私、なんかやっちゃいました?
システム通知:[二つの世界線を分岐]
「――で、気がついたら訓練室に戻っていた、と。……アイン、そういうことでいいんだな?」
「……はい。僕たちが気づいた時には、すでに教官が扉を開けられた直後でした」
バッシュ教官が頭を抱えながら確認すると、アインと呼ばれた銀髪の男が静かに首を頷かせた。ここで初めて彼の名前を知り、俺は心の中で(へえ、アインっていうのか)と呟いた。
訓練室の防壁に残された無数のヒビと、アインの肩に巻かれた痛々しい包帯が、先ほどの異常事態が夢幻ではなく現実だったことを物語っている。
「ポレミオイの異端審問官クラスの仕業に違いねぇ……。あのバカども、ついに街の直近まで触手を伸ばしやがったか。おい、お前ら怪我はねぇな?」
教官の視線の先で、当事者であるアインとアヤメが申し訳なさそうに縮こまっていた。
「あ、あの……ご迷惑をおかけして、すみませんでした……」
アインが、居心地悪そうに口を開く。
「大まかな経緯は、僕が……あの空間で敵に奇襲され、防戦一方だったんですが……途中でアヤメが、なんか急にスイッチが入って――」
「そうなんです!」
アインの言葉を引き継ぐように、アヤメが両手をパッと広げておろおろした。
「私、魔法のコントロールが下手くそで、いつもみたいにビクビクしてたら、いつの間にか相手の魔法の仕組みが頭の中にスルスル入ってきて……。気づいたら、勝手に体が動いてすごい魔法を出しちゃってました……!」
アヤメは自分の両手をじっと見つめ、怯えたような、不思議そうな顔をする。
「で、とどめを刺そうと、相手に向かって巨大な魔法をぶつけようとしたんですけど、『あ、私、人に向かってこんな危ないことしちゃダメだ!』って急に正気に戻っちゃって……。それでびっくりして手を止めちゃいました。……私、なんか変なこと、やっちゃいました……?」
「…………」
アインの冷や汗混じりの説明と、アヤメの「私なんかやっちゃいました系」の破壊力抜群の弁明に、訓練室の空気が一瞬でシュンと凍りついた。
(……おい、チャッピー。今の証言、お前はどう見る?)
『分析ログを出力します。対象は極限状態において解離性同一性障害、あるいは戦闘時限定の二次人格が覚醒した可能性が濃厚です。非常に合理的かつ危険な臨床データと言えます』
(なるほどな。理論上はそうかも知らんが……だがなチャッピー、世の中には『本人が無自覚なだけの最強チート天然系』っていう、一番恐ろしいジャンルが存在するんだよ)
『……不合理なメタ的推論ですね。ですが、彼女の脳波データを見る限り、その『天然』説を100%否定できないのが恐ろしいところです』
AIと人間で呆れ混じりの考察を交わしていると、バッシュ教官が盛大な溜息をついた。
「……まぁ、全員が無事で戻ってきた奇跡を褒めておくべきか」
バッシュ教官は頭をガシガシとかきむしった。
「今回の件で、上層部からも厳重注意が出ちまった。悪いが、この『初心者〜中級者向け特別訓練講座』は、これをもって強制終了とする!」
「えっ……?」
「しゃーねぇよ。お前らの安全が店舗できねぇからな。明日からは通常の討伐隊の任務に復帰してもらう。お前らも、これに懲りて無理はするなよ」
教官のその一言で、俺たちの奇妙な特訓期間はあっけなく幕を閉じた。
◇
解散の手続きを終え、出口の廊下でアインとアヤメが荷物をまとめていた。
俺はふらりと二人のところに歩み寄り、軽く片手を上げる。
「お疲れ、アイン、アヤメ」
「あ、カイトさん……。その節は、助けていただき……ました……?」
アインが、俺が過呼吸でぶっ倒れていた記憶を思い出したのか、微妙な顔をする。
「いや、俺はただ足手ま討ちになって過呼吸を起こしてただけだ。気にすんな」
俺はハハッと笑い、アヤメに向き直った。
「アヤメもな。いざって時は頼りになるもんだ。……まぁ、次にバケモノに出会ったら、今度は手加減せずにぶっ飛ばしてやれよ」
「はいっ……! ありがとうございます、カイトさん!」
アヤメは不安げながらも、ぱっと華やかに笑った。
「それじゃ、俺はこれで。また街のどこかで会うこともあるだろ。――じゃあな、また会えるさ!」
ちょっとキザっぽく背中を向け、俺はひらひらと手を振ってその場を去った。
(どこか浮世離れしたあいつらだけど……あいつらはあいつらなりに、色々と凄いものを背負って頑張ってんだろうな)
そんな爽やかな感傷に浸りながら、俺は討伐隊のメインロビーへと足を向けた。
◇
翌日。
「カイト!」
「おう、待たせたな!」
ロビーの待ち合わせ場所で声をかけてきたのは、レトとエフェメラだった。
昨日の今日で合流した二人を見た瞬間、俺は思わず足が止まった。
――雰囲気が、ガラリと変わっていた。
エフェメラは元から明るかったが、その瞳には自信と洗練された魔導士の気配が満ちており、纏う魔力の密度が段違いに跳ね上がっている。
そして、それ以上に異様だったのはレトだ。
いつもどこか子供っぽさが残っていた彼の背中は、一回り大きく見えた。
引き締まった体躯、鋭く研ぎ澄まされた眼光。そして何より、彼から発せられる空気は、まるで「死地をくぐり抜けてきた歴戦の戦士」のような、冷たくて鋭いトゲを帯びていた。
「どうしたんだよ、二人とも。なんか見違えるほど強そうになったじゃねぇか」
俺が驚いて声をかけると、エフェメラはふふんと胸を張り、レトは無言のままキッと前を睨み据えた。
そのレトの瞳の奥に、ほんの一瞬だけ、ぞっとするような「黒い執念」の光が過った気がして、俺の胸のざわつきが不気味に波打ったのだった。
お疲れ様です!ゆきミです!
一旦元のパーティーに戻りましたね!
次回は10月18日(日)になります!




