へ託した。


すっ――。


刃は吸い込まれるように走り、美しい断面を描き出す。


その様子を見ていたエレノアが、小さく笑う。


「いい音だねぇ」


「包丁まで嬉しそうだ」


タクも思わず笑みを浮かべた。


「ガルムさんが、魂を込めて研いでくださいましたから」


「道具も、それに応えてくれている気がします」


続いて香草を刻む。


小さな白い実。


細切りにしたニャンニク。


火の通りが均一になるよう、高さを揃えて切り分ける。


耐熱皿へ美しく並べ、塩をひとつまみ。


黒胡椒。


数種類の香り高いスパイスを重ねる。


最後に、鮮やかな緑色のオリーヴオイルを惜しみなく注いだ。


具材が半分ほど浸るくらいまで。


香りを閉じ込めるように。


「オーブンにいれます」


静かにオーブンへ送り出す。


じゅわ……


油が小さく泡立ち始める。


ニャンニクの香り。


マッシュルールの濃厚な香り。


オリーヴオイルの青々しい香り。


それらが混ざり合い、店内へゆっくりと広がっていく。


客たちは思わず鼻をくすぐられ、自然と厨房へ視線を向けていた。


じゅわ、じゅわ……


オリーヴオイルが静かに弾ける音だけが、店内へ心地よく響く。


「これは……」


ガルムが鼻をひくつかせた。


「腹が減る匂いだ」


ミズハも白ヴァインのグラスを置き、穏やかに微笑む。


「森そのものが、お店へやって来たみたい」


店内には、期待に満ちた空気がゆっくりと広がっていく。


タクはオーブンの扉を静かに開いた。


ふわり。


閉じ込められていた香りが一気に溢れ出す。


マッシュルールはほどよく火が入り、肉厚な身には艶やかなオリーヴオイルがまとわりついていた。


最後の仕上げに、小皿へ移した細かなパォンの粉を全体へ薄く振りかける。


雪のように軽く。


均一に。


再びオーブンへ戻す。


今度は、ごく短い時間だけ。


香ばしい焼き色をまとわせるために。


ほどなくして、表面がきつね色へと色づき始める。


パォンの粉は香ばしく焼き上がり、オリーヴオイルを吸って美しい黄金色に輝いていた。


「……よし」


タクは満足そうに頷く。


耐熱皿を丁寧に木製の台へ乗せる。


魔鷹の爪を輪切りにして種を取り除き、振りかける。


その横には、焼きたてのパォン。


外は香ばしく、中はふんわりと焼き上げられている。


料理を両手で持ち、静かに客席へ運んだ。


「お待たせいたしました」


女性の左側から、そっと皿を置く。


湯気がゆらりと立ち上る。


黄金色のオリーヴオイル。


肉厚なマッシュルール。


鮮やかな香草。


こんがりと焼けたパォンの粉。


どこか森の陽だまりを思わせる、温かな一皿だった。


「本日のファーストプレートです」


「マッシュルールのアヒージョになります」


女性は思わず息を呑んだ。


「……これは綺麗だ」


料理をしばらく眺めたあと、ゆっくりと笑みを浮かべる。


「森で見ていた茸が、こんなに美しくなるなんてね」


タクは一礼し、細長いグラスを静かに右側へ添えた。


透明なグラスの中では、細かな泡が絶え間なく立ち上っている。


「こちらは、よく冷やした白スパーリングヴァインです」


「マッシュルールの香りと旨味を、より引き立ててくれると思います」


女性は嬉しそうに頷いた。


「それじゃあ、いただこう」


まずは焼きたてのパォンを手に取る。


オリーヴオイルへそっと浸す。


じゅわっ――。


たっぷりと染み込んだオイルから、ニャンニクと茸の香りが立ち上る。


ひと口。


「……」


静かに目を閉じる。


続いて、マッシュルールを一つ。


はふっ。


噛んだ瞬間、閉じ込められていた旨味が口いっぱいに溢れ出した。


じゅわっ。


「……!」


思わず肩が震える。


その余韻を残したまま、白スパーリングヴァインをひと口。


しゅわ……


爽やかな酸味ときめ細かな泡が舌を優しく洗い流し、再び茸の香りを鮮やかに呼び覚ます。


