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ヴィクアタールの太陽  作者: マスターオブあんかけうどん


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3

結局、一晩中うとうととするだけで終わった。

窓の側に立つと靄に包まれていて、街が少し霞んで見える。

明るさはあるので、天気が悪いわけではないらしい。


身支度を整えて階下の食堂に向かう。

女将に挨拶をし、朝食を頼む。


「ひどい顔だ。かわいそうに、眠れなかったんだね」


昨晩、彼女からは夫を亡くして以来一人でこの宿を守っているのだという話を聞いた。

エリアーヌより年が上の娘がいて、既に嫁に出したのだという。

警邏隊に連れられて現れた身元不明のエリアーヌを快く引き受けてくれた恩人だ。


しばらく待っていると、女将が盆に乗せた朝食を出してくれた。

素朴な丸いパンと、具は少ないが湯気が立つスープ。

何やら良い香りのするお茶。

すん、と鼻をならしながら、適当な席に着く。


それぞれかなり単純な味だが、その分、素材そのものの甘みが強い。

エリアーヌは食事を楽しみつつも、もしかすると調味料を使う習慣が少ないのかもしれない、と考えた。

素材が良いから不要なのか、流通が少ないのか。

後者であれば商機がありそうだ。


朝食を食べ終え、食器を戻す。


「女将さん、ごちそうさまでした」

「ああ、そこに置いておいてくれたらいいから。詰め所へ行くの?」

「はい。多分、私の供を探しに行ってくれているはずなので」

「そう。詰め所までの道は分かる?」

「大丈夫だと思います」

「今朝も霧が出てるから気をつけて行くんだよ。近くても、慣れないと迷うからね」

「分かりました」


荷物をまとめ、軽く部屋を整えてから詰め所を目指す。

朝靄にけぶる街は静寂に包まれ、しかし人の気配はあるのが不思議だった。


生まれ育ったポルタヴィルは商人の街で、朝市が開かれる。

エリアーヌは静かな朝を知らなかった。少し、こわい。

だが、霧を透かして見る朝の光は柔らかくて美しいと思った。


昨晩歩いた道を逆戻りするようにすると、無事に詰め所へと到着した。

エリアーヌは自分の記憶力に感謝した。


「すみません」

「あぁ、お嬢さん。おはようございます」

「おはようございます」


昨日エリアーヌを保護してくれた隊員、ゼノが出迎えてくれる。

ゼノは身体は大きいが、話し方がゆっくりなので恐ろしくない。

基本的に警邏は厳めしくて表情が強張った男性が多いので、彼がいてくれて助かった。


「捜索隊は朝一番で向かいましたよ。そうかからず戻ると思いますが」

「ありがとうございます。ここでお待ちしても?」

「何もないところですが、よろしければ」


ゼノが勧めてくれた小さな椅子に腰掛ける。

彼は彼で仕事があるらしく、受付のような机に向かって何か書きつけている。


昨日は余裕が無くて気がつかなかったが、女将やゼノは手が大きい。

先ほど見かけた街の人々も、どうもポルタヴィルより身体の大きい人が多い気がする。

そして皆、エリアーヌが知る人々より髪や目の色が薄くて肌も白いように感じた。


エリアーヌはなんとなく、自分の濃いお茶のような色の髪に触れた。


「あぁ、戻ってきたようですよ」

「え」

「馬の音がします」

「すごい、耳が良いのですね」


普通ですよ、と言いながらゼノは照れくさそうに笑った。

肌が白いので、赤くなるとすぐに分かる。


「戻ったぞ」

「お帰りなさい。例のお嬢さんもこちらに」


ゼノに促され、先頭で戻ってきた隊員が目線をよこす。

その視線の鋭さに、思わずエリアーヌの肩が跳ねる。


「あぁ、これが」

「先輩。女性に失礼ですよ」

「こっちは暗いうちから余計な仕事を増やされたんだぞ」


瞬間、エリアーヌは言い返しそうになった。

が、すぐに確かに隊員からしたら迷惑な話だったろうと思い直す。

それよりも、自分の従者たちの安否を確認するほうが先だ。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それで、見つかりましたか?」

「あぁ。峠に引き返して夜を明かしたそうだ」

「本当ですか! よかった!」

「そのまま戻るか聞いたが、あんたを拾いにこっちに来るというので連れてきた」


そう言って、隊員があごをしゃくる。

口調の荒さは気に入らないが、仕事はきちんとこなしてくれたらしい隊員に頭を下げ、詰め所を出る。

辺りを見回せば、すぐに見慣れた顔をみつけた。


「アーロン! ディラン!」

「! お嬢さん!」

「エリアーヌお嬢様!」


アーロンが走り寄ってきたエリアーヌを抱き上げ、ディランは泣きそうな顔でエリアーヌに怪我はないかとあちこち確認する。

二人とも長くガルニエ商会に勤めていて、幼少期からエリアーヌを可愛がってくれている。

エリアーヌのお転婆には慣れっこだが、流石に今回ばかりは穏やかではいられなかったようだ。


ディランはあれこれとエリアーヌに確認をしたあと、黒い瞳をうるませながらやっと安心したように息をついた。


「本当に、本当に心配したんですからね」

「私がよそ見をしていたから、二人を見失ってしまったの。ごめんなさい」


ディランは怒らせると本当に怖い。

ネチネチとずっと叱られ続けるので、とにかく先に自分の非を認めて謝るのが大切だ。


「まったく、肝が冷えました。おかげで昨日は一睡もできなかった」

「俺はお嬢さんなら大丈夫だって言ったんだがな」

「アーロンさんはお嬢様を買い被りすぎです」

「でもね、私も二人なら大丈夫って思ったの。だからまずは自分の身を守らなきゃって」

「そうか。偉かったな」


アーロンはエリアーヌを降ろし、その頭を撫でた。

こちらはこちらで怒らせると面倒なので、いつもなら避けるその無骨な手をあえて受け入れ、撫でるというよりはもはや頭を揺らされても我慢した。


そして、ディランは微笑ましそうにこちらを見ていた警邏隊員に改めて頭を下げた。


「警邏隊の皆様にもご面倒をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」

「なんの。あの霧で下手に動かれなかったのはご英断でした」

「ご面倒ついでに、隊長殿にお会いできますか。お礼をお伝えしなくては」

「ではこちらへ。馬はひとまずお預かりしましょう」

「何から何まで、恐れ入ります」


さすがはディラン。

あの目つきの悪い隊員はともかく、他の隊員とはこの短時間で良好な関係を築いたらしい。

少々弱々しい見た目を上手く使うものだと感心してしまう。


詰め所に戻って隊長と面会し、無事にエリアーヌがガルニエ商会の関係者であることが証明された。

そして改めて、ヴィクアタールへは視察がてら小規模な商売をしにきたこと、数日滞在することなども確認する。


エリアーヌは、大人がいるだけでこれだけ話が進むのだなと思った。

隊長もエリアーヌが臍を曲げていることに気がついているのか、鼻で笑われた気がする。

きっとあの目つきの悪い隊員も、二人のことを小娘のわがままに付き合わされた可哀想な大人たちだと思っているに違いない。

あるいはあの丁寧で優しいゼノでさえ、エリアーヌを無鉄砲なわがまま娘だと思っているのだろう。


一通りの確認を終え、ガルニエ商会の一行は引き続き女将の宿に滞在することにした。

宿に戻ると、女将はディランとアーロンを見るなり「なんだ、立派なお供じゃないか」と笑った。

エリアーヌの心は、それだけで救われた気がした。

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