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ヴィクアタールの太陽  作者: マスターオブあんかけうどん


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「なるほど、これは確かに良い香りだな」

「そうでしょう。油紙でも香りを十分保てるみたい。これなら輸送にも耐えられそう」


父ジェラールと共に、早速サンブカのお茶を試した。

こちらの水との相性も悪くはないらしい。

アデラの家で飲むものとは少し違うが、それはおそらく、茶葉の問題ではない。


「この花を春に採って、一年分の茶葉を作るの」

「それで売るほど安定した量を作れるのか?」

「サンブカの木は繁殖力が強いの。例えばあちらのどこかに土地を買って、専用の木を植えてもいいわ」

「他国でそう容易く土地は買えない。既にあるものを利用するべきだ」


時折ディランに補足されつつも、エリアーヌは必死で父に考えを伝えた。

父は真剣に聞き、質問を繰り返し、時に厳しい意見を返す。


「ナディブ峠はとても荷車は通せない。そもそもそう度々封鎖されるようでは、交易路としては不安定すぎるのが問題だろう」

「だから専用の交易路を開拓するか、このまま峠道を広げるかする必要があるわ」

「そう簡単な話ではない。私たちはこれまで海を広げてきた。山には不慣れだ」

「人と資材も必要だし、時間もかかるわよね。だからまずはお茶のような小さいものから……」

「エリアーヌ、忘れてはいないか。シャメン=ハルの向こうはメルカトラではない。あれは、国境なんだぞ」


父の声が重たく響く。


シャメン=ハルは緩衝地帯ゆえにどこの国のものでもない。

道を広げようと思えばやれるし、新たな道も作れるだろう。

だが、その先は?


ジェラールは考え込む娘を見つめ、腕を組み直した。


「茶葉程度のものを背負って行き来するくらいであれば、問題視はされまい。だが道を作り、荷馬や荷車を引くようなやり取りを繰り返せばいつかは目をつけられる。少なくとも、先に双方の領主までには話を通しておくべきだ」

「ヴィクアタール側の麓の代官は、好意的だったわ」

「で? そいつは許可を出せる立場なのか?」

「……わからない。何度か行き来していいかを尋ねたら、特別に許可をすることはないとは言っていたわ」


父の顔色が変わる。眉を寄せ、声も低くなった。

エリアーヌは、ここまでの評価が一気にひっくり返ったことを感じた。


「果たしてそれは、好意的と言えるのか?」

「何度も面会して、先々の話だってたくさんした。もっと具体的になったらご当主にだって繋いでくださると言ったし、そしたらその先のことだって」

「エリアーヌ」


厳しい表情だが、同時に、どこか憐れむような顔だった。


「その男は、信頼に値するのか?」

「当然よ! ウィルバートは真面目で、誠実で、誰よりも土地を大切に考える、立派な代官だもの」

「若い男なのだろう。お前、遊ばれたのではなかろうな?」


エリアーヌは言葉を失った。

父は今、エリアーヌを疑い、そして否定したというのか。

エリアーヌは唇を震わせ、そして涙が浮かぶのを堪えた。


「……最低!」


エリアーヌは部屋を飛び出した。

いくらなんでも、言っていいことと悪いことがある。

あの真面目なウィルバートが若い娘をその気にさせて弄ぶなど。


音を立てて歩くエリアーヌに、従業員たちは何事かと覗いてきたり、肩をすくめたりしている。

そんな視線も煩わしく、エリアーヌは店を出て、人気のない草むらの方へと向かった。


「……旦那様、さすがにお可哀想ですよ」


なるべく口を挟まず部屋の隅で見守っていたディランだが、一言言わずにはいられなかった。

ジェラールには恩義を感じているが、こうなってくると娘への接し方が下手すぎて失望させられる。


「本当に遊ばれたわけではないのだろうな」

「仮に遊ばれたとして、あのお嬢様が気がつきもせず、ましてそのままにするはずもないでしょう。一発くらいは殴りますよ」

「まだ17だぞ。恋に溺れてもおかしくない。まして相手は身分のある男だ」

「さすがに美しい人でしたけどね。ですが、そういったものに惹かれるお嬢様ではないでしょう」


ぐぬぬ、とジェラールは唸った。

素直にお前が心配だったと言えばいいのに。

ディランは呆れて何も言えなかった。


「推測ではありますが、実際のところ彼にはかなりの裁量が許されているかと思います。少なくとも、国境沿いのあの街については全て彼の判断一つで物事が進んでいました」

「そうか。確か領主の弟だったな?」

「正確ではありませんが、できる限り周囲の地形を調べました。エヴェンディア国内でもヴィクアタール領は辺境かつ国境を守る地です。そもそも領地が広大ですし、あそこに実弟を配置していることも納得です」


ディランは机の上に紙を広げ、簡単な地図を書き始める。

彼はヴィクアタールで近所の御用聞きをして時間を潰していただけではない。

エリアーヌが魔女の修行をする間、周辺の状況把握に努めていた。


「隣接しているのはメルカトラだけではないのだろう」

「ナディブ峠よりずっと北に、谷になっている箇所があります。住民たちは、そこから更に進むと蛮族の国に出ると言っていました」

「ケレブフェルだな。貧しい国で、他から奪うことを躊躇わない。エヴェンディアと争ったこともあるはずだ」

「どちらかといえば、メルカトラよりはそちらを警戒している様子でした」

「当然だな。あいつらは常に飢えている。必要な分だけでは気が済まないんだ」


慣れた様子で、ディランがサラサラと地図を書き加えていく。

本来ならこれはエリアーヌの仕事だが、今回は初めての国外だった。

事前に教えたわけでもないので、外国の文化に触れて帰ってきただけで十分だろう。


ジェラールはそもそも、エリアーヌを嫁に出すつもりは毛頭なかった。

商売がしたいなら、ポルタヴィルのどこかに小さな店でも用意して任せてやるつもりでいた。


だが17の誕生日、エリアーヌはどうしても一度、外の世界を見たいと言い出した。

ジェラールはその気持ち分からないでもないと思ったからこそ、それならばとヴィクアタール行きを許した。


陸路なら船ほどの遠くへは行けないし、ナディブ峠なら1日あれば越えられる。

ヴィクアタールは堅実だが地味で面白みはなく、せいぜい数日の観光で戻ってくるだろうと思ったのだ。


それがどういうわけか、待てど暮らせど帰ってこない。

やっと手紙がきたと思えばディランからの報告で、しかも何やらエリアーヌが帰りたがらないというではないか。


ジェラールはやっと帰ってきた娘を、いよいよこれ以上外に出すつもりが無くなった。

どこの父親が、娘にしなくてもいい苦労をさせたいと言うのか。

たとえ娘本人がその苦労を望んでいたのだとしても。

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