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エリアーヌはすぐに住処へ引き返し、ディランを叩き起こした。
朝が弱いディランの目は半分閉じていたが、構わずあれこれと質問しては意見を求める。
「例えば花茶をポルタヴィルで売りたかったら、やはり乾燥させた状態で運ぶべき?」
「どうでしょう。一度製造工程を確認させてもらって、どの時点で香りが保持されるのか知るべきです」
「場合によっては材料を仕入れて、ポルタヴィルで作るということ?」
「そうなります。ただシャメン=ハルを挟んでここまで気候が違うとなると、同じようにはできないかもしれませんよ」
「となると、まずは乾燥させたものとお花自体を一度持ち帰って両方試す必要があるわね」
ディランはぐらぐらと頭を揺らしながらも、必死でエリアーヌの質問に答える。
まだ朝食もとっていないし、アーロンに助けを求めようとした。
が、またどこかの手伝いに駆り出されているのか不在のようだ。
なんにせよ、少し落ち込んでいたエリアーヌがやる気を取り戻したのは良いことだ。
ディランは仕方なく、水で腹を満たしながらこの時間を耐え抜いた。
「なんだ、白い顔をして。腹が減ったのか?」
日が少し傾き始めたころ、アーロンが戻ってきた。
両手になにやら食糧を抱えている。
「アーロン、おかえりなさい! どこへ行っていたの?」
「農地の方で怪我したじいさんがいるってんで、少し手伝ってきた。腰をやったらしくてな。畑を手伝ったら芋やら麦やらを分けてくれたぞ」
「さすがアーロンさんですね……」
なんとも逞しいことである。
食事も許されず、ずっと脳みそを使わされたディランはすでに限界を超えている。
やっとエリアーヌの質問攻撃から解放されそうだ。
今のディランにとって、アーロンは勇者だ。英雄だ。
「お芋を育てているのね! どんなお芋かしら。土の様子はどうだった?」
「少し湿り気のある土だったな」
エリアーヌは興奮気味に芋を観察し、あれこれ聞いている。
アーロンは宥めるように、しかしその一つ一つに丁寧に答えた。
その声を子守唄に、ディランは眠りに落ちていった。
次にディランが目を覚ましたとき、すでに陽は赤くなっていた。
寝過ぎたか、と慌てたが、相変わらずエリアーヌは真剣な顔で何か書き物をしている。
アーロンはその横で腕を組んで座った状態でうたた寝をしている。
ディランは働かない頭でぼんやりと、前にもこんな日があったな、と思い返した。
丁稚の時期を終え、従業員として働き始めたころ。
周囲の大人たちは決して甘くはなく、時には厳しい叱責を受けることもあった。
今にして思えばそれこそが優しさだったが、まだ子どもの心が残っていたディランは泣かないだけで精一杯だった。
しかしディランには他に居場所はない。
とにかく毎日気を張り、頭を使い、食らいついた。
使えるものはなんでも使った。
自分の容姿が人からどう見えるか気がついてからは、なけなしの自尊心すら売り払った。
身も心も疲れ果ててかなり荒んでいたし、一時期はかなり態度も口も悪かったと思う。
それでもエリアーヌはずっと変わりなく、ディランを見つけてはニコニコと走り寄って甘えてきた。
ディランが初めて遠方へ向かう商隊へ加わり、長期に渡って不在にしたあとなど酷いものだった。
帰ってきたディランにべったりと貼り付いて離れず、周囲に笑われたのもあって相当うんざりした。
それでも、目と頬を真っ赤にして離れたがらない姿に少しの嬉しさを感じたのも事実で。
多少突き放してもきょとんとするばかりで全く効かないので、いつからかほだされてしまった。
アーロンはいつもそんなエリアーヌに付き添っており、時折ディランの頭も撫でてくれた。
頑張ってるな、と笑うその手に、穏やかな声に、顔も知らぬ父の温もりを見ていた。
実際の年齢を考えたら、父などと言ったらさすがにぶん殴られる気がするが。
ディランはグッと背を伸ばす。
そして熱中するエリアーヌと自分の分のお茶を淹れ、また横から口を出す仕事に徹した。




