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それから数日をかけ、エリアーヌは街をゆっくりと見て回った。
一応話には聞いていたが、やはりこの地は隣国エヴェンディアにおいては辺境にあたる。
ヴィクアタール領として考えても端っこで、国境沿いのため重視してはいるものの、主要な街とは言えない。
ディランの見立て通り、少し内地に進むと農村地域に入るようだ。
食材などはそこから直接運ばれているため、商機は低い。
川もあるので、水の供給も安定している。
食糧事情が安定している分、やはり商業にはそこまで力を入れていない様子が伺えた。
商隊が頻繁に滞在する様子もなく、基本的には小さい商店と、時折荷を抱えた行商人が道端に店を広げる程度。
嗜好品が少ないので、そこは割って入る隙があるかもしれない。
ただし立地の影響なのか、住民に対して警邏の人数が多い。
街の中も外も頻繁に見回っているようだし、あまり派手な商売はしない方が良さそうだ。
エリアーヌとディランの意見は概ねこういったところで一致していた。
「こんにちは、お嬢さん」
「ゼノ! こんにちは」
エリアーヌはあちこち見て回っては住民に話しかけるので、数日の間にかなりの人数に顔を知られている。
特にゼノとはすっかり顔見知りになり、街中などで顔を合わせれば挨拶をするようになった。
「今日はどちらまで?」
「少し街を抜けて、農村部の方を見に行きたいの」
そう言うと、ゼノは少しだけ顔を曇らせた。
「何か問題が?」
「いいえ。ただ……」
「はっきり言ってやれよ」
口籠るゼノの後ろから、例の目つきの悪い隊員が声をかけてきた。
彼はエドガーといい、ゼノより2年先輩だそうだ。
「あんた、あちこち街の中を嗅ぎ回ってるだろう」
「嗅ぎ回ってなんかいないわ。どんなものが必要とされているか調べているだけよ」
「それを嗅ぎ回ってるって言うんだ。そのうえ農地を見に行くだ? 怪しすぎるって言ってんだよ」
思わずゼノの方を見ると、気まずげに目を逸らされる。
彼でさえ、エリアーヌの行動を良くは思っていないということか。
エリアーヌがまだ言い返すと思ったのか、ディランが後ろから声をかけてくる。
「お嬢様、彼の言うことには理があります」
「分かっているわ」
「エドガー殿。我々は商人です。情報も売り物ですから、怪しまれるのはごもっとも。ですが我々にはこの地を害する意図はありません。心して動きますので、どうかご容赦を」
「ふん。精々その跳ねっ返りの手綱をしっかり握っておくんだな」
そう言って、エドガーはゼノを連れて巡回へと戻った。
エリアーヌは心を鎮めるように、大きく深呼吸をした。
「さ、行きましょ!」
「お嬢さん。視察も結構だがな。思うよりこの街は他国の人間には厳しいぜ」
珍しくアーロンが口を出してくる。
さすがに警邏の様子に思うところがあるのかもしれない。
「これまで交流が無かったんだもの。当然だわ」
「それだけならいいけどな。なにしろメルカトラとエヴェンディアは隣り合っていながら一度も戦になったことがない」
「シャメン=ハルの賜物だわ」
「そうだ。そしてお嬢さんはそこに小さな穴を開けようとしている。警戒されるのは当然だ」
「穴じゃないわ。私が作ろうとしているのは、道よ。そして川でもあり、風でもある」
「ご大層な話だな」
そうだ。エリアーヌが作るそれが、決して争いの火種にならぬようにしなくてはならない。
双方にとって幸福を、豊かな日々をもたらすものでなくてはならないのだ。
それこそが交易。
商いというものの本質だと、エリアーヌは父の背を見て学んだ。
「大丈夫。何事も初めは誰でも不安を抱くの」
「しかしお嬢様、焦ってはいけません。強引に事を進めれば、必ずどこかに歪みが生まれます」
