休肝日
開店から六日間。
『Rack of Luck』の夜は、休むことなく賑わい続けていた。
ヴィールの泡が弾ける音。
笑い声。
皿と皿が触れ合う音。
そのすべてが、毎晩この小さな酒場へ積み重なっていく。
そして七日目。
店は静かになる。
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朝。
扉の前に誰もいない。
看板だけが、風に揺れている。
『Rack of Luck』
タクは帳簿を開いていた。
銅貨の山。
銀貨の束。
そして、少しずつ増えていく金貨。
「……こんなに、使われてるんだ」
思わず呟く。
エレノアは隣でグラスを拭きながら笑う。
「そりゃそうさね。
六日も休まず店を開ければ、それなりに積もるもんさ。」
「でもね」
少しだけ目を細める。
「もう"店ごっこ"じゃない。
ちゃんと、この街で商売してる店になったってことさ。」
その言葉が、タクには少しだけ誇らしかった。
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昼。
タクは銅貨を布袋にまとめる。
ずっしりと重い。
「行ってきます」
「はいはい」
エレノアは軽く手を振った。
「気をつけてね」
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銀行。
受付のトカゲ娘(五女)が、机の上の銅貨の山を見て目を丸くする。
「……すごい量ですね」
「毎回これですか?」
「はい」
タクは少しだけ申し訳なさそうに答える。
「手数料は銅貨5枚になりますね」
さらりと処理される。
受付の女性は慣れた手つきで貨幣を数え、
銅貨を銀貨へ。
銀貨を金貨へと交換していく。
その手際は鮮やかで、見ているだけで気持ちがいいほどだった。
「またのご利用を」
トカゲ娘は軽く頭を下げた。
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その足で、タクは魔王城へ向かった。
中央広場へ差しかかると、大きな銅像が目に入る。
『ノクスアーク魔王国建国の父 ブロード・アルド』
台座にはそう刻まれていた。
像の主は、二本の大きな禍々しい角を持つ壮年の魔族。岩のように盛り上がった筋肉。
大剣を軽々と肩へ担ぎ、空を見据える姿は、まさに英雄そのものだった。
「……すごい人だったんだな。」
思わず足を止める。
剣を担いながらも、街を見守るような眼差し。
ただ強いだけではない。
そんな不思議な威厳が銅像から伝わってきた。
その時、ふと思い出す。
「そういえば……。」
「前に馬車にひかれそうになった時の貴族さんも、アルドって名字だったな。」
「有名な家系なのかな。」
それだけ呟くと、特に深く考えることもなく、再び魔王城への道を歩き始めた。
英雄の銅像は、そんなタクの背中を静かに見送っていた。
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門は、もう“観光地”だった。
貴族の馬車。
旅人の団体。
兵士の巡回。
「本日は軽い謁見ですので、1時間ほどでご案内できます」
受付のトカゲ娘(長女)が淡々と言う。
「お待ちになりますか?」
タクは頷いた。
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待合室。
石造りの広い部屋。
そこに、見知った顔があった。
「やっ!タクじゃねぇか」
カンブリボンが手を上げる。
「店、順調らしいな。
最近じゃ城下でも噂になってるぜ。」
少し遅れてラスター。
「評判聞いてるよ」
さらに、のそりとサツキ。
「そのうち行くね」と書かれた紙をハチ達が持っている。
それぞれが短く言葉を交わす。
それ以上は何もない。
ただ、“街が動いている”感じだけが残る。
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やがて、番号が呼ばれる。
「タク様」
大柄な鎧の騎士が立っていた。
顔は見えない。
だが、鎧の隙間が妙に軽い。
影がないような、不思議な存在感。
「こちらへ」
タクはその後ろを歩く。
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廊下は長い。
豪華で、しかしどこか冷たい。
声は一切ない。
ただ足音だけが響く。
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玉座の間。
ドン・ファーラ。
圧倒的な存在感。
「久しいな」
低い声。
タクは頭を下げる。
「おかげさまで、店は順調です」
「本日は借りていた資金を返しに来ました」
布袋を開く。
金貨二枚。
静かに置く。
沈黙。
長くはない。
だが、玉座の間を満たすには十分すぎるほど重い静寂だった。
やがて。
ドン・ファーラが小さく息を吐く。
「……いいなぁ。」
本当に羨ましそうな一言だった。
タクは何も聞かなかった。
ただ一礼し、背を向ける。
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帰り道。
魔王城の外は、いつも通り賑やかだった。
誰かの生活が、確かに続いている。
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夜。
店は休み。今日は「休肝日」。
静かな「Rack of Luck」。
タクは一人、掃除をしていた。
テーブルを拭く。
床を磨く。
グラスを並べ直す。
地下へ降りる。
セラー。
ひんやりとした空気。
壁の魔力灯が淡く光る。
タクは水を流した。
魔力水が床を走る。
汚れが浮かび上がり、
ゆっくりと中央の排水口へ吸い込まれていく。
まるで建物そのものが息をしているようだった。
「……不思議だな」
ぽつりと呟く。
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掃除を終えた頃。
タクはふと帳簿を見る。
(もう、自分一人が食べていくための場所じゃない。)
(ここは店だ。)
(誰かが来て、笑って、また帰ってくる場所。)
(ちゃんとした酒場になった。)
そう思った瞬間、
少しだけ肩の力が抜けた。
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夜。
誰もいないカウンターに座る。
グラスをひとつ置く。
何も入れずに、ただ眺める。
「……明日も、がんばろう。」
誰にも聞こえない、小さな独り言。
静かな店内でその言葉だけが溶けていく。
ランプの灯がゆっくりと揺れ、『Rack of Luck』の長い一日が静かに幕を下ろした。
トカゲ娘は全員でどこかの受付を行っています。この何番目とかは絶対に忘れそう…




