巻き込まれた主人公
[システム通知:追い越し開始]
過負荷修行の日々がすっかり体に馴染み始めた頃。
あれからというもの、俺はアヤメやあの銀髪の男と言葉を交わす機会を持てずにいた。彼女たちは常に二人で固まり、黙々と自分たちの訓練に没頭していたからだ。
今日も限界まで息を止め、床に突っ伏した俺は、荒い息を吐きながら「いつものように」二人の方を振り返った。
――そこに、「それ」は立っていた。
深海のような群青色のローブ。顔を隠す深いフード。
アヤメたちの背後、本来なら分厚い石壁があるはずの場所に、空間のバグのようにそれはヌルリと存在していた。
ポレミオイの狂信者だ。
「なっ――」
一瞬の思考停止。
声を発するより早く、ローブの男が手をかざす。視界がグニャリと歪み、極彩色の光が爆ぜたかと思うと、俺の足元の重力がふっと消え失せた。
ドンッ!
強烈な落下感と共に、俺たちは固い地面に叩きつけられた。
「痛っ……な、なんだ!? ポレミオイ!? なんで訓練室に!」
飛び起きた俺の目に飛び込んできたのは、星一つない真っ暗な虚無の空間だった。地面だけが薄ぼんやりと発光し、どこまでも平坦に続いている。
『警告。第4階位相当の空間転移魔法を検知しました。我々は現在、街の外部座標、あるいは独立した閉鎖空間に隔離されています』
(隔離って、なんで俺まで巻き込まれてんだよ!?)
『カイト様の立ち位置が悪かったからです。なお、対象との戦力差を計算した結果、現在の生存確率は0.02%。直ちに遺書のドラフトを作成し、外部ストレージへバックアップしますか?』
(死んでからクラウド見れるかよ!! ふざけんな、生き残る方法を探せ!)
「お前たちは逃げろ! 私が抑える!」
俺とチャッピーが念話で喚いていると、銀髪の男が血相を変えて叫んだ。
いつも瞑想して微動だにしなかった彼が、腰の長剣を引き抜き、ローブの男と俺たちの間に立ち塞がる。
「アヤメを、連れて行かせはしない……っ!」
銀髪の男が地を蹴った。恐ろしい踏み込みの速度。
剣閃と共に、彼の空いた左手から炎と氷が螺旋を描いて放たれる。
(詠唱破棄の第3階位魔法……! すげぇ、剣術と魔法の同時並行か!)
俺が驚愕した次の瞬間、ローブの男は「動かなかった」。
ただ、面倒くさそうに指を弾いただけだ。
――ボズッ!!
銀髪の男の背後。何もない真空の空間から、突然『赤黒い槍』が突き出た。
「ぐっ……!?」
咄嗟に身を捻って致命傷を避けた銀髪の男だが、肩口を深く抉られ、体勢を崩す。放ったはずの炎と氷の魔法は、ローブの男の数メートル手前で「初めからそこにあったガラスの壁」に衝突したように砕け散った。
(なんだ今の……!? 魔法を撃ったモーションなんて無かったぞ!?)
『解析。対象は第6階位以上の魔法を行使しています。空間座標(3D)および時間軸(4D)への干渉……平易な言葉で言えば、魔法の発生位置とタイミングを『強制改変』しています』
(チートって……当たり判定の書き換えかよ!)
信じられない光景だった。
ローブの男が手を振ることもなく、ただ歩みを進めるだけで、空間の至る所から不可視の刃や爆炎が「すでにそこに発生していた」かのように出現する。弾速も、軌道も、詠唱の隙も存在しない。
完全に次元が違う強さだ。
銀髪の男は、それでも諦めなかった。
血を流しながらも、風の魔法を足に纏って加速し、神速の連撃をローブの男に叩き込む。だが、そのすべてが空間の歪みに吸い込まれ、あるいは時間をずらされたように空を切る。
「くそっ……逃げろと言っているだろう!!」
銀髪の男が焦燥に駆られた声を上げる。
だが、逃げろと言われてもこの真っ暗な空間には出口すら見当たらない。俺は【魔力過負荷】をスタンバイしつつ、チャッピーと共に空間の出口の解析を急いでいた。
(チャッピー! 空間の継ぎ目はないのか!?)
『現在走査中。……カイト様、それよりも彼女の様子が異常です』
チャッピーの冷たい指摘に、俺は傍らに立つアヤメへ視線を向けた。
「え……?」
俺は思わず息を呑んだ。
彼女は、逃げるでも、悲鳴を上げるでもなく、ただそこに立っていた。
いつも杖を抱きしめてオドオドしていた気弱な少女はどこにもいない。
氷のように冷たく、ひたすらに静寂を湛えた瞳。
瞬きすら忘れたかのように、ローブの男の不可解な「第6階位魔法」の発生地点をじっと見つめている。
そして彼女の右手の指先は、まるで空中に見えない数式でも書き込むかのように、規則的に細かく動いていた。
(……なんだ、あいつ。あのバケモノみたいな戦いを見て、怯えるどころか……『観察』してやがる……)
背筋に悪寒が走った。
あの無口な銀髪の男が血反吐を吐いて戦っているというのに、アヤメの顔には一切の感情が抜け落ちている。それはまるで、バグを含んだプログラムのコードを、ただ淡々とデバッグしているかのような不気味さだった。
「がはっ……!!」
遂に銀髪の男が膝を突いた。
彼の四方を、赤い光を帯びた空間の断層が囲い込み、今まさにギロチンのように閉じようとした、その時だ。
「……なるほど。わかった」
ポツリと。
少女の小さな、けれどこの空間のすべてを支配するような冷たい声が響いた。
アヤメは杖を強く握り直すと、静かに、一歩だけ前へと足を踏み出した。
おつかれさまで~す!ゆきミです
とてもやばばな展開でございますね
カイトは蚊帳の外です!おつかれ!!
来週10月4日お楽しみに!




