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なかなかに良い時間だった。
ガルニエ商会の面々との面談を終え、ウィルバートは心地良い疲れを感じていた。
エリアーヌは思ったよりずっと頭の回る娘で、視察とは名ばかりの行楽ではないらしい。
本気で交易をしたいと考えているということだろう。
躾もされているらしく、思いのほか所作なども悪く無かった。
あれならもう少し年齢と経験を重ねれば、貴族相手でも問題なく商売ができるだろう。
なによりディランが良い。
競争のないこの辺りにはいないタイプの商人だ。
あれは骨があるし、エリアーヌをよく支えるだろう。
そしてアーロン。
よく弁えた護衛だった。あれはただの傭兵上がりではない。
身分のある人物に仕えた経験があるのだろう。
あのような2人をつけているということは、ガルニエ商会もヴィクアタールでの商売に関してはそれなりに本気なのではないか。
ウィルバートはほのかに期待する自分を自覚した。
しかし、あるいはかの商会はそれほど人材に恵まれているということだろうか。
そうであれば少々警戒は必要になる。
過ぎた力は身を滅ぼす。特にこのような複雑な立ち位置の土地では。
ここが辺境でさえ、国境でさえなければ。
もう少し気楽に、単純に商人を歓迎できたであろうに。
領主館の大窓から、門を出ていくエリアーヌ一行の背を見送る。
ウィルバートは少しだけ、自分の立場を残念に思った。
領主館の使用人に連れられ、エリアーヌ一行は空き家に案内された。
小さいが部屋は2つあり、簡易な台所などもある。
家具なども備え付けてあるので、寝泊まりするには十分すぎるほどだ。
元々は領主館に仕える者に貸し出すような家らしく、今は空いているので好きに使って良いという。
ここがしばらくは彼らのお城だ。
ディランが周囲の家々に挨拶をして回ったのだが、なにやらまた上手くやったらしい。
同情した住民たちが古い掛け物や衣類などを提供してくれ、むしろ充実してしまったほど。
現実問題、いくら女将の宿が安価とはいえ滞在し続けるには金銭的な限界はあった。
持ってきた荷を元に少々の小銭を稼ぎつつ、なんとか道の復旧を待つ間を保たせなくてはならない。
だからこそ、ディランの行動は全て正しく、どこまでも現実的だ。
アーロンでさえ、近くの老人の力仕事を手伝った見返りに食べ物を入手してきてくれた。
エリアーヌは恐縮するばかりの自分が情けなく、悔しい思いを抱えた。
新たなお城での初めての夜。
持ち物を確認しながらディランが算盤を弾くのを、エリアーヌはぼんやりと眺めていた。
そんなエリアーヌの側にアーロンが座る。
「考え事か?」
「ん……この後、どうしようかなって」
「どうした。自信を失ったか」
「自信がないわけではないのよ。ただ、そうね。私、ここで何ができるのかしら」
アーロンはそんなエリアーヌの頭を撫でる。
ディランは聞いているのかいないのか、ランプの灯りを頼りに何かを書きつけている。
ペンが滑る音を聞きながら、エリアーヌは思索にふけった。
翌朝、エリアーヌは詰め所へと向かう。
運のないことに、エドガーが駐在している日だったようだ。
「げ」
「おはようございます」
エリアーヌは自分のこめかみに血管が浮くのを自覚しつつも、腹に力を込めてにっこりと笑って挨拶をした。
「用も無いのにうろつくなって言ってるだろ」
「私、昨日ウィルバート様とお会いして直接お話ししたわ。私たちの商売に期待してくださっているのよ」
「へぇ、咎められなかったのか」
エドガーはひょいと眉毛を上げて意外そうな顔をした。
そして、少しだけ警戒が和らいだ感じがした。
「で? わざわざそれを言いにきたのか?」
「違うわ。峠の様子を聞きにきたのよ」
「あぁ、それか。そう悪い状態でもない。大きめの石が転がってるから、それさえどけばすぐ通れるだろうな」
「そうなの。どれくらいかかるかしら」
「まず少し先の村から石工を呼ばないといけないからな。あの石がどれくらい硬いのか、俺たちでは分からないし」
「そう……5日ほどはかかる?」
「どうだろうな。もっとかかるんじゃないか?」
珍しくエドガーが同情するような顔をした。
一応この男にも人の心があるらしい。
エリアーヌは少しだけ、彼の評価を修正した。
「お前たち、宿はどうするんだ。金はあるのか?」
「ウィルバート様がご好意で空き家を貸してくださったの。あとは持ってきた荷を少し商店に買い取ってもらって」
「そうか。あの方はお優しいからな」
このエドガーでさえそう言うのだから、本当に優しい人なのだろう。
話が通じる様子であったし、本気で頼れば交易に関しても力を貸してもらえるかもしれない。
まずは本格的に計画を練り、それをウィルバートに納得してもらう必要がある。
「エドガー、ありがとう。私が何をすべきか分かった気がするわ」
「おい待て。お前、今度は何を企んでる」
「企んでなんか無いわ。どこに向かえばいいか分かっただけ!じゃあね!」
「良いか、余計なことはするな! 大人しくしとけよ!」
言うが早いか、詰め所を飛び出して行ったエリアーヌに大きな声をかける。
エドガーは非常に嫌な予感がして、やっぱりろくな女じゃない、と呟いた。




