21
暗くなる前にと促され、エリアーヌは渋々家に戻った。
店はもう閉めており、従業員たちも家の方に引っ込んだらしい。
エリアーヌも自室に戻ろうとすると、厨房の方から自分を呼ぶ声がかかった。
「エリアーヌ」
「お母様」
「ちょっといらっしゃい」
ちょいちょいと手招きする母に近寄る。
周りが言うにはエリアーヌとアミールは母親似なのだが、エリアーヌ自身はそこまで似ていないと思っている。
「あのね、お土産にもらったお茶なのだけど」
「サンブカ茶のこと? 口に合わなかった?」
「いいえ。とっても美味しいお茶ね」
「そう、それなら良かった」
そう言って、母はエリアーヌを厨房に招き入れた。
「ただね、アミールには少し香りが強すぎたみたいで。飲みにくいというから、試しに牛の乳と蜂蜜を足してみたの」
そう言って渡されたコップを覗くと、確かにサンブカの香りがする、乳白色の飲み物が入っていた。
一口飲んでみると、口の中にサンブカの香りと蜂蜜の甘みが広がった。
「やさしい味」
「そうでしょう。これはこれで悪くないんじゃないかしらと思って」
ほんの少しだけ、母は自分が好き嫌いをしたときにもこうして工夫してくれたのだろうか、と考えた。
母はエリアーヌが小さい頃、不在がちな父に代わって店と家のことを支えていた。
若い女将であれば仕事に必死で、それはエリアーヌに構っている余裕はなかったことだろう。
そもそもエリアーヌは小さい頃から好き嫌いがあまりなく、なんでも食べられる方だった。
きっと母がエリアーヌに向き合ってくれたとして、言いたいわがままも持ってはいなかった。
「ごちそうさまでした。こういう飲み方もあると、学んだわ」
手を伸ばされたので、おとなしく飲み終えたカップを渡す。
なんだか体が温まった気がする。
蜂蜜を使うこともあり、これなら生姜よりも相性がいいかもしれない。
娘が思索にふけるのを、母はそっと見つめていた。
「エリアーヌ。お父様を嫌わないでね」
瞬間、何も知らないくせに。と、エリアーヌは思った。
だが母なりに家族の仲を取り持とうとしているだけなのだ。
その気持ちを鼻で嗤えるほど、エリアーヌの情は薄くなかった。
「……明日には謝るわ」
「謝らなくたっていいのよ。でも、きちんとお話はしてね」
「はい」
母はエリアーヌの頬を撫でた。
エリアーヌだって父や母の愛情を疑っているわけではない。
ただ、いつまでも何もできない子供だと思われているのが嫌なのだ。
エリアーヌは自室に戻り、寝床に潜り込んだ。
いくら温暖なメルカトラでも、冬はそれなりに冷える。
それでも先ほど飲んだサンブカ茶のおかげでよく眠れそうだ。
あの人の咳は、止まっただろうか。
冬の約束は守られなかった。
それでもエリアーヌは、彼のことを考えながら眠った。




