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ヴィクアタールの太陽  作者: マスターオブあんかけうどん


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4

アーロンは元々はメルカトラで衛兵を勤めていたらしい。

怪我をして職を辞したのち、その腕を買われてガルニエ商会に雇われた。

短く切り揃えた栗色の髪と明るい茶色の瞳を持ち、いかにもと言った体躯なので立っているだけで仕事になる。

遠方への商隊へ加わることがないので、自然とエリアーヌのお守りをすることが多かった。


ディランは丁稚の頃から商会にいて、エリアーヌの父も一目置く従業員だ。

行商や買い付けの経験があることから、今回のエリアーヌの冒険に同行してくれた。

黒髪黒目で線が細く、一見すると気が弱そうに見えるが、こう見えて一度決めたら絶対に折れない。

エリアーヌにとっては少し年の離れた兄のような存在だ。


ディランとアーロンの部屋を確保して落ち着いたところで、二人の部屋で今後について話すことにした。


「やれやれ。やっとひと息ついたな」

「昨日は野営だったの?」

「野営というほどのもんじゃない。霧が酷すぎてな。とにかく峠に引き返して、木の下で一晩過ごしたよ」

「大変だったでしょう」


お茶を淹れてやると、アーロンは音を立てて一口飲んだ。


「ディランがお嬢さんを探しに行くって聞かなくてな」

「当然です! 道を外れて森にでも迷い込んでいたらと、どれほど心配したと思っているんですか」

「私だけ宿に泊まってしまって、申し訳ないわ」


そう言うと、ディランは目を眇めた。

機嫌を損ねたとき、商会関係者だけに見せる顔だ。


「お嬢様。私が何を言いたいか、本当は分かっているのでしょう」

「……分かっているわ。心配させてごめんなさい。次からは決して離れたりしないわ」


ディランはこれだから困る。

つまるところ、ちゃんと心配させたことを反省して行動で示せと要求しているのだ。


「それにしても、思ったよりは大きな街ですね。さすがに国境沿いといったところでしょうか」

「そうね。一応、商店などもあるようなの。でもそこまで活発な感じはしないわ」

「近くに農地でもあるのかもしれませんね」


そう言って、ディランもお茶を飲む。

エリアーヌ同様、お茶の香りが高いことを気にしているようだ。


「あるいはここを起点に、もう少し内地まで行かないと商売にはならないかもしれませんよ」


こういうとき、アーロンは口を出してこない。

エリアーヌの好きにさせようとしているのかもしれないし、商売のことは門外漢だからと控えているのかもしれない。

そういうところを、エリアーヌは好ましく思っている。


「ポルタヴィルのものをこちらで売るのか、こちらのものをポルタヴィルに持ち帰るのかにもよるわよね?」

「そうですね。双方向に荷をやりとりするのが最も効率が良いでしょう」

「そうよね」

「ただあの峠を定期的に越えるとなると、大きなものは難しいでしょうね」


エリアーヌは首肯した。

そして、再度それぞれのカップにお茶を足す。


「このお茶、すごく香りが良いわよね」

「そうですね。何の香りだろう。それに甘みが強い」

「あとで女将さんに聞いてみるわ。これは面白そうでしょ?」

「お茶は軽いし保存が効きます。あとは運ぶうちにこの香りが飛ばないかどうか」


ディランの好感触を得て、エリアーヌは勢いづいた。


「後で食事のときにも話すけど、こちらではあまり調味料を使わないのかもしれないの」

「流通が少ないのでしょうか?」

「そこはまだ分からないの。素材が良いから必要ないだけかもしれない」

「なるほど。やはり農地があるのかな」


二人で考え込む。

話の停滞を感じたのか、やっとアーロンが口を開いた。


「昼飯が楽しみだな」

「……そうですね。そういえば腹が減りました」

「そうよね、二人はろくに食べていないのよね」

「よし、女将に飯を頼もう」


アーロンが膝を打つのを合図に、三人は立ち上がった。

日が昇りきる時間を迎え、窓の外の靄は薄くなってきたようだ。


その頃、領主館へは再び報告が走っていた。


「ウィルバート様」

「入れ」

「例の隣国の娘についてのご報告が」

「聞こう」


ウィルバートは書き物の手を止め、ペンを立てた。

小さく息を吐いて、背もたれに体重をかけて話を聞く姿勢をとる。

ついでに休憩をとろうとしているわけではない。決して。


「朝方より警邏が峠に向かい、ガルニエ商会の者を二名保護したそうです。確かにメルカトラの国印が押された通行証を所持していたとのこと」

「怪我は?」

「特には。護衛と、商会の従業員のようです。数日はこちらに滞在したいと」

「ふむ。まぁ今後こちらで商売をしたいのだろう。特に問題ないようであれば、この件は終わりだな」

「左様で」

「ご苦労。警邏隊も労っておいてくれ」

「承知しました」


部下が退室するのを見送り、ウィルバートは大きく息を吐いた。

怪我がなくて何よりだった。

隣国から自国の民が傷つけられただなんだと言いがかりをつけられてはたまらない。


本当にただの商人であるようだし、妙なことをしないならそれでいい。

ここはヴィクアタールの端も端で、国境ゆえに一応街の体を成してはいるものの物流は強くなく、娯楽も多くはない。

贅沢は困るが、人々には少しくらいの楽しみは必要だ。


若い娘がやる商売であれば、そう大きなものではないだろう。

精々領民たちを楽しませてやってくれれば十分だ。


そしてウィルバートはこの件について、頭の片隅へと追いやった。

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