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ウィルバートは書簡を認めていた。
代官として、弟として、定期的に当主である兄に宛てて報告をするようにしている。
今年の冬はなんとか大きな問題無く越えられそうだ。
良い知らせを書くときは筆が捗っていい。
他に何か報告事項はあったか、と頭を巡らせる。
しばらく筆を止め、一瞬迷ってから、ウィルバートは手紙を一枚追加した。
それから数日後のうららかな昼間であった。
「ウィルバート様!」
珍しく、領主館で家令を務める使用人が執務室に駆け込んできた。
ウィルバートの顔に緊張が走る。
「何事だ」
「ご当主様がご到着になりました」
「……は?」
混乱したまま客間へ向かうと、久方ぶりに会う兄マティアスが悠々とお茶を飲んでいた。
ウィルバートより更に高い上背と厚い胸板、程よい長さに整えられた色の薄い金髪に白い肌。
だが瞳の色がウィルバートより更に冷たさのある澄んだ青色で、その端正な顔立ちの奥には獰猛さが滲んでいる。
「兄上。突然どうされたのです」
「お前が手紙を寄越したんじゃないか」
「確かに送りましたが、お呼び立てしたわけではありません」
マティアスはひょいと片眉をあげ、意外そうな顔をした。
「なんだ、兄に会いたいのではなかったのか」
「なぜあの手紙でそのように思われたのです」
「そうか、会いたかったんだな」
「兄上……」
これだから兄と直接話すのは苦手なのだ。
マティアスはヴィクアタール伯爵家嫡男として、どこまでも正しく育った。
傲慢で自分勝手で自信過剰で、全ての中心に自分がある。
そのうえ優秀な頭脳と強靭な肉体、頑強な精神力を持っているのだから本当に始末が悪い。
「お前、しばらく会わない間に少し言葉が訛ったな」
「こちらでの生活も長くなりましたから」
「構わんが、いつでも戻れるようにしておけよ」
「必要ないでしょう」
兄は不服そうに立ち上がり、弟の横に立ってその背を叩いた。
そして忌々しそうにその脚元を靴の裏で擦った。
「敷物を変えろ。こんな野暮ったいものを使うから言葉も訛る」
「関係ありませんよ、そのようなこと」
「領都に戻ったら何か見繕って送ってやろう」
兄が全く人の話を聞いていないのは昔からだ。
ウィルバートは諦めたようにため息をついた。
「それで、その娘にはもう求婚したのか」
「……求婚どころか、求愛すらしていませんが」
ウィルバートは先日の書簡に、エリアーヌのことを認めた。
隣国の商会の娘で、なかなか胆力があること。
少なくともこの辺境の地にとっては、よい商人として迎えられそうなこと。
できればこの街のためだけでも、ある程度の交易を許してやりたいことを相談したかった。
しかし、そのようなことは一言も書いた覚えはないのだが、既にマティアスの中ではウィルバートがエリアーヌと恋仲ということになっているらしい。
とはいえ、ウィルバートとていい年の男である。
己の胸の中にはもう気がついている。
それを今、この兄に気づかされたというのが、誠に不本意ではあるのだが。
「まぁ、相手は平民だ。断るはずもなかろうよ」
「それはどうでしょう。彼女の場合、何か理由があれば平気で蹴ると思います」
「生意気なのか」
「意志が強いのです」
「そうか、生意気なんだな」
マティアスは愉快そうに口元を歪めた。
その表情は酷く嗜虐的に見えるが、兄にはそういった趣味はない。恐らく、多分。




