十五話:青き炎
「……我に消される覚悟は、できておろうな。」
どん、と刺又が地を突き、金の鈴が鳴ると共に青き炎が盛る、青い瞳の燐光が、揺れる。その燃えようは消えることを知らない鬼火そのもの。直之は動けることに気づき、全身に力を入れて起きあがろうとした。
「っ、シンっむぐ」
「てめぇ黙ってろ……よぉ青鬼、お早いご登場じゃねぇか。ハンバーガーは食い終わったか?」
「その舌今すぐ引き抜いてやろう、牢舌、御前の障壁は些か爪が甘かったぞ。」
「何故……何故シン様がここに……」
「匂いを追えば容易かったわ。何分、其処な人間は特殊な匂いを纏っているからな。」
「それでもっ、ここは宙の狭間に差し込むようにして某が作った空間です、他者が見つけるためには目印がないと」
「その方法を御前らが知る必要はなかろう。」
鬼が地を蹴る。瞬く間に牢舌との距離を詰めたが牢舌の行動も速かった。突くように迫る大刺又を、空から取り出した巨大な金棒で牢舌が受け止める。金属と金属のぶち当たる音が鳴り響き、僅かに拮抗したが足を踏み切り更なる力を加えた鬼によって、牢舌は刺又が横に振られるままに吹き飛ばされた。
その横から振り下ろされた斧に反応して鬼は飛び退いた。斧が地面に刺さる。仕留められなかったことに舌打ちを打つ百が、額から生やした一本の白い角を光らせながらくすくすと笑った。
「まさか、シン様と刃を交わす時が来ることになるなんて……そのようなお姿までお見せしてくださるなど、某、喜びのあまり気が狂いそうです。」
「それが本音か百。狂えばよかろう、早々に消し炭にしてくれるわ。」
「嗚呼なんと勿体ないお言葉……できるものなら。」
「駄弁ってる暇があんのかねぇ!?」
襲いくる金棒を刺又の柄で受け薙ぎ払う。瞬時に飛び去る牢舌は先程吹き飛ばされた際に切った口の中の血を横へ吐き、赤い角と目を発光させ二度目の攻撃を。力強く柄で受ける鬼に腹を立てながら、金棒を振るっているとは思えないほどの素早い連撃を食らわす。幾度も火花が散り、鈴の音が溢れる。だが金棒は一撃も鬼に当たらない。涼しい顔で受け流されている。
「クソっ」
「御前は振りも甘いな。」
鬼が不意をついて牢舌の足元に沈み、脛めがけて足を払えば牢舌が飛び上がる。直後目端に見えた光に鬼が体を捻れば、斧の切っ先が衣服すれすれを通った。百が踏み込み追撃を。その一振りを避け、鬼は百の頭をかち割ろうとするように刺又を振る。触れる寸前で避けた百だったが、下からの膝蹴りには反応できなかった。
「落ちよ。」
「っ……かはっ」
どさ、と崩れ落ちる百を空間の端まで蹴飛ばす。「てめぇ!」と突っ込んできた牢舌を躱し、追い打ちをかけてくる金棒を刺又で振り払う。だが牢舌は引かない。赤と青が、ぶつかり合う。
「ふ……ぅ、」
体を低くしながら、直之は鈴のついたスマホを懐に入れ直し、燃え盛る空間の端まで来ていた。冷たい炎に近いため空気が寒いが、鬼共の戦いは大振り、巻き込まれないようにしなければ。それにしても。
「シンかっけぇ……」
二本の角、二つの目を青く光らせ、大刺又を振るえば清らかな鈴の音が鳴り、青い火花が散る鬼の姿。今まで見てきた物静かで、優しくて、からかい好きな彼とは全く違う。溢れる激怒を隠しもせずに荒々しさを見せる、青き鬼。その怒りの理由が自分であると、流石に直之もわかって。自分のことを探してくれていた、見つけ出してくれた、俺のことであんなに怒ってくれてる。
「ヤバい、めちゃくちゃ嬉しい……痛っ」
無意識に握ってしまった右手が震える。やはり刃が貫通していた手からは止めどなく血が流れ続けており、地面を赤黒く濡らしていて。ハンカチで抑えてはいるものの、既に布は真っ赤に染まっている。このままだと失血しかねない。
