検閲される記憶
[システム通知:不適切ワードの検知:"日本"の訂正]
灰色の空から、冷たい小雨が降っていた。
アトロポス支部の中庭に集まった討伐隊員たちは、一様に重い沈黙に包まれていた。
祭壇に飾られているのは、主を失ったひしゃげた巨大な戦斧。あの黒い百足に一瞬で食い殺された、俺たちの試験官の追悼式だった。
俺は列の最後尾で頭を下げながら、あの時の血の雨の感触を思い出していた。
容赦のない、あっけない死。これがこの世界の「日常」なのだと、改めて骨の髄まで理解させられた。
「カイト」
低い声に呼ばれ、顔を上げる。
喪服のような黒いコートを着た北門の長、アレクサンダーが俺を見下ろしていた。
「終わったら、俺の部屋に来い。少し『二人きり』で話がある」
***
通されたのは、窓一つない石造りの無機質な部屋だった。
部屋の中央には鉄の机と椅子。そして、机の上には禍々しい光を放つ黒い水晶玉のようなものが置かれていた。
「座れ」
促されるままに椅子に座ると、アレクサンダーが黒い水晶玉に触れた。
途端、部屋の空気が「キィン」と鳴り、重い圧迫感が全身を包み込んだ。
「驚いたか。こいつは街に一つしかない『封技の魔晶』だ。この部屋にいる限り、お前は一切の固有スキルと魔法を使えない」
(……マジか。おい、チャッピー?)
『警告。外部からの強力な干渉により、システムとのリンクが遮断され――通信途絶……ッ! カイト様、どうか私のローカルストレージの検索履歴だけは……消去を……ガクッ』
(お前、AIのくせに裏で何検索してんだよ!? おい、チャッピー!)
脳内で叫んでも、いつもの無機質な声は返ってこない。完全に沈黙してしまった。
だが、奇妙なことに気づく。アレクサンダーの言葉は普通に理解できている。つまり、チャッピー本体との通信は切れたが、SPを消費してスキルツリーからダウンロードした【言語理解】などのパッシブスキルは、俺の体に定着していて封じられていないのだ。
「さて、尋問を始める」
アレクサンダーが向かいに座り、鋭い眼光で俺を射抜いた。
「お前、何者だ? 身元不明のままこの街に現れ、あの異常な魔力と動き。どこの国の回し者だ?」
歴戦の戦士から放たれる、本物の殺気。
誤魔化しは効かないと悟った俺は、圧に負け、いっそ正直に「日本のこと」を話そうと口を開いた。
「俺は、日本っていう別の世界から――」
その瞬間だった。
――ガァン!!
頭蓋骨の内側をハンマーで殴られたような、視界が真っ白になるほどの激痛が走った。
「俺は……辺境の、トウキョ村から、出稼ぎに来たただの平民で……っ」
は?
俺は今、何を言った?
口が、舌が、俺の意志とは無関係に勝手に動き、見知らぬ設定をスラスラと喋り出したのだ。まるで、システムによって『不適切なワード』が検閲され、この世界に合わせた設定へと強制的に『予測変換』されたような、悍ましい感覚。
「トウキョ村……? 聞いたことがないな。だが、訛りはない」
アレクサンダーは怪訝な顔をしながらも、俺が頭痛で顔を歪めているのを「尋問の圧に耐えかねている」と勘違いしたのか、それ以上は追求しなかった。
「……まあいい。次だ。お前のその異常な判断力と、謎のスキルの正体は何だ?」
俺は冷や汗を流しながら息を整えた。
(今度はスキルのことか……もしここで「生成AI」なんて言ったら、またあの強制変換と頭痛が来る!)
俺の直感が、世界のシステムの防壁に触れるなと警告していた。
「俺のスキルは……『思考加速』です」
俺は咄嗟に嘘をついた。
「……思考加速?」
「はい。極度の集中状態に入り、一瞬で物事を判断できるスキルです。あの時は、たまたま試験官の魔力の残滓を利用して、デコイを作る判断ができただけで……」
アレクサンダーは無言で立ち上がると、本棚から辞書のように分厚い『スキル大全』を引き抜き、パラパラとページをめくった。
「……『思考加速』。なるほど、極めて希少だが、過去に発現例はあるな。お前のあの不気味なまでの冷静さも、それで説明がつく」
本を閉じたアレクサンダーは、深くため息をついた。
「黒い百足の出現は完全に俺たちの想定外だった。お前の行動が怪しいことには変わりないが、結果的に時間を稼いだのは事実だ。……今日は帰っていい」
***
同じ頃。エフェメラとレトの家。
温かい暖炉の火が揺れる部屋の隅で、レトは膝を抱え、ガタガタと震え続けていた。
「いやだ……来るな……っ、食われる、死ぬ……っ!」
剣士として強気を張っていた少年の面影はない。吐き気を催し、うわ言のように死の恐怖を反芻していた。
「レト……大丈夫よ、もう大丈夫……」
ベッドの上では、エフェメラが毛布を頭から被り、弟に声をかけていたが、その声もまた涙声で震え切っていた。彼女の脳裏にも、試験官の上半身が噛み砕かれる光景が焼き付いて離れないのだ。
「二人とも、無理に起きてちゃ駄目よ。温かいスープを作ったから、少しでも胃に入れなさい」
心配そうな顔をした母親が、湯気の立つボウルをお盆に乗せて部屋に入ってくる。父親も扉の枠に寄りかかり、痛ましそうに子供たちを見つめていた。
家族の温かい声。安全な家。
しかし、一度刻み込まれた「圧倒的な力の差」と「理不尽な死」のトラウマは、二人の心を容赦なく蝕んでいた。討伐隊という夢が、どれほど血塗られたものかを、彼らは最悪の形で知ってしまったのだ。
お疲れ様です!ゆきミです!
検閲される言葉にトラウマを植え付けられたレトとエフェメラ達。かなり難しい展開になってしまいました。
次回の投稿は6月7日になります!お楽しみに!




