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ヴィクアタールの太陽  作者: マスターオブあんかけうどん


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6

翌朝。

エリアーヌが女将に呼ばれて階下へ降りると、領主館からの遣いだという男性が待っていた。

聞けば、隣国からの珍しい客人だということで、代官が一度話を聞きたいのだという。

多忙のためと時間を指定し、使者は帰っていった。


エリアーヌは貴族らしい横柄さだなと思っただけだったが、ディランとアーロンは隣で顔を青くしていた。


「二人とも、どうしたの?」

「思ったより警戒されていたか。あいつらも生真面目だなぁ」

「若い娘だし、お目溢しがあるかと思っていましたが。少々甘かったようですね」


なにやら事を深刻に捉えているらしい。

エリアーヌは励ますように明るい声を出した。


「大げさね。話をしに行くだけよ」

「あのなぁ、お嬢さん。昨日の今日で一番えらい人からの呼び出しだぜ?」

「お叱りのためなら、始めからそう言うはずよ。そもそも丁寧に使者を寄越したりせず、問答無用で引っ立てるでしょ」

「無論、いきなり首を刎ねられたりはしないでしょう。ただ、すぐに国に送り返される覚悟はなさい」


そうは言っても、エリアーヌは使者からは特に悪い感情は感じなかったのだ。

もし彼の主人が怒りを込めてエリアーヌを呼ぶように申し付けたのであれば、彼も同様、エリアーヌに悪意を持っているはずだ。


「まぁいずれにせよ、呼ばれたからには行かなくてはいけないわ。服なんかなんだって許されるわよね?」

「いっそ完全に旅装で行きましょう。その方が言い訳が立ちます」


ぶつぶつと言い続けるディランを宥めすかし、女将に領主館の場所を確認してから出発した。

時間通りに到着すれば門番にも話が通っており、問題なく客間へと通される。

やはり代官は怒っているわけではなさそうだ。


エリアーヌは無礼にならぬ程度に、視線をめぐらせる。

領主館の客間にしては質素で、飾りも最低限。

花や絵画も便宜上といった様子だ。


少なくとも現在の代官は派手好みではないらしい。

同様に周囲を観察していたディランは、厄介だな、と思った。


「お待たせしました」


しばらく待つと、低い声と共に男性が入室してきた。

高い上背、薄い髪色、静かな足音。

いかにも隣国の貴族といった装いの男性の急な登場に、ガルニエ商会の三人は咄嗟に立ちあがることで応えた。


「呼び立てて申し訳なく思っています。どうぞ楽にしてください」


そう言われ、姿勢を崩す。

エリアーヌが率先して座り、ディランとアーロンはその少し後ろに立ったまま控えた。


「私はヴィクアタール伯爵が弟、ウィルバート。当主たる兄により、この地の代官に任じられています」

「隣国メルカトラはポルタヴィルより参りました。ガルニエ商会会長の娘、エリアーヌでございます。こちらは従業員のディラン、同じく護衛のアーロンでございます」


二人はエリアーヌの紹介に合わせて頭を下げた。


「先日は霧に迷われたと耳にしました。お怪我がなく何よりです」

「ありがとう存じます。警邏隊の皆様には大変よくしていただきました」

「職務に忠実な者たちです。お力になれてよかった」


エリアーヌは、この人は表情や声色の割には丁寧だな、と感じた。

こうして呼びつけるくらいだし、貴族らしくもっと横柄な態度を取られると覚悟していた。

そして少しだけ、自分の装いを恥ずかしく感じた。


「して、その後もご滞在のご様子。何か目新しいものはありましたか?」

「はい。ポルタヴィルには無いものがたくさんあります。特にあのお茶は非常に魅力的です」

「お茶?」

「サンブカというお花をお茶にしたものだそうですね。こちらでは当たり前のものだと、宿の女将さんに伺って驚きました」

「あぁ、そうですか。メルカトラにはないのですね」

「はい。あんなに素敵な香りのお茶はなかなかありません」


表情の変化は薄いが、どことなくウィルバートの雰囲気が和らいだ気がする。

どうやらこの若い代官は、任された土地を愛しているらしい。


「実は今回、当初は私共が何かお役に立てることはないかとお伺いするつもりで参りました」


もったいつけるように、エリアーヌはそこでひと呼吸置く。

そして顔に力を入れ、夢見る少女のようなうっとりとした表情を浮かべた。


「ですが、こちらで素敵な物にたくさん出会い、むしろそれらをなんとか国に持ち帰れはしないかと考えておりました」

「お茶のほかには何が?」


ウィルバートは少し眉をあげてから、口の端で笑う。

そして肘掛けに手を置き、完全に話を聞く姿勢に入った。

エリアーヌもまた、それを見逃さなかった。


「こちらでのお食事で驚いたことは、調味料が少ないことです」


続けろ、といったようにウィルバートが相槌を打つ。

エリアーヌは、今度はさもものすごい発見をしたかのような顔を作った。


「ですが、近くの農地を拝見して納得しました。なにしろ作物が美味しいのですから、余計な味付けは要らないのですね?」

「そのように感じられましたか」


ウィルバートは少し意外そうに、しかしどこか嬉しそうに小さく笑った。


「この辺りは辺境で物流が強くなく、調味料の流通は少ないのです」

「左様でしたか。それならば何かお役に立てることもあろうかと思います。ご要望があればお聞かせくださいませ」


ウィルバートは殊の外会話が弾み、内心驚いていた。

しかもこの娘、隙を見てしっかり商会を売り込んでくるではないか。


パッと見たときには普通の平民の女だと思ったが、話し始めてみればなかなかどうして、肝の座った娘らしい。

堂々と自分が見て回ったものを報告するあたり、後ろめたさは一切感じない。

興味を持っているものも、食物やこの辺りでは当たり前の日用品ばかり。


どうやら警邏隊の杞憂だったようだ。

それどころか、本気で今後の定期的な交易を考えているらしい。


もし本当にヴィクアタールの作物の余剰や、茶葉程度のものを買い取っていくならば。

そして塩や砂糖をもたらすのであれば。

これはこの地にとって利になる可能性を秘めている。


ウィルバートはエリアーヌの話を聞きながら、本気でそう感じていた。

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