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ヴィクアタールの太陽  作者: マスターオブあんかけうどん


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「このまま宿にでもご案内したいところですが、まずは詰め所へお越しいただけますか」

「詰め所へ?」

「一応、峠を抜けてこられたわけなので」

「なるほど。身分を確認する必要があるんですね?」


それはそうだろう。

いくら若い娘とはいえ、どこの誰だか分からない人間を領地に入れて放置とはいかない。

エリアーヌは大人しく彼に従うことにした。


詰め所に到着してすぐ、警邏隊長だという人と対面する。

先ほどの若い男と同じ制服を着ているが、少々装飾が多いようだ。


隊長はいかめしい顔をしているものの、エリアーヌとて商人の娘。

怖い顔のおじさんの相手だって経験がある。

怖気づいたりはしない。決して。


「で、貴女はどちらのお嬢さんで?」

「私は隣国メルカトラのガルニエ商会会長の娘です。こちらへは商売をしに参りました」

「その割には身軽でいらっしゃる」

「霧で供の者とはぐれたのです。荷物はほとんど馬に積んでいました」

「では何か身元を証明するものは?」

「ガルニエ商会の商会章ならここに」


エリアーヌが首から下げていた商会章を見せるも、隊長は非常に難しい顔をした。


「それでは貴女がどこの誰なのか、証明ができませんな」

「少なくとも、商会の者であることはご判断いただけるはずです」

「お嬢さん。残念だがそちらの商会はこれまでこの辺りでは商売をしていない。したがって、我々はこの商会章が本物であるという判断ができないわけだ」

「そんな!」

「貴女が罪人だと言っているわけではない。ただ、身元がはっきり分かるまでは領内で勝手な行動をとられては困る」

「変なことをしたりしないわ!」

「それを、我々はどのようにして信じればよいのかな?」


エリアーヌの喉が詰まる。

商人は信頼が命だ。

信頼が無ければ何も進まないことくらい、重々承知している。


隊長は深くため息をついた後、打って変わって言い含めるように話し始めた。


「なにも牢屋に入れておこうなどと言っているわけではない。明日の朝、まずは貴女の供の者を探しに人を遣る」

「……はい」

「もし見つかれば、彼らが身元を証明できる、と。そうでないなら、隣国へと遣いを出してガルニエ商会にお嬢さんをお預かりしていることをお知らせするしかないでしょうな」


エリアーヌは唇を噛んだ。

父はきっと、それ見たことかと言うだろう。

供が少なかったからだ、いつも下調べが足りない、考えが甘すぎる。


娘の熱意に折れて色々とやらせてはくれるが、父は根本的にはエリアーヌを信じていない。

いつか商会の誰かを跡取りとして選び、エリアーヌの婿とするつもりなのだろう。

あるいは、まだ幼い弟がこの先その気になるようであれば、そちらに継がせる気なのかもしれない。

いずれにせよ、気が済むまで遊ばせておこうと考えているのが明らかだった。


今日のところは隊長の勧めで、詰め所の近くで女将が営んでいる宿をとることになった。

こういうときのために少しだけ硬貨を身につけていたのが幸いして、そう悪くない寝床にありついた。


とにかく身の安全は確保できている。

朝になれば事態は動くのだから何も恐れることはない。

頭では分かっているのに、エリアーヌはなかなか寝付けなかった。


その頃、領主館には報告が走っていた。


「ウィルバート様、ご報告が」

「聞こう」

「警邏隊がナディブ峠で迷っていた隣国の商会の者を保護したと」

「そうか。何か問題が?」

「それが、娘が一人だそうです」


ウィルバートは眉をしかめた。


「娘が一人? 怪我は」

「特には。霧で供とはぐれたそうで、ほとんど何も持っていないと」


無傷の女が一人、供も無く着の身着のままで保護される。

今日の霧の濃さを考えれば道に迷うこと自体は不自然ではないが、商人の娘がそのような状況になるというのも腑に落ちない。


「本当に隣国の女なのか」

「ガルニエ商会の娘だと名乗っているようです。それらしい商会章も所持していると」

「聞いたことが無いな」

「私も覚えがありません。少なくともこれまで領内での大きな取引は無いのでしょう」

「そうか」

「警邏隊が、明朝にその供とやらの捜索の許可を求めています」

「許す。よろしく頼むと伝えてくれ。それから、娘から目を離すなと」

「かしこまりました」


部下が退出し、書斎には静寂が訪れた。


ウィルバートは再び仕事に取り掛かろうとしたが、手が止まる。

どうも気を削がれてしまった。

残りは明日に回し、自室に下がることにした。


廊下の窓から街の灯りを見下ろす。

エヴェンディアの辺境、ヴィクアタール領の中でも更に端。

国境沿いのこの街が、ウィルバートが代官として守る地である。


隣国メルカトラとの間にはシャメン=ハルと呼ばれる山脈が横たわり、緩衝地帯となって久しい。

ナディブ峠を介して多少の人の往来があるだけで、国同士の交流はそう多くはない。


それだけに、謎の娘の存在はウィルバートの心に波を立てた。

一体、なんのために隣国の商人が現れたというのか。


単に商売に来ただけなら構わない。

どうか問題を起こしてくれるなと、ウィルバートは祈るようにして眠った。

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