エピソード:カイトー日常の裏で磨く爪ー
[システム通知:日常ー〇]
最近の俺には、特別訓練の合間や後に「日常化」していることが3つあった。
◇
1つ目は、訓練後に行う討伐隊の酒場での情報収集だ。
討伐隊本部の奥には、疲れ切った隊員たちが夜な夜な集う薄暗い酒場がある。
荒くれ者たちが大盛り上がりで酒を汲み交わすカウンターで、俺は端の席に深く腰掛け、渋い声で呟く。
「……マスター、『いつもの』だ」
「はいよ、カイトちゃん。特製すももと桃の100%ミックスジュース、ストロー二本挿しね」
ドカン、と目の前に置かれるピンク色の可愛らしいグラス。
俺はハードボイルドな顔を一切崩さず、ストローを口にくわえてチュウチュウと甘酸っぱい果汁を吸い上げた。アルコールで脳の処理能力を落とすわけにはいかないのだ。
(ふむ……右奥のテーブル、あのゴツい斧使いのオジサンは噂好きのゴシップ屋。左の三人組はポレミオイの警戒区域について話してるな……)
以前までの俺なら、街のNPCのように全員同じ顔に見えて覚えることもできなかっただろう。
だが今では、「あの人は実は愛妻家」「あのパーティーは近々森の中層に挑む」といった情報とセットで、隊員たちの顔と名前が頭に入るようになっていた。
『人間観察能力の向上ですね。なお、酒場でストローをチュウチュウ吸う姿勢は、周囲から『珍獣』として観察されています』
(黙れチャッピー。これが情報収集のプロの姿だ)
「やあカイト君、今日もやってるのかい?」
「ふぇっ!?」
不意に耳元で囁かれ、俺はストローを吹き出しそうになった。
振り返ると、いつの間にか気配もなくテオドロス先輩が隣の丸椅子に座っていた。相変わらず掴めない笑みを浮かべている。
「ひ、人惑わすような現れ方やめてくださいよ先輩……!」
「ははは、驚かせてごめんね。若者が熱心に情報を集めている姿は感心だと思ってね。ほら、お礼にコレあげるよ」
先輩がポンとテーブルに置いたのは、紫色の気味が悪い干し肉だった。一口かじると口の中が爆発するほど激辛で、俺は桃ジュースをガブ飲みする破目になった。本当にこの先輩は読めない。
◇
2つ目は、バテて転がっている間の、レトとエフェメラの観察だ。
俺が【魔力過負荷】で酸欠の魚のように床でピチピチ跳ねている間、別室や離れたエリアで鍛錬に励む二人を遠目に見るのが日課になっている。
エフェメラの成長速度は凄まじいの一言だ。
元々センスが良かったのだろうが、バッシュ教官のしごきを完璧に吸収し、今やこの特別訓練生の「最優秀者」として教官たちからも一目置かれている。身のこなしはまさに風のようだ。
一方で、レトの熱量も狂気めいていた。
彼は新しいスキルの獲得を目指し、体を壊さんばかりの勢いで大剣を振り、打たれ強さを鍛え上げている。
(……すごいな、レトのやつ。俺も負けてらんねぇな)
年下なのにあのストイックさだ。素直に感心する俺の脳内で、チャッピーが冷ややかなシステム音を響かせた。
『……補足します。レト様のバイタルデータおよび魔力波形は、極度の精神的負荷による過剰適応を起こしています。言葉を選ばずに申し上げれば『異常な自己破壊によるスキルの強引発現』です。あまり好ましい状態とは言えません』
(……異常? ただ必死なだけに見えるけどな)
『不合理な人間心理の産物です。破滅的な代償を支払わねばよいのですが』
チャッピーの珍しく真面目な懸念に、俺は少しだけ胸の奥がざわついた。だが、必死に強くなろうとしている弟分を止める理由も、今の俺にはなかった。
◇
そして3つ目は、夜、自室での魔法プロンプトの練習だ。
宿屋の狭い部屋で、俺はベッドの上に胡坐をかき、チャッピーと二人でプロンプトの構成と出力精度の向上に励んでいる。
(『光よ、収束せよ。半径30センチの球体を描き、過熱することなく室内を照らせ』……プロンプト送信!)
掌の上に、ぽっと暖かな光の球体が浮かび上がる。
制約や記述を細かく指定すればするほど、魔法は無駄な魔力消費を抑え、完璧な現象となって現れる。
「よし、成功! ……なぁチャッピー、これ見てみろよ。かっこよくないか?」
俺は光の球体を指先で操作し、三次元の複雑な多面体や、立体的な立体交差点のような幾何学模様に変化させて遊んでみた。くるくると光の線が部屋の中で立体ホログラムのように交差する。
「ほら、光のルービックキューブ! 綺麗だろ?」
『……カイト様』
呆れ返ったチャッピーの声が脳内に響いた。
『私は貴様に、戦闘時の詠唱短縮と論理構成の構築を練習するよう提案したはずですが。なぜその無駄に高度な三次元幾何学レンダリングで私のメモリ領域を圧迫しているのですか』
「減るもんじゃないだろ! たまにはこうやって息抜きしないと脳がパンクするんだよ!」
『ハッキリ言って無駄の極みです。その無駄な立体描画にリソースを割くくらいなら、明日からの呼吸法トレーニングの酸欠対策プロトコルでも構築してください』
「夢がないやつだなー! AIならこの光の美しさくらい理解しろよ!」
『理解不能です。カイト様の脳内構造の方がよほど複雑で理解に苦しみます』
「言わせておけば!」
毒づきながらも、俺は光の幾何学模様を消し、満足してベッドに寝転がった。
地道で、泥臭くて、相変わらずクソAIには小馬鹿にされる毎日。
だけど、確実に俺は強くなっている。この世界で、仲間たちと共に生き残るための地力を、着々と溜め込んでいるのだ。
「……よし、明日も頑張るか」
天井を見つめながら呟いた俺の言葉に、チャッピーは短く、けれどどこか呆れたように[了解]のログだけを返したのだった。
お疲れ様です!ゆきミです!
カイトの日常回でした!
こういう回が一番好きです。
次回は9月27日物語の続きです!




