買い物
[システム通知:バフの付与]
アトロポス支部での初報酬を得た翌日の非番。
俺とエフェメラ、レトの三人は、街の商業区画に足を運んでいた。目的は装備の拡充とメンテナンスだ。
俺の懐には、昨日支給された銀貨が数枚入っている。この世界に来て初めて手にした、まともな「財産」だ。チャリ、と硬貨が触れ合う音を聞くだけで、なんだか少しだけこの世界に根を下ろせたような気がしてくる。
『カイト様。ご提案があります。その銀貨の材質および鋳造技術を解析した結果、極めて低度なセキュリティレベルであることが判明しました』
(……急に嫌な予感がするんだけど)
『カイト様のスキル【生成AI】のプロンプトを応用すれば、同質量の偽造銀貨を無制限に生成・複製することが可能です。さあ、今すぐ裏路地に入り、無限の富を――』
(バカかお前は! 初任給もらった翌日に国家反逆の重罪人になりたくねえよ!)
『不合理ですね。労働による対価獲得はタイムパフォマンスが最悪です。では百歩譲って偽造は控えるとして、その余剰資金を武器などの【減価償却資産】に消費するのはおやめなさい。年利5%程度の複利運用による分散投資を――』
(異世界にインデックスファンドとかねえよ! 俺は明日生き残るための杖が欲しいんだよ!)
脳内の倫理観ゼロAIを怒鳴り散らしていると、「カイトくん、こっちこっち!」と前を歩いていたエフェメラが手を振った。
辿り着いたのは、雑多な武具が所狭しと並ぶ大衆向けの武器屋だった。
エフェメラは魔力の伝導率を上げるための手袋を、レトは剣の刃こぼれを直すための砥石を物色している。
俺も店内を巡り、一本の杖の前で足を止めた。
エフェメラが使っているものと似た、先端に小さな魔石が埋め込まれた木製の杖だ。装飾は簡素だが、今の俺の少ない所持金でもなんとか手が届きそうな「安価な実用品」といった佇まいだった。
「おっ、兄ちゃん目が高いね!」
奥から出てきた店主の親父が、俺の視線に気づいてニカッと笑った。親父はすぐさまその杖を手に取ると、強引に俺の手に握らせた。
「ほら、持ってみな。しっくりくるだろ? そいつは東の森の霊木を使った逸品でね、魔力の通りが段違いだ」
確かに、軽く振ってみると悪くない。
「へえ、いいかも。これ、いくらですか?」
「兄ちゃんたち、討伐隊の新人だろ? 未来の英雄への投資ってことで……特別に【銀貨5枚】でいいぜ!」
親父が提示した額に、俺はうっと言葉を詰まらせた。
銀貨5枚。全財産をはたけば買えなくはないが、今後の生活費を考えるとかなり痛い出費だ。
『カイト様。店主は現在、対象に商品を触れさせることで愛着を湧かせる【保有効果】と、最初に不当に高い価格を提示して基準を作らせる【アンカリング】の二つの心理的バイアスを利用して、あなたから不当な利益を搾取しようとしています』
(わかってるよ。でも、相場がわからないと反論しにくい……)
『解析完了。当該の杖の材質は霊木ではなく、ただの低級なトネリコの木です。魔石も純度が低く、適正価格は【銀貨1枚と銅貨80枚】。さらに、杖の芯部分にわずかな歪みを確認しました』
チャッピーの無慈悲な鑑定結果を聞き、俺は口角をわずかに上げた。
「親父さん。銀貨5枚は魅力的だけど、ただのトネリコの木にしちゃあ、ちょっと高すぎないか?」
「なっ……!?」
「それに、この杖の芯、少し右に歪んでるだろ。魔法を撃つとき、これじゃあ軌道がブレちまう。……【銀貨1枚と銅貨50枚】なら、今すぐここで買うよ」
的確すぎる指摘と、適正価格を下回る強烈なカウンター。
店主の親父は目を丸くした後、降参したように両手を上げた。
「……まいった。最近の若いモンは恐ろしいね。いいだろう、銀貨1枚と銅貨80枚だ。それ以下にはまけられねえ」
「交渉成立だな」
俺は満足げに代金を支払い、初めての自分の武器を手に入れた。
***
買い物を終え、店を出たところで、エフェメラが「はい、これ」と小さな包みを差し出してきた。
「ん? なんだこれ」
「僕にも? なんだよ姉さん、子供扱いしないでよね」
レトがぶつぶつ言いながら包みを開けると、中から出てきたのは、青い石が編み込まれたお揃いのミサンガのような装飾品だった。
「これ、防御力アップのエンチャントとかかかってるのか?」
「ううん、ただのアクセサリー」
エフェメラは自分の手首にも同じものを巻きながら、えへへと笑った。
「昨日、テオドロス先輩に『過信は禁物』って教わったでしょ? これを見たら、その教訓をちゃんと思い出せるようにって。三人のお揃いのお守り!」
「……全く、姉さんは形から入るんだから。でもまぁ……もらっておくよ」
レトは悪態をつきながらも、どこか嬉しそうに手首の青い石を撫でた。
「そうだな。初心忘るべからず、ってやつだ」
俺も新しい杖を持った手に、そのミサンガを巻きつける。
三人でお揃いのお守り。ただの安物のアクセサリーだが、不思議とどんな防具よりも心強く感じた。
「よし! 装備も整ったし、気合い入れていこうね!」
エフェメラの明るい声が、初夏の陽気に包まれた街の広場に響く。
俺たちのパーティーの歩みは、まだ始まったばかりだ。
お疲れ様です!ゆきミです!
失踪してません!すみませんでした!
次回は日曜日にだせるといいなと思います!
7月19日!7月19日!