もう一口。


またヴァイン。


自然とその繰り返しになる。


女性は思わず笑った。


「これは……止まらないね」


「お酒が料理を呼んで」


「料理がお酒を呼んでくる」


「気がつけば、次の一口が待ち遠しくなってる」


タクは穏やかに微笑んだ。


「ありがとうございます」


「素材が素晴らしかったので、その美味しさをそのままお届けしたかったんです」


女性は何度も頷く。


「茸ってね」


「脇役になる料理は多いんだ」


「肉を引き立てたり」


「魚を支えたり」


「でも今日は違う」


フォークでマッシュルールを持ち上げる。


「ちゃんと、この子が主役だ」


「採ってきた者として、それが何より嬉しいよ」


その言葉に、タクも照れくさそうに笑った。


————————


香りに誘われるように、周囲の客たちも次々と声を上げ始める。


「その料理、私にもお願いします」


「白スパーリングヴァインも一緒に」


「僕も同じものを」


「あの香りを嗅いだら我慢できない」


注文が重なる。


タクは一礼すると、再び厨房へ向かった。


オリーヴオイルが静かに弾ける音。


オーブンから立ち上る熱気。


焼きたてのパォンの香ばしい香り。


白スパーリングヴァインの爽やかな泡。


そして窓の外では、変わらず霧雨が降り続いている。


静かな夜だった店内は、いつしか穏やかな笑顔と、美味しい香りに包まれていた。


————————


食事を終えた女性は、空になった籠を背負い直す。


「ごちそうさま」


「持ってきて、本当に良かった」


その笑顔は、店へ入ってきた時よりもずっと柔らかかった。


タクも深く頭を下げる。


「こちらこそ、素晴らしいマッシュルールをありがとうございました」


「本日のファーストプレート代は、サービスとさせていただきます」


女性は驚いたように目を丸くする。


「本当にいいのかい?」


「はい」


タクは店内を見渡しながら微笑んだ。


「おかげさまで、皆さんにも季節の恵みを味わっていただくことができました」


「そのお礼です」


女性は照れくさそうに笑った。


「それじゃあ、また森でたくさん採れたら持ってこよう」


「その時も、お願いできるかい?」


「もちろんです」


「いつでも、お待ちしております」


女性は満足そうに頷くと、帽子へそっと手を添えた。


「また来るよ、マスター」


からん。


ベルが優しく鳴る。


霧雨の中へ、小さな背中がゆっくりと溶け込んでいった。


————————


扉が閉まり、店内には再び静かな時間が戻る。


エレノアは窓の外を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「持ち込まれる食材にはね」


「その人が歩いてきた景色まで、一緒についてくるものなんだ」


タクは厨房へ目を向ける。


そこには、まだ森を思わせる香りが静かに漂っていた。


雨に濡れた土。


木々の息吹。


採れたての茸が宿していた、森の記憶。


「だから私は――」


タクは穏やかに微笑む。


「その景色まで、お客様へ届けられる料理を作りたいです」


エレノアは満足そうに頷いた。


「うん」


「その想いを忘れなければ、きっと大丈夫さ」


窓の外では、変わらず静かな雨が降り続いている。


その雨音に耳を澄ませながら、『Rack of Luck』には今夜もまた、一つの森の物語が静かに刻まれていった。


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この回のキャラは『黴絵師モルドチョップ』様をイメージして

リスペクトキャラとして出させていただきました。もちろん二次創作なのでご本人様とは違いますので

ご承知ください。

推しを出せるって最高!このために書いているまである推し活ですw

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