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ヴィクアタールの太陽  作者: マスターオブあんかけうどん


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「時に、エリアーヌ」

「なに?」

「道も整い、峠を通れるようになってから大分経ちましたが」

「……そうね」


思わず目を伏せる。

実はもう、エリアーヌはいつでもメルカトラへ帰れる状態だった。

ディランからもそろそろ一度戻るべきだと言われている。


「その、笑わないでね。あまりにこちらでの日々が楽しくて、離れがたくなってしまったの」


白状すると、ウィルバートは柔らかく笑った。

それはからかわれているようでもあり、気遣われているようでもあった。


「ですが、やはり一度国には戻るべきでしょうね。今後のためにも」


全くもってごもっとも。

けれど、エリアーヌはウィルバートに帰れと言われると、殊更に寂しさが押し寄せた。

そんなことは言われていないのに、お前はあくまでよそ者だと突きつけられたような気がしてしまう。


「エリアーヌ。何を恐れていますか?」

「……このまま帰って、父は私を認めてくれるのかしら」


それは、ウィルバートが初めて耳にした弱音だった。


「お父上はどのような方ですか」

「尊敬できる人よ。己の富を増やすためではなく、人や街、国を豊かにするために商いをしているの」

「確かに素晴らしいお考えです。ですがそれは、商会長についてのご紹介ですね」


強い視線が容赦無くエリアーヌを捕えた。

逃げるように視線を下げたまつ毛が、彼女の頬に影を作る。


「……あまり、父のことは知らないの」

「お仕事でお忙しい?」

「そうね。家と商会の境目が無いから、同じ家に住む従業員もいるの。だから私は、父が父でいるところをほとんど見たことが無くて」


ガルニエ商会はエリアーヌの曽祖父がポルタヴィルに開いた小さな商店が始まりで、父は三代目にあたる。

祖父の代に急成長を遂げてメルカトラ中に販路を広げ、港を介して国外とも取引を始めた。


もう少し若い頃の父は自ら海を渡ったり国を回ったりと、ほとんど家にいなかった。

母は女将として家の切り盛りで忙しく、ほとんどアーロンやディランをはじめとした従業員たちに育ててもらったようなものだ。


そしてやっと父が家に居着くようになったかと思えば、今度は弟が生まれた。

母は弟にかかりきりになり、父は更に仕事に夢中になった。


唯一、エリアーヌが家業に興味を示したときにだけは父と話ができる。

だから父の後をついて回り、あれこれと質問を繰り返し、そして商売の真似事をしてみせた。


「思えば私、父に構って欲しかっただけなのかも」


そう言って、エリアーヌは弱々しく笑った。

そしてすぐに自虐的な顔で、つまらない話を、と謝った。


「ですがそのおかげで、貴女は立派な商人になった」

「それはどうかしら。父は私のことを全く認めていません」

「信じてもいない娘を、たった二人の供だけで国から出すとは思えませんが」

「……そう、思いますか?」

「? 当然です」


ウィルバートが首をかしげた。

窓から入る陽の光が、その金色の髪を柔らかく輝かせている。

絹のようだな、と。エリアーヌは場違いなことを考えていた。


一方で、ウィルバートはエリアーヌの思わぬ弱さに、内心驚いていた。

この娘は底抜けに明るく前向きで、己の小さな傷には頓着しないのだろうと思っていたから。


だが今になって思い返してみれば、初めて会ったときもこちらの反応を見てから発する言葉を選んでいた。

あれは彼女が商人だから相手の顔色を窺っていたのではなかった。

自分に、怯えていたのだ。


「……失礼ですが、エリアーヌ。貴女はいま、おいくつですか」

「前の冬で17になったところよ」


ウィルバートは頭を抱えた。


エリアーヌは特段童顔というわけでもないし、堂々とした態度のせいか大人びて見える。

仕草や話し方から、こう見えて実はまだ幼いのだろうとは思っていた。

だが、まさか自分と5つも違うとは思っていなかった。

やっと嫁に出せるかどうかの年齢ではないか。


それが供とはぐれて一人山の中で迷っていたとは、どれほど恐ろしかったことか。

今更ながら、ウィルバートの肝が冷える。

これだから思い込みはいけないと、あれほど自戒してきたというのに。


苦悶の表情を浮かべたウィルバートに、エリアーヌはムッとした表情を浮かべた。


「今更子供扱いしないで。聞くまでもっと年上だと思っていたのなら、そう扱うべきよ」

「そのようなことはしませんが、まさか17とは……」

「商会では15になればもう一人前なんだから。遠くへの商隊にだって着いていくわ」


額に手を置いたまま、ウィルバートは思い切り背もたれに寄りかかった。

彼のこんなだらしない姿勢を初めて見たかもしれない。

エリアーヌはなんだか落ち着かない気持ちになった。


「まぁ、それならばお父上が貴女を子供扱いするのも納得です」

「年齢で人を測るなんて愚策だわ」

「それはそうですが、それこそが子供の言い分ですよ」


頬を膨らませるエリアーヌが、これまでよりずっと子供に見える。

ウィルバートは一度冷静になる時間が欲しかった。


「そんなに不安なら、アデラに相談してみては? 何か特別珍しいものを教えてくれるかもしれませんよ」

「アデラは商売には興味がないの。その辺りで生えている木で作ったものを売るなんて正気じゃないって言われたわ」


ウィルバートは苦笑するほかなかった。

それでは大抵の物は売ることができない。だが、彼女の言いたいことも分かる。


結局この地は必要なものは揃っていて、飢えがないから発展もしない。


だからこそ、どこかエリアーヌに期待してしまうのだ。

彼女ならあるいはと、祈るような気持ちを抱いてしまう。


「とにかく、エリアーヌの気持ちは理解しました。私としてはやはり一度戻ることをお勧めしますが、もうしばらく何かを探してみるのも良いでしょう」

「ご助言どうもありがとう。ちょっとだけ投げやりだけど、ありがたく頂いておくわ」


先ほど見せた弱さはどこへやら。

エリアーヌはすっかり調子を取り戻し、へそまで曲げたらしい。

つんとした顔で、そっぽを向いてしまった。


だが、この方がいい。

エリアーヌはこうでなくては。


ウィルバートはクスクスと笑い、またエリアーヌを怒らせた。

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