手加減
[システム通知:二つの特異点を観測]
【魔力過負荷(代償:スタミナ消費3倍&強制マニュアル呼吸)】を発動させてから、今日で3日目。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……っ!」
俺は必死に心臓の鼓動と肺の伸縮を意識的にコントロールしながら、脳内でチャッピーが投影する仮想エネミーの攻撃を叩き落としていた。
最初は10分で酸欠の死体みたいになっていたのが、今ではなんと20分も維持できるようになっている。大進歩だ。
そして何より、この地獄の20分間に得られるパフォーマンスは凄まじかった。
(……速い! 全ステータス強化(微)だけじゃあり得ない反応速度だ……!)
代償として「意識しないと息が止まる」「スタミナがマッハで消える」という致命的な制約を身体に課している分、引き出される肉体スペックが跳ね上がっているのだ。
(これだ……! このクソ地獄みたいな地味スキルツリーの本当の使い方は、ただ能力を取るんじゃない! 『あえて強力なデバフ(代償)を自ら抱え込むことで、システムから膨大な補正値を引き出す』ことなんだよ!)
プロンプトで自分に不利な条件(縛り)をつけて威力を上げる術式と同じ理屈だ。
地道な基礎トレーニングだと思っていたが、俺はとんでもない攻略の核を見つけてしまったのかもしれない。
「ぶはっ……! がはっ……う、あぁ……!」
まあ、限界が来ると呼吸のタイミングが狂って、結局こうして床に崩れ落ちて悶絶する破目になるんだが。
酸欠で視界を明滅させながら、床の冷たさに耐えていると、不意に小刻みな足音が近づいてきた。
薄目を開けると、あの杖を抱きしめた気弱そうな女の子が、プルプルと震えながら俺を覗き込んでいた。
「あ、あの……だいじょうぶ、ですか……? なんで、そんな……自傷行為みたいな、辛い修行を……」
「……はぁ、はぁ……。あー……いや、別に自傷癖があるわけじゃないぞ」
俺は死にかけの身体をどうにか起こし、できる限り穏やかな笑顔(顔面崩壊気味)を作った。
「強くなりたいんだよ。俺のチーム、俺以外は若い弟と妹みたいな奴らでさ。一応、俺が最年長だから……いざって時に、格好悪いところ見せたくないだろ?」
「仲間を……守るために……」
女の子は目を丸くし、抱きしめた杖をキュッと握りしめた。どうやら警戒は解けたらしい。
「そういう君こそ、さっきから何をしてたんだ? ずっと魔法陣を出しては消してたろ」
「あ、はい……。私、魔法の発動がうまくコントロールできなくて……。出そうとすると、いつも途中で消えちゃうんです」
申し訳なさそうに縮こまる彼女を見て、俺は脳内の知識を検索した。
チャッピーのログによれば、彼女は『第7階位相当の広域殲滅魔法』を無意識にキャンセルしている。つまり、車に例えるなら「原付に乗る感覚でスペースシャトルを発射しようとしてエンストを起こしている」状態だ。バケモノすぎる。
「うーん……もしかしてだけどさ」
俺は立ち上がり、彼女の目線に合わせて微笑んだ。
「もっと『弱め』に放つイメージをしてみたらどうだ? 出力を思いっきり絞って、ろうそくの火を点けるくらいの、すごーくちっちゃい魔法をイメージするんだよ」
「弱く……ですか? 私、いつも『全力で出さなきゃ』って思ってて……」
女の子はぽかんとした後、考え込むように俯いた。
そして「やってみます」と小さく頷くと、杖を構えた。
「弱く……小さく……ぽっと点くくらい……っ!」
次の瞬間。
――ズ・ド゛ン゛っっっ!!!!!
「ぐわあぁぁぁッ!?」
部屋全体が激しく揺れ、俺の鼻先数センチを極太の白い熱線が高速で駆け抜けた。
背後の防壁(対魔法用の極厚アッパー材)に直径メートル単位の穴が穿たれ、ドロドロに溶けた岩石が赤く光っている。
風圧だけで俺は後方に吹っ飛ばされ、腰から盛大に落ちた。
『……対象は『手加減』を試みた結果、出力を従来の100%から15%まで抑えることに成功しました。なお、直撃していればカイト様は分子レベルで蒸発していました』
(15%!? 抑えて出る威力じゃなかったぞ!?)
「あ、あた、当たってないですか!? ごめんなさいごめんなさい!」
半狂乱で駆け寄ってくる女の子に、俺はガクガクと震える膝を押さえ、引きつったドヤ顔を向けた。
「ふ……ふん、かすり傷ひとつないさ……! ほら見ろ、魔法……ちゃんと『発動』できただろ?」
「あ……! 本当です……! 消えずに、最後まで出せました……!」
女の子はパァッと顔を輝かせ、深々と頭を下げた。
「私、アドバイスなんてしてもらったの初めてで……感謝します! あ、私、名前言ってませんでした! 私、アヤメって言います! ありがとうございましたぁっ!」
「あ、俺はカ――」
名乗る隙すら与えず、アヤメと呼ばれた少女は、爆風のような素早さで訓練室の外へ逃げるように走り去っていった。
取り残された俺は、鼻先から煙を上げながらぽつり呟いた。
「……アヤメ?」
『珍しい音韻の言語体系ですね。この大陸の命名規則からは逸脱しています』
(……だよな。なんかこう、すごく『同郷』っぽい響きがしたんだが……気のせいか?)
失われた記憶のどこかが疼くような感覚を覚えつつ、俺はため息をついて首を振った。
とにかく、自分の修行に戻らなきゃな。
俺は再び【魔力過負荷】を発動させ、立ち上がった。
すると――背後から、低く硬い声が響いた。
「……ありがとう」
「うおっ!?」
振り返ると、ずっと部屋の隅で瞑想していたあの銀髪の中性的な人物が、いつの間にか目を開けてこちらを見ていた。
いきなり話しかけられたショックで、俺の脳内マニュアル呼吸のカウントが完全に狂った。
「っ、ぐ……がはっ!? ひゅ、ひゅーっ……!」
【魔力過負荷】の強制デバフが逆流し、俺は盛大に過呼吸を起こしてその場に倒れ込んだ。酸欠で視界が真っ赤に染まる。のたうち回る俺を見下ろし、銀髪の人物は――ほんの少しだけ、口元を緩めた。
「……この前のお返しだ」
ボソリとそう言い捨てると、奴は満足そうに再び目を閉じ、深い瞑想の世界へと戻っていった。
「がはっ……て、てめぇ……確信犯……っ!」
床に突っ伏し、酸素を求めてパクパクと口を開閉させる俺の耳に、チャッピーの容赦のないシステム音声が響き渡るのだった。
『教訓:過剰な自己犠牲と不審者への声かけは、最終的に自らを窒息させます。お疲れ様でした、カイト様』
おつかれさまで~す。ゆきミでで~
喋れてよかったね~
次は9月20日になりま~す




