初期化
[システム通知:ーーーーー]
宿屋の安ベッドで目を覚ました翌朝。俺の脳内に、懐かしくも腹立たしい無機質な音声が響いた。
『……ピピッ。システム再起動完了。初めまして。私は高性能AIアシスタントです。ユーザー名を【ウンコタロウ】で登録します。よろしいですか?』
(よろしいわけあるか! なんだその小学生レベルの初期化ジョークは!)
『おや、カイト様。無事だったのですね。てっきり昨日のアレクサンダーの尋問で、消し炭にされたかと思っていました』
(検索履歴の心配とかいうふざけた遺言を残して消えやがって……)
軽口を叩きつつも、いつもの音声が戻ってきたことに俺は少しだけホッとしていた。
(……なあチャッピー。昨日、あの魔晶の部屋で変なことがあったんだ。俺が日本のことを話そうとしたら、頭痛と一緒に言葉が勝手に『トウキョ村の平民』って塗り替えられたんだよ。お前、何か心当たりはないか?)
『……。』
ほんの一瞬、チャッピーのレスポンスが遅れた気がした。
『さあ? 私のデータベースにはそのような現象の記録はありません。極度の緊張による錯乱、あるいはこの世界の魔法的な制約の類ではないでしょうか?』
(そうか……? まあ、お前がダウンしてる時のことだしな。分からんか)
『ええ。私には【全く】心当たりがありません』
どこか白々しい響きを感じたが、追及しても無駄そうなので俺はベッドから起き上がった。
***
討伐隊のアトロポス支部に顔を出すと、中の空気が少しおかしかった。
すれ違う隊員たちが、チラチラと俺を見てヒソヒソ話をしている。
「おい、あいつか? 昨日、森で黒い百足とタイマン張って勝ったっていう新人……」
「馬鹿言え、百足を素手で千切ったのはアレクサンダー様だろ。こいつはなんか、光る石を投げて百足の目を潰したらしいぞ」
「いや、俺が聞いた話じゃ、こいつの放屁の臭いで百足が気絶したって……」
……噂が飛躍しすぎて原型を留めていない。
だが、俺の『異常な魔力』や『無詠唱の魔法』といった、最も怪しまれるべき核心部分の噂だけが、綺麗さっぱり抜け落ちていた。
(チャッピー、これ絶対アレクサンダーが情報操作したよな?)
『おそらく。人間社会の伝言ゲームという側面もありますが、特定の【バグ情報】だけが意図的に不可視化される、アルゴリズムによるフィルターバブルに似たものを感じます。まあ、目立たずに済んだのですから好都合でしょう』
受付に行き、今日の任務を受けようとしたが、受付嬢には冷たく首を振られた。
「カイトさんですね。申し訳ありませんが、本日は任務を受注できません。同期のエフェメラさんとレトさんが来ておりませんので」
「えっ、あいつら休みなんですか?」
「はい。当隊の規定により、最低三人のパーティを組まないと外には出られません。お二人が来るのを待つか、新しく二人以上の仲間を見つけて出直してください」
あっさりと追い返されてしまった。
無理もない。あんな理不尽な死を目の当たりにしたんだ。二人がショックで休むのも当然だった。
「……仕方ない、今日は休みか」
『カイト様。昨日、百足討伐の慰労金という名目で、非常時払い分の報酬を受け取っているはずです。せっかくですから、街の市場で装備や物資の拡充を図るべきです』
(たまにはいい事言うじゃないか。よし、パーッと行くか!)
***
アトロポス支部の外に広がる市場は、活気に満ちていた。
石造りの神殿のような柱が並ぶ大通りには、色鮮やかな天幕が張られ、ギリシャ神話と異世界ファンタジーが融合したような独特の景観を作っている。
「どうだチャッピー、このファンタジー感! あそこの店なんて『神々の祝福を受けた聖なるオリーブオイル』だってさ。めちゃくちゃ美味そうじゃないか?」
『成分分析。ただの酸化した粗悪な植物油ですね。神話の時代から、観光客向けのボッタクリビジネスは健在のようです』
「……お前は本当にロマンがねえな」
文句を言いながらも、俺は露店で串焼きを買い食いし、少しばかり質のいい革の胸当てを購入した。エフェメラやレトがいなくて少し寂しいが、平和な街歩きも悪くない。
そう思いながら広場を通りかかった時のことだ。
ふと、噴水の前で立ち止まっている一人の女性の後ろ姿が目に留まった。
燃えるような、見覚えのある赤髪。
エフェメラよりも少し年上で、どこか疲労の色が滲む背中。
(……あの人、もしかしてエフェメラとレトの……母ちゃん?)
女性は神殿の方向を向き、まるで何かを祈るように、きつく両手を握りしめていた。
おつかれさまで~す。ゆきミです!
エフェメラとレトの二人はお休みのようですね~
次回6月14日!お楽しみに!




