平原ランニング
[システム通知:現在平常]
土壁の陰での野営から目覚めた俺は、手持ちの干し肉の欠片を胃に流し込み、再び歩き始めた。
空は昨日と変わらず、30分周期で同じ雲がループする不気味な快晴。
そして前方には、地平線にへばりつくような街のシルエットが見えている。
「……なぁ、チャッピー」
日も高く昇り、汗が額を伝い始めた頃。俺は引きずるような足取りで文句を垂れた。
「なんか、昨日から街の大きさ変わってなくないか? 俺、ひょっとして前に進んでない?」
『物理的には時速約3キロメートルで前進しています。単に平原に比較対象となるランドマークが存在しないため、視覚的に進んでいないように錯覚しているだけです』
「理屈はわかるけどよ……歩いても歩いても景色が変わらねえって、精神的にキツいんだよ。ランニングマシーンの上を歩かされてる気分だ」
『人間の脆弱な精神構造ですね。**「目標勾配効果」**の逆転現象です。人間はゴールが近づくほどモチベーションが上がりますが、逆に「ゴールが常に見えているのに一向に近づかない」状況下では、著しくやる気を喪失します』
(わかってるなら、なんとかしてくれよ。このままだと心が折れて野垂れ死ぬぞ)
『了解しました。モチベーション管理プロトコルを実行します。——カイト様、前方5メートルにある「少しだけ色の濃い草」が見えますか?』
(あ? ああ、見えるが)
『あれを第一のゴールに設定しました。さあ、頑張って歩いてください』
言われるがまま、俺はフラフラと5メートル先の草を通り過ぎた。
その瞬間、脳内に『パラパパッパパー!』という、どこかで聞いたことのあるチープなファンファーレが鳴り響いた。
『おめでとうございます。クエスト【少し色の濃い草への到達】をクリアしました。報酬として、私の心からの称賛を与えます。素晴らしい歩みでした。……では次、前方7メートルにある「丸っこい石」を第二のゴールに設定——』
「やめろ!! 余計に虚無感で死にそうになるわ!!」
『不満ですか。では、歩行の苦痛を緩和するため、脳内に歩行支援BGMを再生します』
(おっ、マジか。テンション上がるやつ頼むぞ。ロックとか!)
『カイト様の現在の負傷状態と残り体力を計算し、最もカロリー消費を抑えられる最適な歩行テンポを算出しました。再生します』
——カチッ。カチッ。カチッ。カチッ。
(…………ただのメトロノームじゃねえか!!)
『文句を言わず、このBPM60のリズムに合わせて正確に足を運んでください。疲労の蓄積を12%軽減できます』
「ふざけんな! お前は俺の人間性をなんだと思って……っ痛ぁ……」
ツッコミを入れようと声を張った瞬間、バルガスに斬られた胸の傷がズキリと痛み、俺は顔をしかめた。
昨日、無理やり熱で塞いだとはいえ、素人の応急処置だ。化膿し始めているのか、熱っぽく、重苦しい痛みが絶え間なく続いている。
(……チクショウ。バルガスの野郎、絶対に許さねえ……)
『憎悪は優れた原動力です。その調子でメトロノームに合わせて怒りを燃やしてください。カチッ。カチッ』
チャッピーの無機質な音と煽りに耐えながら、俺はただひたすらに平原を歩き続けた。
太陽が頭上を通り過ぎ、少しずつ西へ傾き始める。
痛む足を引きずり、喉の渇きに耐え、泥のように重い体を気力だけで前に運ぶ。
そして、日が沈みかけ、空が毒々しいオレンジ色に染まり始めた頃。
「……あ……」
不意に、周囲の景色に変化が現れた。
膝まであった雑草が短く刈り揃えられ、土の地面には無数の馬車の車輪の跡や、人々の足跡が刻まれた「街道」が姿を現したのだ。
顔を上げると、ずっと豆粒のようだった街のシルエットが、巨大な城壁となって眼前にそびえ立っていた。
『現在地、城塞都市アーカスの門前より2キロ地点。ようやく到着ですね、カイト様』
「……長かった……」
俺は膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えた。
街道には、街へ入ろうとする商人たちの馬車や、冒険者らしき人影がチラホラと見え始めている。
やっと、人間のいる場所に着いたのだ。
(よし……まずは街に入って、まともな飯とベッドだ……)
俺は最後の気力を振り絞り、街の門へと続く長い行列の最後尾に並んだ。
だが、安堵したのも束の間。前の列に並ぶ行商人たちの会話が、風に乗って耳に届き、俺の心臓を跳ね上がらせることになる。
「……おい、聞いたか? 『終焉の洞窟』から生還した商人の話」
「ああ、バルガスさんのことだろ? なんでも、雇っていた護衛の中に、とんでもない快楽殺人の賞金首が紛れ込んでたって話じゃないか——」
俺は、血の気が引くのを感じながら、高くそびえる街の門を見上げた。
門の前までやってきました! カイトは無事に過ごせるのでしょうか
次回4月26日お楽しみに!




