フライドォリ
ヴィール=ビール
ドォリ肉=鶏肉
コォームギ=小麦
それから数日。
『Rack of Luck』は、開店からわずか数日。
それでも街では、もう誰もがその名を知り始めていた。
「開店前に並ばないと入れない。」
「満席なら無理に待たず、また来る。」
そんな暗黙の了解が、誰に教わるでもなく自然と出来上がっていた。
夜。
ランプが灯る前から、店の前には数人の客が立っている。
「今日も入れるかな……」
「昨日はギリギリだったぞ」
「でもここ、外で待たせないんだよな」
からん。
扉が開くと同時に、店内の空気が流れ出す。
中では、すでに半分ほどの席が埋まっている。
カウンターでは常連が笑い合い、
奥のテーブルでは冒険者たちが今日の依頼を語り合っていた。
ヴィールの香り。
焼いた肉の香ばしさ。
笑い声。
タクはカウンターの中で忙しく動いている。
エレノアが横で小声で笑う。
「もう完全に人気店だねぇ」
そんな中、扉が再び開く。
からん。
入ってきたのは、少し異様な客だった。
丸い猫のような顔立ちに、
腕から肩へかけては鳥の翼を思わせる羽毛。
尾羽も長く、身のこなしは驚くほど軽い。
獣人と鳥人の血を引く混血なのだろうか。
性別はよく分からない。
ただ、妙に陽気な雰囲気だけが先に来る。
「やあやあ、ここが噂の店かにゃ」
「ミーは旅から旅への渡り旅人だにゃ。」
「風の向くまま、美味い店を探して歩いてるにゃ。」
軽くカウンターに飛び乗るように座る。
「ヴィール一杯!」
タクは少しだけ驚きながらも笑顔を作る。
「かしこまりました」
ヴィールを注ぐ。
客は一口飲むと、満足そうに尻尾……のようなものを揺らした。
「うん、いい店にゃ」
それからメニューを見て、首を傾げる。
「ねぇマスター」
「はい」
「なんかさ」
「しっかりしたもの、食べたいにゃ」
タクは少し考える。
(しっかりしたもの……)
店にはポトテサラダもある。
ギュウリもある。
だが“がっつり”とした肉料理はまだ少ない。
鳥のような体つき。
(……肉か)
客は続ける。
「ドォリ肉とか、あるにゃ?」
「ミーはドォリ肉が大好きなんだにゃ」
タクは一瞬だけ視線を外す。
(鳥人族だけど……。)
(食べる肉と、それとは別。)
タクは小さく息を吐き、意識を切り替えた。
余計な思考を切るように息を吐く。
「少々お待ちください」
厨房へ入る。
そこにあるのはドォリ肉。
市場で仕入れたばかりの、しっかりした赤身と脂のバランス。
タクは包丁を取る。
まず下味。
砕いた香辛料を混ぜる。
まず塩をすり込む。
続いて砕いた香辛料。
乾燥させた香草。
指先で丁寧に揉み込み、
しばらく休ませる。
その間に衣を作る。
少量の香草。
そこへドォリ肉をしっかり揉み込む。
次にコォームギの粉をふるう。
白い粉が肉を包む。
静かに油を熱する。
じゅわっ。
肉を入れた瞬間、音が跳ねた。
店内の空気が一瞬だけ変わる。
「……いい音だにゃ」
客が目を細める。
油の中で、肉が黄金色へと変わっていく。
一度だけ油から引き上げる。
余熱で中まで火を通す。
そしてもう一度。
高温の油へ戻した。
じゅわああっ――
衣が一気に色づき、
香ばしい香りが厨房いっぱいに広がった。
二度目の揚げ音は、さらに深く重い。
香りが一気に広がる。
エレノアが小さく笑う。
「二度揚げかい。」
エレノアが感心したように笑う。
「ずいぶん面白い調理法を知ってるじゃないか。」
タクは真剣なまま揚げ続ける。
やがて、黄金色になった肉を引き上げる。
余分な油を切る。
皿へ。
紙のような薄い布を添える。
「お待たせしました」
カウンターへ置く。
「フライドォリ肉です」
客は目を輝かせる。
「初めて見る調理方法だにゃ……!」
一口。
かぶりつく。
そして――
「熱っ!」
「……うまっ!」
「なにこれ!」
「止まらないにゃ!」
思わず椅子から飛び上がる。
「なにこれ!」
「外がサクサク!」
「中がジューシーすぎるにゃ!!」
「香辛料がちゃんと主張してる!」
「なのに肉の味を消してない!」
「むしろ全部が食欲になってるにゃ!!」
もう一口。
「この揚げ方が秘密なのかにゃ!?」
「パサパサじゃないにゃ!?」
「中の肉汁が閉じ込められてるのに、外は軽いにゃ!」
「危険な食べ物にゃこれ!」
客は笑いながら叫ぶ。
「これ、ヴィールが止まらないやつにゃ!!」
グラスを掴み、一気に飲む。
「うまっ……!」
「うますぎるにゃ……!」
店内が一瞬静まり――
次の瞬間。
「マスター!」
「俺にも!」
「三皿!」
「いや五皿!」
「ヴィールも追加!」
「その新しい料理!」
店中から声が飛ぶ。
「こっちにもフライドォリ肉!」
「ヴィール追加!」
「これ絶対やばいやつだ!」
ポトテサラダを食べていた客も振り向く。
「何それ!?」
「俺も食う!」
タクは驚きながらも笑う。
「はい、少々お待ちください」
厨房が一気に戦場になる。
肉を切る音。
油のはぜる音。
グラスの音。
そして笑い声。
フライドォリ肉は、
ポトテサラダ、
叩きギュウリに続く、
『Rack of Luck』三つ目の看板料理になった。
閉店間際。
皿はほとんど空になり、ヴィール樽も軽くなっている。
客たちは満足そうに息を吐く。
「ここ、毎回新しいの出てくるのズルいな」
「また来るしかないじゃん」
タクはカウンターを拭きながら小さく笑う。
エレノアが横で呟く。
「いいねぇ」
「ちゃんと店が育ってるよ」
夜は深くなり、扉のベルが静かに鳴る。
――からん。
『Rack of Luck』は、
また一つ、
街の誰かが思わず誰かに話したくなる"名物"を生み出した夜だった。




