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ヴィクアタールの太陽  作者: マスターオブあんかけうどん


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番外編:ヴィクアタールのかわいい人

エリアーヌがウィルバートに嫁いでから二つほどの季節が過ぎた。

冬を前に、街の人々は備えを始めたらしい。

見慣れぬものばかりで、エリアーヌはあれこれ見て回っていた。

興味津々で歩き回る新米奥様の様子を、街の人々は微笑ましく見守っていた。


そんな中、巡回をしているらしいゼノとエドガーを見つけた。

手を振り近づいていくと、二人は恭しく頭を下げる。


「奥方様にはご機嫌麗しく」

「やだ、やめてよ」


エリアーヌがそう言って頭をあげるように促すと、ゼノは困った顔をした。

エドガーに至っては、こちらを睨むようにしながら顔を上げた。


「二人は巡回? ご苦労様」

「奥方様はどちらに?」

「みんなに冬の支度を見せてもらっていたの」

「お供の方は?」

「その辺りを見て回るだけだもの。要らないわ」


エリアーヌが答えると、エドガーは舌打ちをした。


「先輩!」

「ゼノ、いいのよ。エドガーも、言いたいことがあるならはっきり言って」

「……じゃあ、言わせていただきますけどね」


そう言って、エドガーは大きなため息をついてから、腰に手をあてて乱暴に頭をかいた。


「あんた、良い加減に学んでくれませんか? 一人であちこち歩き回るなって、前にも言いましたよね?」

「それは異国の商人だったからでしょう? 今の私はここの民だわ」

「あのな。あんたはこの街の要人になったんだぞ?」

「要人だなんて大袈裟だわ。私はただの代官の嫁で、別に貴族になったわけでもないもの」


エドガーはいよいよ頭が痛いといったように額に手をあて、さらに声を低くした。


「あんたはそのつもりでも、周りはそうもいかない。あんたが嫁いできたおかげで、メルカトラとは良い状態になった。ナディブ峠もあっち側をよく見てくれるようになったから、前よりずっと良い」

「それはよかったわ」

「だが、北はどうだ? メルカトラとの繋がりが深くなったことは、あいつらにとっては面白くないんだ」


北の隣国との話は、嫁ぐにあたって教育を受けた。

父からも良い話を聞かなかったこともあり、エリアーヌとて軽視しているわけではない。


「仮にあいつらがあんたを得たらどうなる? 俺たちだけじゃない。メルカトラだって脅かされるんだ。あんたはその自覚がなさすぎる。迷惑なんだよ」

「先輩、言い過ぎです」

「言い過ぎるくらいでちょうど良いんだよ、この奥様には」


エリアーヌは何も言い返せなかった。

まだ自分の地位に自覚が持てずにいるのは、全くもってその通りだったから。

ゼノの気遣わしげな視線が痛い。

エリアーヌは唇を噛んだ。


「——と、いうことがあったの。最終的にゼノが間に入ってくれたから助かったわ」


その夜。

ウィルバートは寝室で妻の愚痴を聞かされていた。

日中何をしていたのかを聞けるのは嬉しいが、その内容には苦笑いを浮かべる他なかった。


「申し訳ありませんが、私としても同意見ではありますよ。街歩きにはせめて侍女を伴ってください」

「分かっているの。分かっているのよ。でも私、つい先日までただの街娘だったんだもの。急にそう言われても難しいわ」


そういって対面に座ったエリアーヌは頬を膨らませる。

かわいそうだが、ウィルバートはそれを許すつもりはなかった。

明日、侍女の方に目を離さないように伝えなければ。


元々自由闊達に育ってきた平民の娘であるから、急に他国の代官の妻となった戸惑いは察するにあまりある。

それでも、警備を任された警邏隊からすればその警護に頭を悩まされるのは不本意であろうことも理解できる。


「それに、エドガーは口が悪すぎると思うの。本当にゼノがいてくれてよかった。彼がいなかったら殴り合いになっていたかもしれないわ」


その名が繰り返し出たことで、思わずウィルバートは顔を曇らせる。

警邏隊の中でも一番若く、身体が大きくて頼り甲斐もある。

ゆっくりとした話し方と人当たりの良さで、街の人々からも愛されるあの男。


「ウィルバート? ごめんなさい、うるさかった?」


あまりに沈んだ顔をしたせいか、エリアーヌまで浮かない顔をする。

情けなさを自覚しながらも、ウィルバートは気持ちを抑えられなかった。


「その、ひとつだけ。ずっと気になっていたことがあるのです」

「なに?」

「あなたが最初にこの国に来て、そして戻ることになったとき。いくつか手紙を残しましたね」


エリアーヌは考えるように視線を巡らせて、あぁ、と呟いた。


「私と、アデラと、それからゼノにも」

「そうね。もうここに来られないかもしれないと思ったから」

「ずいぶん、厚みがありましたね」


ウィルバートは口にしてから後悔した。

彼は彼なりに、年下の妻に対して余裕のあるかっこいい旦那様でありたいという欲をまだ持っているのだ。

思わず、ごまかすように足を組み直す。


チラと窺うと、エリアーヌはきょとんとした顔をしていた。


「中身は検めなかったの?」

「そのようなこと、しません」

「だってあの時、私のことをものすごく疑っていたから。どうせ中身を見るんだと思っていたわ」

「あなたがゼノに何かを伝えたとして、何ができると言うんです」


ムッとしたようにウィルバートが言うと、エリアーヌはカラカラと笑った。


「あれは全部がゼノ宛ではなかったのよ。街の色んな人に宛てて書いたものを、それぞれに届けて欲しいってまとめて入れておいたの。だって彼しか頼める人がいなかったんだもの」


それはそれで面白くはない。

ただ、どうやらゼノ個人に宛ててあれだけの厚みを書いたわけではないと知り、ウィルバートの溜飲は下がった。


「この街には文字が読めない人もいるでしょう? だから、できたらそういう人には読んであげて欲しいってお願いしたのよ」

「そうでしたか。さすがはエリアーヌです」


彼女はそういう人だ。

他人が必要としているものを見抜き、それを与えられる。

そういうところが好きなのだ。


ウィルバートは安心した。

その嫉妬をエリアーヌには悟られず、なんとか体裁を保ったらしい。


夫の憂いが晴れたことを察知したのか、エリアーヌが甘えたように膝に乗ってくるのを受け止める。

そして可愛い妻の顔が近付いてくるので、ウィルバートは目を閉じて待ち構えた。


しかしその唇は予想に反して顔の横をすり抜け、そして耳元で囁いた。


「案外やきもち焼きなのね。かわいい人」


ウィルバートは敗北した。

そして声をあげて笑う妻を抱き上げ、やけになったようにベッドへと向かうのだった。

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