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監視の目

[城内通達:危険人物に対する警備強化]

「――よし、身分証の確認完了。通ってよし!」


巨大な城塞都市の門前。

 長い行列に並びながら、前方の検問所から響く門番の野太い声を聞いて、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


(おいチャッピー、本当に大丈夫だろうな? バルガスが俺の手配を触れ回ってるって話だぞ。バレたら即、首が飛ぶぞ……)

『ご安心を。カイト様の現在の身なりは、凶悪犯というより「栄養失調の不審者」です。私が事前に作成した【可哀想なモブの言い訳プロトコル】に従って発言してください』


やがて、俺の順番が回ってきた。

 鎧を着込んだ門番が、ボロボロで薄汚れた俺を上から下までジロジロと見る。怪しむというより、あからさまに心配そうな顔だ。


「……おい、ひどい怪我だな。それにその身なり……どこから来た?」

「西の開拓村から来ました。魔物に村を焼かれて……着の身着のまま、逃げてきたんです……っ」


チャッピーの推奨通り、胸の傷を押さえながら弱々しく告げる。演技ではなく、本当に立っているのがやっとの疲労感だったため、悲壮感は完璧だったはずだ。


「そうか、災難だったな。だが規則は規則だ。身分証か通行証は持っているか?」

「いえ……燃える家の中に置いてきてしまって……」

「……なるほど。よし、お前はこっちへ来い」


門番は同情的な顔のままだったが、俺を街の中へは通さず、門の脇にある頑丈な扉――詰所の奥へと案内した。


(お、おいチャッピー! これ別室送りってやつじゃないのか!?)

『バルガス様の流布した噂により、身分証を持たない怪しい者の入国監視が強化されているのでしょう。想定内です。落ち着いてください』


通されたのは、石造りの簡素な応接間だった。

 部屋の中央には、がっしりとした体格の、顔に大きな傷のある初老の男が腕を組んで座っていた。


「座れ。俺は北門の長をやっている、アレクサンダーだ」

「あ、はい……」


凄みのある低い声にビビりながら、対面の椅子に腰を下ろす。

 アレクサンダーは俺を値踏みするように睨みつけた後、隣の部下にアゴで合図をした。

 すると、湯気を立てる山盛りの肉入りスープとパンが、俺の目の前にドンと置かれた。


「まぁ、なんだ。食え」

「えっ?」

「腹が減ってるんだろ。食いながらでいい、話を聞かせろ」


そのいい匂いに、俺の胃袋が限界を訴えてグーッと鳴る。なんていいおっさんなんだ。俺がスープの器に手を伸ばそうとした瞬間。


『警告。カイト様、これは**「返報性の原理」**を利用した尋問テクニックです。人間は、施しを受けるとお返しをしなければならないという心理的負債を抱えます。ここで飯を食えば、相手への警戒心が緩み、隠し事を吐かされる確率が70%上昇します』

(うるせえ! 毒が入ってないなら食う! 俺は限界なんだ!)


俺はチャッピーの忠告を無視して、スープとパンを無我夢中で胃に流し込んだ。涙が出るほど美味かった。


「……食い終わったか。単刀直入に言う。現在、ある商人からの通報で『終焉の洞窟で暴れた快楽殺人鬼』の警戒網が敷かれている。お前のその火傷、そいつの特徴と一致しているんだが?」


アレクサンダーの目が、鷹のように鋭く光る。部下たちが腰の剣に手をかけたのが分かった。

 飯を食わせておいて、いきなりのストレート。


「ち、違います! これは村を襲った魔物の魔法で……!」

「だろうな。お前のような貧弱なガキが凶悪犯だとは思わん。だが、身分証がない以上、無条件で街に入れるわけにはいかない」


アレクサンダーはそう言うと、銀色の腕輪を取り出し、俺の右腕にガチャンと嵌めた。


「な、なんですかこれ」

「魔道具『監視の目』だ。お前が街の中でスキルを発動したり、不審な魔力動態を見せた場合、門にあるこの地図に光が灯って知らされる仕組みになっている」


アレクサンダーが指差した壁には、街の全体マップが描かれた巨大な魔道具の板があった。


「お前が問題を起こせば、すぐに討伐隊が飛んでいく。……ん?」


アレクサンダーが言葉を切った。

 壁の地図を見た部下たちが、信じられないものを見るような顔で後ずさる。


地図上の、ちょうど俺たちがいる応接間の位置。

 そこにある光の点が、まるでクラブのミラーボールのように、バチバチと激しく七色に異常点滅していたのだ。


「お、おい! なんだこの異常な魔力反応は! 貴様、今ここで何のスキルを使っている!!」


アレクサンダーが立ち上がり、剣を半分引き抜く。

 しまった。俺の脳内では常にチャッピー(固有スキル:生成AI)が起動しっぱなしだ!


(チャッピー! やばい! 言い訳を考えてくれ!)

『推測。私の高度な演算処理が、低レベルな監視魔道具をバグらせているようです。「常時発動型のスキル」であると主張してください』


「ち、違うんです! 俺のスキルは、その……『思考加速』っていう、常時発動型のマイナースキルでして!」

「常時発動型だと? ……だとしても、これほど激しい魔力反応は異常だ。スキルは基本的に自分の意志でオンオフできるはずだ。監視の目がまともに機能しないなら、入国は許可できん。今すぐオフにしろ!」


(チャッピー! なんとかしろ! オフになんてできないだろ!?)

『やれやれ、旧式のOSは面倒ですね。了解しました。表面上の魔力波長を隠蔽し、機能を【バックグラウンド処理】に移行します』


スンッ……。

 地図上でバチバチと荒れ狂っていた光が、スッと消え、静かな青い点灯に変わった。


「……消えたな」

「はい……オフにしました」


俺は冷や汗を拭いながら、引きつった愛想笑いを浮かべた。


「……怪しい奴め。だが、一応の条件は満たした。入国を許可する。ただし、その『監視の目』を外すまでは、スキルは基本オフにしておけ」

「はい……。ちなみに、どうすればこの腕輪は外してもらえるんでしょうか?」


アレクサンダーは席に座り直し、溜め息をついた。


「信用を稼ぐことだ。身分証も職もないなら、『討伐隊』の詰め所へ行け。あそこなら身分不問で仕事がもらえる。討伐隊である程度の活躍をして街に貢献すれば、監視の目は外してやる」

「討伐隊……」


いわゆる、冒険者ギルドのようなものだろう。

 俺はパンの最後の一欠片を飲み込み、立ち上がった。


「分かりました。ありがとうございます、長さん」

「……問題を起こすなよ。俺の食わせたスープを吐き出させるような真似はするな」


返報性の原理を強烈に押し付けてくる北門の長に見送られ、俺はついに街の中へと足を踏み入れた。

 腕には厄介な「監視の目」。そして、当面の目標は「討伐隊での活躍」。

 バルガスへの復讐の前に、まずはこの街で生き残るための基盤を作る必要がありそうだった。

チャッピーがバックグラウンド処理になってしまいました!

これでは今までのような動きは難しいかも!

次回「討伐隊」4月3日お楽しみに!

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