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「お父様、今いい?」
「なんだ」
翌日、エリアーヌは意を決して父の書斎を訪ねた。
昨日の今日で気まずさはあるが、仕方ない。
「なんとか一度、ポルタヴィルの領主様にお会いできないかしら」
「領主様に? なぜ」
「正式にヴィクアタールで商売をする許可をいただきたいの」
「本気なのか」
「本気よ」
ジェラールはエリアーヌを睨んだ。
その顔はもはや父の顔ではなく、本気の商人のそれだった。
「ではまず、私を納得させるだけの策を練りなさい」
「分かりました」
ジェラールはエリアーヌの眉間を指した。
「生半可なものを出してきたら容赦しないからな」
これまでとは気迫が違う。ジェラールは本気だ。
だからこそ、エリアーヌは絶対にやり遂げねばならなかった。
それからは、エリアーヌは必死で考えた。
実際の道の調査資料を読み込み、現実的な商品とその輸入量と輸出量を想定して計算し、両国における通貨の交換価値の変動の記録をまとめた。
交易によってもたらされるものと、孕む危険。その他諸問題とその対応策。
これぞと思いジェラールに提出するも、あれこれと文句をつけて突き返される。
それを受けて修正を加えてまた提出し、更に返される。
よくもまぁこれだけ難癖をつけてくるものだと感心するほど、ジェラールという商人はしつこかった。
ただそのしつこさは視座の高さでもあり、その知識と経験を証明するものでもあった。
何日もかけて大海原を渡り、言葉の通じない国で商いをしてきた男だ。
一筋縄ではいかないことくらい、覚悟していた。
ディランは何度か手伝いを申し出てきたが、こればかりは自分の力でやらなくてはいけないので断った。
エリアーヌは昼夜を忘れ、あらゆる資料にあたり、あれもこれもと考え続けた。
自分の無知に打ちのめされ、浅慮を責められ、身も心も傷ついた。
それでも何度も、何度も、繰り返し父に食らいついた。
「話にならん! 何度私の時間を奪えば気が済むんだ!」
ジェラールは机を強く叩いた。
その音と怒号は店の方まで響くほどで、従業員たちは恐れ慄いた。
「いいか、本気で商会の看板を背負って隣国に渡る気なら、もっとまともな計画を練って私を納得させてみろ!」
息を乱して拳を振るわせるほどの父の怒りをまともに食らい、エリアーヌは怯んだ。
咄嗟に言葉が出てこない。
視線を逸らさないだけで精一杯だ。
「いつまでもお前の遊びに付き合ってはいられない。お前ももう18になったんだからな。春までにできなければ、お前は商会の誰かと結婚させる。大人しくここで商会を守るんだ。分かったな!」
父はもう一度テーブルを叩いて立ち上がると、荒々しく部屋を出ていった。
恐らくずっと部屋の外で聞いていたのだろう。
すぐにディランが入ってきて、薄くなった空気を入れ替えるように窓を開けた。
「……ディラン」
「はい」
「もしできなかったら、私をお嫁さんにしてくれる?」
「絶対に御免です。できる限り早く、完璧な計画を練りましょう」
そうは言いつつも、ディランは優しい手つきでエリアーヌの背を撫でた。
エリアーヌは一度だけ、すんと鼻を啜った。