「分かっているわ。そのためにもまずは情報を集めなくては」
アーロンとディランは密かに視線を合わせ、そして小さくため息をついた。
彼らのお姫様は、一度言い出したら納得するまで聞かないのだ。
そんなエリアーヌ一行と別れたエドガーとゼノは、領主館へと向かった。
定例の報告に向かう隊長に同行するためだ。
執務室に通されるが、直答をするのは基本的に隊長のみ。
ゼノとエドガーは視線を下げたまま扉の側に控えた。
「ご苦労。変わりはないか」
領主館で代官を務めるウィルバートは、貴族らしく表情や動きが少なく、視線も鋭い。
薄い色の金髪も青い瞳も、彼の持つ冷たい雰囲気を助長している。
不必要に尊大な態度を取ったり、無茶な要求をしてくるような人物ではないが、同時に気安いところは微塵もない。
徹頭徹尾規律正しい、まさに貴族の領主である。
そんな彼の前で何か粗相をしないか不安でたまらず、ゼノは領主館に来る時はいつも気が重たかった。
基本的に温厚と言われるウィルバートでさえこの威圧感なのだ。
貴族というのは恐ろしいと、ゼノは改めて思った。
いくつか隊長から報告があがり、ウィルバートもまた、いくつか質問をした。
エドガーとゼノはそれを黙って聞く。
もし必要があれば、現場の人間として問いに答えるためだ。
「他には?」
「その他は特に変わりはございません。ただ少し気になることが」
「聞こう」
「大したことではありませんが、ここのところ隣国の娘が街中をうろついておりまして」
「隣国の娘?」
「少し前の霧の日に保護した、ガルニエ商会の娘です」
「……あぁ。まだいたのか」
エドガーは心の中で舌打ちした。
だから言ったんだ、あのバカ娘。
やっぱり目をつけられているじゃないか。
隣のアホと違って、他の隊員は甘くない。
街中を好き勝手歩き回ってあちこち覗き、あれこれ聞いて回れば疑われるに決まってる。
あのお目付け役もそれを許しているのだから、賢いとは思えない。
バカが勝手にバカを見る分にはどうでもいいが、仕事を増やされてはたまらない。
次にあったら絶対に追い返してやる。
エドガーはいきり立つ気持ちをなんとか抑え込んだ。
「うろついているだけか?」
「それだけといえばそれだけなのですが」
「何もないなら構わないのでは?」
「では、好きにさせておいてよろしいでしょうか」
「ふむ……」
ウィルバートがしばし考え込む。
そしてしばらくしてから「考えておく」とだけ答えた。
退室が促され、警邏隊員たちは領主館を出た。
「どうなりますかね、あいつ」
「まぁ、本当にウロウロと目立っているだけだからな。ウィルバート様はあまり争いを好まぬ方だから、恐らく放っておかれるだろうよ」
「エリアーヌ嬢は悪い人ではありませんよ」
あまりの言われように、ゼノは思わず反論した。
すかさずエドガーから鋭い視線を向けられる。
「お前なぁ、人が良いのも良い加減にしろよ。ああいうのがウロウロするだけで目障りなんだよ」
「でも目障りなだけです。彼女は何もしていませんよ」
「何もしないならとっとと帰れってんだよ」
隊長とゼノはその口の悪さには苦笑いを浮かべる他なかった。
だが、エドガーの言いたいことは分かる。
商売をするならするで、さっさと何かしら始めてくれれば良いのだ。
それを何が気になるのか、あれこれと調べて回るからこちらも気にせざるを得なくなる。
ウィルバートに本格的に認識される前に国に戻った方がいい。
ゼノは次にエリアーヌに会ったときに忠告しようと心に決めた。
が、時すでに遅く。
ウィルバートは基本的には慎重で腰が重い方なのだが、時折、考えるのが面倒になって大胆な行動に出ることがある。
ゼノはまだ警邏になって一年ほどなので、そのことを知らなかったのだ。




