海から来た狂信者
[システム通知:敵対組織の配置]
討伐隊での二回目の任務。
今回の標的は、ゴブリンより一段階危険度が高いとされる「アーマーボア(装甲猪)」。全身が岩のように硬い皮膚で覆われた、厄介な魔物だ。
今回もサポートとして、食えない優男・テオドロス先輩が同行してくれていた。
「さあ、見えてきたよ。前回の復習だ。まずは『観察』」
森の開けた場所。木の陰に潜みながら、テオドロス先輩が声を潜めて促す。
前方には、巨岩のような体躯を持つアーマーボアが地面の草を食んでいた。
(チャッピー、どこを観察すべきだ?)
『分析します。対象の物理防御力は極めて高く、カイト様の現在の魔力出力、およびレトの剣撃では致命傷を与える確率が著しく低いです』
(……いきなり絶望的なんだが。弱点はないのか?)
『行動パターンの解析を推奨します。対象は【現状維持バイアス】が極めて強い個体です。一度定めた突進ルートへの執着が強く、途中で方向転換することを嫌う習性があります』
なるほど、猪突猛進ってやつか。
「……作戦がある」
俺はレトとエフェメラに顔を寄せ、小声で伝えた。
「俺とレトで囮になって、あいつを怒らせる。あいつは一度走り出したら中々曲がれない。俺たちが上手く直線を走らせて時間を稼ぐから、エフェメラはその間に一番火力の高い魔法を準備してくれ」
「分かった。僕が前で引きつける」
「任せて。最大魔力で『炎の槍』を撃つから、時間を頂戴!」
三人の意思が固まったのを見て、テオドロス先輩が満足そうに頷く。
「よし、作戦開始だ」
レトが飛び出し、剣で木を叩いて大きな音を鳴らした。
「ブゴォォォォッ!!」
アーマーボアの血走った目がレトを捉え、地響きを立てて突進してくる。
レトはギリギリまで引きつけてから横に跳び退き、すかさず俺が新調した杖で『風の刃』を放つ。
安物の杖の「歪み」のせいで魔法の軌道が少し右に逸れたが、逆にそれがボアの側頭部に当たり、完全に俺の方へとヘイト(敵視)が向いた。
「こっちだデカブツ!」
俺とレトは交互に囮となり、ボアに直線の突進を繰り返させる。チャッピーの言う通り、奴は一度狙いを定めたら愚直なまでに真っ直ぐしか走らない。
何度も突進を躱され、ボアの疲労と苛立ちがピークに達した時――。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
後方で長時間の詠唱を終えたエフェメラの杖先から、螺旋を描く巨大な炎の槍が射出された。
固定されたルートを走るボアにとって、それは回避不可能な一撃。
轟音と共に炎が直撃し、分厚い岩の装甲が砕け散ってボアが大きく体勢を崩した。
「ハァァァッ!」
その隙を見逃さず、レトが鋭い踏み込みからむき出しになったボアの首筋へ剣を突き立てる。
断末魔の叫びと共に、アーマーボアは光の粒子となって消滅した。
「ふぅ……」
俺たちはその場にへたり込み、ハイタッチを交わした。
「お見事。素晴らしい連携だったよ」
テオドロス先輩が拍手をしながら歩み寄ってくる。
「カイトくんの杖の歪みを利用した曲射も中々面白かった。ただ、一つ改善点を挙げるなら――」
先輩の言葉が、不自然に途切れた。
――ザザァァン。
森の中だというのに、どこからか「波の音」が聞こえた気がした。
急激に周囲の気温が下がり、得体の知れない悪寒が背筋を這い上がる。
いつの間にか、俺たちの周囲を『青いローブを深く被った集団』が円を描くように取り囲んでいた。気配など全くなかった。まるで地面から湧き出たかのようだ。
「……ポレミオイ……!?」
常に余裕を崩さなかったテオドロス先輩が、初めて驚愕に目を見開き、杖を構えて俺たちを背後に庇った。
青いローブの集団の一人が、ゆらりと一歩前に出る。
顔はフードの影で見えない。ただ、不気味なほど通る声だけが脳に直接響いてきた。
『――お前は、どっちだ?』
意味不明な問い。俺は全身の毛穴が開くような恐怖に当てられ、声も出せずにあたふたするしかなかった。
(な、なんだこいつら!? チャッピー、どうすればいい!?)
『分析。対象は極めて危険なカルト集団です。無用な宗教的対立を避けるための最適解を導き出しました。カイト様、ここは「私は山派です(またはキノコ派です)」と元気よく即答することを推奨します』
(ふざけんな殺されるわ!!)
俺が脳内で絶叫した瞬間、ローブの男がぬらりと動いた。
「くっ……!」
テオドロス先輩が瞬時に魔法障壁を展開したが、男の手から放たれた不可視の一撃が障壁を容易くすり抜け、先輩の肩を掠めた。鮮血が舞う。
『……まだ、答えは出ないか』
男がそう呟いたかと思うと、ザザァァンという波の音と共に、青い集団は文字通り「霧散」するように姿を消してしまった。
「先輩! 大丈夫ですか!?」
「あぁ、かすり傷だ。……不味いな。君たち、今日はもう急いで戻るよ!」
***
アトロポス支部に帰還した俺たちは、息を整える間もなく討伐の完了報告と、謎の集団についての報告を行った。
受付嬢の顔色も青ざめており、事態の深刻さが伺えた。
報告を終え、応接室のソファに深く腰掛けたテオドロス先輩が、重い口を開いた。
「ポレミオイ。……海の神を信仰する、狂信者の集団だ」
先輩は肩の傷を回復魔法で塞ぎながら続ける。
「ここ数年、討伐隊の人間を標的にして連れ去るなどの悪行を繰り返している。だが、アジトも、目的も、その実態は全く分かっていない謎の組織なんだ」
「討伐隊を、連れ去る……」
エフェメラが不安げにレトの手を握る。
『お前は、どっちだ?』
俺の脳裏には、あのローブの男が発した意味深な言葉がこびりついて離れなかった。
あれは、誰に向けられた言葉だったのか。
俺自身に向けられたものだとしたら――この世界の物語は、俺が思っている以上に深く、歪に捩れ始めているのかもしれなかった。
月曜日のゆきミです
来週は日曜日のゆきミに会いましょう
7月26日やよ




