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早々に発ったことが功を奏し、エリアーヌたちは問題なくナディブ峠を越えた。
確かに既に霜が降りており、途中、薄く氷が張った痕跡もあった。
これでは山頂付近はいつ雪が降ってもおかしくはないだろう。
これしかなかったのよ、とエリアーヌは小さく口の中でつぶやいた。
メルカトラに入り、麓の街で一泊してからようやくポルタヴィルへと帰還した。
店から入って奥の家まで戻れば、従業員たちからの容赦ない抱擁が次々と襲ってきた。
「戻ったか」
「お父様。ただいま戻りました」
騒ぎを聞きつけたのか、奥から父ジェラールが現れる。
抱擁のあと、コツンと軽いげんこつが与えられた。
「経過報告くらいはよこしなさい」
「ごめんなさい。峠が封鎖されてしまって、手紙も送れなかったの」
「ディランからは報告があったが?」
横目で傍に控えているディランを睨む。
彼は後ろで手を組んだまま、少し顎を上げて呆れたように睨み返してきた。
当然だ、とでも言いたいのだろう。
「夢中になっていました。申し訳ありません」
「それで、収穫は」
早速と言った様子で、話しながら談話室へと向かう。
帰ったばかりの娘を休ませるという発想はないらしい。
グッと腹に力をいれ、商会長へ見聞きしたことを報告した。
エリアーヌが自室に下がってしばらくすると、小さく扉を叩く音がした。
「姉さま、おかえりなさい」
「アミール。いい子にしていた?」
「うん」
「そう。立派だわ」
アミールは8歳になる弟だ。
エリアーヌと同じ、濃い紅茶色の髪と夕陽色の瞳を持っている。
少し甘たれたところはあるが、年の割には聞き分けがよく、姉にも懐いている。
「お土産があるの。こちらへいらっしゃい」
「うん!」
エリアーヌは弟をベッドに腰掛けさせると、アデラが織った布に刺繍をした手巾を見せた。
「わぁ、すごい! これはなんの模様なの?」
「ヴィクアタールではね、その昔、シャメン=ハルは竜だったと言われているの」
「竜? 絵本でしか見たことないよ」
「そうよね。そんな竜が目覚めて暴れたりしたら大変でしょう? だから眠り草をお守りに身につけるのですって」
「こわいよ」
「恐くないわ。これをあげる。この刺繍がきっとアミールを守ってくれるわ」
単に理由をつけて姉に甘えたいだけだということは分かっている。
エリアーヌはまさにこの歳の頃に弟が生まれ、そのせいで寂しい思いをした。
こうして衒いなく人に甘えられる弟が羨ましくもあったし、だからこそ存分に甘やかしてやる。
自分の胸に顔を埋めて安心したような顔をする弟を、エリアーヌはじっと受け止めた。




