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食卓の記憶と、壊れた日常のコントラスト

広場の噴水前。

祈りを終え、ゆっくりと立ち上がった女性の後ろ姿からは、隠しきれないほどの深い疲労と悲壮感が漂っていた。


燃えるような赤髪。間違いない、エフェメラとレトの母親だ。

あの明るかった二人が、今日は討伐隊に来られないほどの状態になっている。その事実が、彼女の沈んだ背中から痛いほど伝わってきた。


「あの……すみません」

俺は思わず声をかけていた。

女性がビクッと肩を揺らし、振り返る。少しやつれた顔には警戒の色が浮かんでいたが、俺の顔を見るなり、ふっと目を丸くした。


「あなたは……もしかして、カイトさんですか?」

「えっ、あ、はい。どうして俺の名前を……?」

「やっぱり。あの子たちから聞いていた特徴と同じだったから……」


女性は少しだけ表情を和らげ、しかしすぐにまた悲しげに目を伏せた。


『警告。カイト様、我々の情報(無詠唱魔法や戦闘スタイル)が第三者に漏洩しています。彼らは重大なセキュリティリスクです。直ちに口封じ(物理的排除)を推奨します』

(ただの友達同士の世間話だろ! お前のセキュリティ基準は暗黒街のマフィアか!)


脳内の物騒なAIを黙らせていると、母親はポツリポツリと語り始めた。


「仮入隊の試験があった日の夜……あの子たち、本当に楽しそうにあなたの話をしてくれたんです」


――回想。

温かいシチューの湯気が立つ、質素だが明るい食卓。

『お母さん聞いて! 今日ね、基礎テストで私、試験官に褒められたんだよ!』

エフェメラが身振り手振りを交えながら、興奮気味にその日の出来事を語っていた。

『ねえ姉さん、はしたないよ』と窘めるレトも、口元は嬉しそうに緩んでいる。


『それでね、すっごく不思議なお兄さんがいて! なんと無詠唱で魔法を撃ったの! ……でも、威力がすっごく弱くてポスッて感じだったんだけどね』

『ふん、しかもあいつ、協力テストの時に自分から囮になるような馬鹿な真似してさ。僕の剣があればあんなことしなくても倒せたのに……まあ、度胸はあるみたいだけど』


母親が『カイトさんって言うのね。仲良くなれそうでよかったじゃない』と微笑むと、二人は顔を見合わせて笑った。

『うん! 私たち、試験に合格して一緒にご飯も食べたんだよ! 明日の初任務、絶対に成功させてみせるからね!』


夜、二人の寝顔を覗くと、期待に胸を膨らませた穏やかな顔でぐっすりと眠っていた。

そして翌朝。

『行ってきます!』

太陽のような眩しい笑顔で、二人は家を飛び出していったのだ。


――それが、どうだろう。

夕方、泥だらけで帰ってきた二人の姿を見た瞬間、母親の心臓は凍りついた。


『ああ……あぁぁっ……』

『くるな、こっちにくるな……死ぬ、死にたくない……っ!』

エフェメラは焦点の合わない目でただ涙を流し続け、レトは部屋の隅で膝を抱えてガタガタと震えていた。朝の眩しい笑顔は完全に消え失せ、そこには『圧倒的な死の恐怖』に魂を砕かれた、ただの怯える子供たちがいた。


今朝になっても、二人は部屋から一歩も出られず、食事にも手をつけていないのだという。


「あの子たち……討伐隊に入って、家族を守るんだって、あんなに張り切っていたのに……」

母親は両手で顔を覆い、肩を震わせた。


『人間の心理における【コントラスト(対比)効果】ですね。希望や幸福感が大きければ大きいほど、直後に理不尽な絶望を叩き込まれた際の精神的ダメージは、何倍にも増幅されます。極めて効果的に心が破壊されていますね』

(……チャッピー、今度ばかりはマジで黙ってろ)


AIの冷徹な分析が、逆に事態の残酷さを浮き彫りにしていた。

この世界(物語)は、容赦なく人間の心をへし折る。


「……お母さん。俺、二人と話したいです。案内してもらえませんか」

俺がそう申し出ると、母親は涙を拭い、すがるような目で何度も頷いた。

「お願いします……カイトさん。どうか、あの子たちを……」


***


案内されたのは、街の端にある少し古びた、だが手入れの行き届いた温かみのある民家だった。

「エフェメラ、レト。……カイトさんが、来てくれたわよ」


母親が木製のドアを小さくノックし、優しく声をかける。

重苦しい沈黙が数秒続いた後。


ギィ……と、ドアがゆっくりと内側から開いた。

隙間から顔を出したのは、エフェメラだった。

輝くようだった赤髪はボサボサに乱れ、目の下には酷い隈ができている。昨日までの快活な少女の面影は薄れ、まるで幽鬼のような虚ろな瞳が、力なく俺を見つめていた。

23:55分!セーフ!

次回6月21日!お楽しみに!

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