「まずいな……っ!?」
ざっ、と横から音がして振り向く。そこにいたのは、頭から血を流し、腹を押さえながら立っている、百。白い光を帯びた目が直之を捉え、その口が、にやりと歪んだ。
「みぃつけた」
鈍く重い音が地を揺らす。牢舌の攻撃はいくら手を替え品を替えても、鬼が刺又で、足で、時には掌で軽く受け止め、代わりに骨をも砕きそうな一撃一撃が牢舌を襲い、牢舌は間一髪で避けていた。分が悪い。相手に挑む度に突きつけられる力量の差。目の前の青鬼との間に見える壁が圧倒的に高く、分厚い。同じ鬼のはずなのに、この青鬼、恐ろしいほど不気味な化物ののように思えてくる。
この差はなんだ。
鬼でも疲労は覚える。牢舌も時間と共に溜まる疲れで筋肉の動きが鈍くなっているのを自覚している。それなのに、この鬼にはそんな様子がない。寧ろその刺又を振るえば振るうほど、攻撃の切れ味が増しているように見える。まるで、勘を取り戻しているかのように。
大きく振られた攻撃を飛び躱し、牢舌は距離を取った。息が上がっている。四肢が重い。対して目の前の鬼は息すら上がっていない。何故。
「青鬼……てめぇと争うのは今回が初めてだったな。」
「そうだな。このようなことは望んでいなかったが。」
「よく言うぜ……その殺気、一度や二度武器を振った鬼が持つもんじゃねぇ……意外と好戦的だったか?」
「いいや。昔取った杵柄だ。相手は御前ほど小さい小童ではなかったが。」
「ああ? 俺が小童ぁ? てめぇよくも……待て、昔だと?」
「牢舌、御前の攻めは甘い面も多いが、どれも予想できぬ動きで我も気が抜けぬ。少々軽く見ていたことを詫びよう。御前が厄災として昔の我を襲っていたらと思うと肝が冷えるわ。」
「厄災……? てめぇ何言って……っ」
牢舌は周りを見渡した。青き炎が盛る空間、その炎のあまりの冷たさ……冷たい、青き炎……? いや、いやまさか、だが……。
「まさか、てめぇ……」
牢舌は鬼の間で時折話題になる話を思い出し、目の前の化物の正体を察した。だが、そんなことあり得ないはず。何故ならそいつらは、とっくの昔に……いや、武器を直に交え、技の差を、力の差を知った牢舌は信じる他なかった。
「おいおい、嘘だろ……なんだって……なんだって鬼神がこの現代でただの鬼やってんだよ……!?」
冷気を放つ青き炎、金の鈴の音、鈴のついた大刺又……鬼であるなら知らない者はいない昔話、その中に登場する、最古にして最後の鬼神、名前は……牢舌だって、知っている。
「百……おい百! 逃げるぞ、こいつぁただの青鬼じゃねぇ、眞だ、もうこの世にいねぇはずの、癸の衛、癸眞だ! おい聞いてるか百! びゃ……」
牢舌は百の姿を探した。俺達は怒らせちゃなんねぇ相手を怒らせちまったらしいと、もっと早くに気づくべきだった。獲物は惜しいが今すぐに離脱しねぇと自分達の身が危ない。そう思い遠くに捉えた百の方へ呼びかけたところで、牢舌は声を止めた。そして、笑った。
「……何を笑っている。」
「……癸眞様よぉ、どうやら注意がお粗末になっちまってたようだなぁ? そんなに俺の動きは気が抜けなかったか? 名誉なことだぜ。」
ハッとした鬼は牢舌の視線の先を見た。その光景に目を見張るのと、痛烈な叫び声が聞こえたのは同時だった。
「――ぁ、かひゅっ、ぁ、ぁ、」
「っん……くくっ、ふふふ、あははははははははははは」
空間に響き渡るはこの上なく楽しそうな笑い声。ひとしきり笑った舌が……口元から滴る赤を、美味そうに舐めとった。




