頂上決戦?
[システム通知:高位魔法の連発を確認]
迫り来る赤光の断層。空間そのものを断ち切る絶対のギロチンを前に、銀髪の男は血に濡れた顔を歪め、力なく目を閉じた。
(……師匠、ごめんなさい……)
微かな絶望の呟きが、静寂の空間に溶け落ちる――その寸前だった。
一歩だけ前へ踏み出したアヤメの姿が、ふっとブレた。
パツンッ。
何かが弾けるような、ひどく軽い音が響いた。
次の瞬間、銀髪の男を囲んでいた必殺の空間断層が、まるで最初から存在しなかったかのように「消滅」した。
魔法同士が衝突した爆発も、光も、余波すらない。ただ、書きかけの文字がバックスペースキーで消去されたかのような、不自然極まりない消失だった。
「……なっ」
ローブの男が、初めて動揺を含んだ声を漏らした。
『解析。驚異的な演算能力です。対象は、敵対者が第6階位魔法を展開しようとする空間座標を先読みし、発動コンマ数秒前に自らの魔力で座標を上書き占有しています』
(上書きって……敵が魔法を出すための場所を、先回りして全部予約して潰してるってことかよ!?)
ただ見つめていただけの数分間で、アヤメは第6階位相当の術式構造を完全に「学習」し、より高次元の処理で相手を封じ込めにかかっていた。
「くそっ、ここにいては……邪魔になる……っ」
銀髪の男が驚愕に目を見開きながらも、己の足手まといを悟り、血を引きずりながら後退し始めた。
「おい、こっちだ! 手ェ貸すぞ!」
俺は慌てて【魔力過負荷】を起動し、男の元へ駆け寄ってその腕を担ぎ上げた。
だが、大人一人を引きずりながら後退するという重労働のせいで、マニュアル呼吸のペース配分が完全に崩壊する。
「す、すぅ……はぁっ! ひゅっ、げほっ……ず、ずぅ……っ!」
「おい、お前……死にかけているぞ……!?」
「しゃ、べるなっ……息の仕方、わかんなくなるっ……!」
神話級の緊迫感の中で、俺一人だけが情けない過呼吸の喘鳴を響かせながら、どうにか戦場の端へと退避した。
その間にも、前方の戦況は劇的に変化していた。
「想定以上だ……!! アヤメ!!」
ローブの男が、余裕をかなぐり捨てて叫んだ。
その声には、明確な焦りと、獲物を逃すまいとする執着(感情)が滲み出ている。
男が名前を呼んだことになぜか強烈な違和感を覚えたが、考察する暇はない。
「防御だけじゃ私には勝てないぞ!!」
男が両腕を振りかざす。
空間の至る所がヒビ割れ、炎、氷、雷、毒、無数の刃が一斉に「発生」しようと牙を剥く。座標をズラし、時間をズラし、四方八方から彼女を串刺しにせんとする千手観音のような飽和攻撃。
だが、アヤメは止まらない。
無表情のまま、彼女はゆっくりと、歩いていく。
ポン、ポン、パツン、ポン。
彼女が虚空を指先でなぞるたび、ローブの男が展開しようとした魔法のコードが、発動の直前で次々とエラーを起こして霧散していく。
炎は火の粉にすらならず、刃は実体を持つ前に空間ごと消去される。
魔法の打ち合いではない。それはもはや、相手のシステムそのものを書き換える「バグ」と「チート」の殴り合いだった。
「ば、馬鹿な……第6階位の多重展開を、すべて発動前に潰しているだと……!? この短期間で、その領域に――」
数メートルの距離まで近づいたアヤメの瞳には、ハイライトが一切ない。
彼女はただ冷徹に、不必要なエラーコードを削除する管理者のようにローブの男を見下ろしていた。
そして、防御を終えたアヤメが、ゆっくりと杖を振り上げる。
攻撃への移行。
彼女の足元に、以前訓練室で見せた「あの巨大で複雑な陣」が、今度は一切のブレもなく、完璧な構築式を伴って展開されようとした。
――この空間ごと、ローブの男を消し飛ばす。
誰の目にも明らかな絶望の威力が顕現しようとした、その刹那。
ピタリ、と。
アヤメの手が、空中で停止した。
「……?」
展開されかけた魔法陣が、まるで電源を落とされたホログラムのようにフッと消失する。
彼女は彫像のように固まり、動かなくなってしまった。
『……』
(チャッピー!? どうした、アヤメのやつ、急にMP切れか!?)
『……否。彼女自身の無意識のロック、あるいは『何か』による強制的な安全装置が作動した模様です』
その硬直を見逃すローブの男ではなかった。
ギリギリまで死の淵を覗き込んでいた男は、恐怖に歪んだ顔を引きつらせながら、空間の断層へ身を翻した。
「あ、危ない危ない……! 命拾いした……だが、次はないぞ、イレギュラーども!!」
負け惜しみのような捨て台詞と共に、ローブの男の姿が空間の歪みへ吸い込まれる。
直後、俺たちの立っていた虚無の空間が、ガラスが割れるように粉々に砕け散った。
◇
「――おい! 大丈夫か!!」
鼓膜を揺らす怒声。
気がつけば、俺と銀髪の男、そしてアヤメは、元の「基礎魔法の訓練部屋」の床に転がっていた。
バンッと勢いよく扉が開き、血相を変えたバッシュ教官が飛び込んでくる。
「結界異常の検知があった! 何があった、怪我は……お前ら、その血はどうした!!」
床を濡らす銀髪の男の血溜まりを見て、教官が叫ぶ。
俺は過呼吸で痺れる喉を押さえながら、立ち尽くしたまま焦点の合わない目をしているアヤメを見つめた。
(今のは、夢なんかじゃない……)
俺たちはたった今、この世界(物語)の理から完全に外れた、得体の知れない深淵を覗き込んで帰ってきたのだ。
お疲れ様です!ゆきミです!
アヤメの覚醒回でした!
次回は10月11日(日)になります!




