第2章 第19話 どうやら美を追求したらこうなったらしい
時は再び15年ほど遡る。
- 逸脱の世界 -
《15年前》
逸脱の世界に足を踏み入れたキラリン。
彼女がこの世界に来た理由は、もちろん仕事である。
異世界免許教習所に雇われし者で上席教官以上の立場にある者は、仕事を直接指示することができる権限を持っている。
キラリンは異世界免許教習所の研究室長であり、その立場は上席教官よりも更に上、幹部の中の1人である。
キラリンが幹部の立場にあることには理由がある。
彼女は天才的なトラップクリエイターであり、保持する魔力量は大賢者コマゾーをも遥かに上回る。
そして、異世界免許教習所の生活においては、彼女が作り上げた様々な道具や機能が有効活用されている。
意思を持つ本を作ったのも彼女だ。
因みに、秘宝の世界で人々の生活の要として使われている“魔法の絨毯”ならぬ“魔法の葉っぱ”も、かつて彼女が作り出した作品である。
但し、作品と言っても、元々は彼女が作り出した罠であった。
当時、彼女はそれを回収するのをすっかり忘れていた。
それが自生して秘宝の世界全土に広がり、今では人々の乗り物として活用されているのである。
そしてもう一つ。
彼女はミライの妹である。
ミライと言っても現在の主人公ではない。
異世界免許教習所を造りし者であり、初代所長であったミライの妹である。
重ねて説明する。
異世界免許教習所に雇われし者で上席教官以上の立場にある者は、仕事を直接指示することができる権限を持っている。
キラリンは仕事の指示を出した。
しかし、悲しいかな、それを引き受けてくれる“雇われし者”は誰もいない。
トラブルは御免だ。
雇われし者は全員がそう思う。
誰も引き受けてくれないから、彼女は自分で動くことにした。
自分が指示を出した仕事を自分で遂行することにしたのだ。
そのことに対するペナルティーはない。
自分が出した仕事を自分で遂行することは、創造神に認められていることである。
その仕事とは。
それを説明する前に、少しだけキラリンの過去を話す必要がある。
彼女のいまの見た目は、大人可愛いという表現が適した女性である。
桃色のセミロングヘアは、毛先に向かって緩いネオソバーシュになっている。
前髪は眉の上できれいに揃えられており、キュートで軽やかな雰囲気を醸し出している。
しかし、以前は全く違っていた。
昔の彼女は、“根暗命”を信条とした引き籠り。
髪型はオカッパ頭であった。
その彼女が“美”に目覚めたのである。
きっかけは約50年前。
大賢者コマゾーが、弟子の1人に命じてスカウトしてきたハイ・エルフの存在である。
そのハイ・エルフとは、エレンのことだ。
キラリンは、初めてエレンを見た時に思った。
とても素敵な女性と。
年は自分よりもずっと若い。
これまでにエルフを見たことはある。
だが、エレンの大人びた美しさは一味違う。
この時。
キラリンは、はじめて女性としてのジェラシーが掻き立てられたのであった。
そこから彼女は、美を追求するようになる。
四六時中、影に隠れてはエレンを尾行してみる。
その美貌の秘訣を探り出す為に。
女性の美しさは内面から溢れる面がある。
そんなことは、キラリンに理解できるはずがなかった。
そのキラリンの努力は、意外にも実を結ぶことになる。
徐々に見た目には変化が齎されていった。
それが、いまの彼女の姿である。
そして、彼女は研究室長としての立場を最大限活用して、仕事の指示を出した。
【仕事】
上級美容薬を作りたいから、次の材料を持ってきてね。
①ユキノシタ鉱石 いっぱい
②艶茸 いっぱい
③世界樹の葉 いっぱい
因みに“薬”を作るとしたことがミソである。
薬を作るということになれば、仕事としては妥当と判断される。
しかし、それは簡単な仕事内容ではなかった。
ユキノシタ鉱石と艶茸に至っては、それらがどこに存在しているのか定かではない。
そして、キラリンの公私混同が存分に垣間見える。
どちらかと言えば私欲。
しかも、キラリンのジョブは“薬師”ではない。
その材料を元にして、部下で薬師である雪男のアズマンに作らせようという魂胆がバレバレである。
キラリンは決して悪い子ではない。
単純である。
そして、どこか抜けたところがあるドジッ娘である。
触らぬ神に祟りなし。
だから、誰もその仕事を引き受ける者はいなかった。
キラリンは決意した。
美を求める女は強くなるのよ。
そして輝くのよ。
だから、自分自身で動くのよ!
彼女は、8つの世界の様々な文献を手当たり次第に漁りまくって調べた。
そして見つけ出した。
ユキノシタ鉱石と艶茸は、とても貴重な材料である。
それらが存在する可能性が高い場所。
その手掛かりを見つけたのであった。
レッツゴー!逸脱の世界♪
あのバカネコから“あの石”を借りていけば、すぐに見つけ出すことができるだろう。
「フッフッフッフ。」
キラリンは勝ち誇った顔で不敵に笑う。
そして、すぐに行動に移すことにした。
まずは転移の間から逸脱の世界に転移した。
転移してから、大賢者コマゾーから尋ね物を知る石を借りてくることを忘れたことに気づく。
まあ、いいや。
すったもんだして、ようやく永久凍土の地に辿り着いた。
そこにユキノシタ鉱石はあった。
氷に覆われたユキノシタという花の化石である。
「ユキノシタ鉱石ゲットン!」
まさかの奇跡。
次にすったもんだして辿り着いた地は、常しえの密林である。
ここが逸脱の世界でなければ、彼女は1人で密林に入る度胸はなかったであろう。
密林では、獣や魔獣の類と出くわす可能性が高いからだ。
しかし、ここは逸脱の世界である。
食料資源が失われており、純粋な生物は存在していない。
彼女は密林を奥深くまで進んでいった。
見つけた。
これぞきっと艶茸であろう。
ヘンテコな形をした樹木から生えているものがある。
つやつやと光り輝く巨大な茸だ。
「艶茸ゲットン!」
キラリンは、意気揚々とその巨大な茸を引き抜こうとした。
だが、抜けない。
「むむむ。手強いわね。」
力尽くで引き抜くことを諦めたキラリン。
しばらく考え込むと、罠を仕掛けてゲットすることを思い立つ。
「絶対、止めた方が良いと思うデシ。」
キラリンの左腕につけられた腕章が忠告する。
「うるさいわね。楽勝よ。」
黙々と罠を仕掛けていくキラリン。
それは、水を吸ったら破裂するという、ちょっぴり危険な匂いが漂う罠である。
名付けて、吸水速爆罠である。
水の量で破裂の程度は変化する。
その為、ちょっとだけ水を掛けるだけで良いという代物だ。
ヘンテコな形をした樹木にそれを設置したキラリン。
ニヤニヤにながら少し離れる。
そして、慎重に少量の水を掛けようとしたその時。
それは急に訪れた。
密林特有の天候の変化。
集中豪雨である。
「うっそ!?」
強風に煽られながら慌てるキラリン。
「だから言ったデシ。」
こうなると思ったと、溜息をついて呟く腕章。
土砂降りで横殴りの豪雨は、吸水速爆罠を豪快に濡らした。
「www」
「じ・えんどデシ。」
バッコーン!!!
そして、盛大に破裂した。
その破裂の大きさは、ヘンテコな形をした樹木を幹ごとなぎ倒してしまった。
ミシミシ。
ズガガガガガ。
ドシーン。
崩れ落ちた樹木。
集中豪雨が過ぎ去ると、すぐに青空が戻ってきた。
虹が架かる雨上がりの空。
艶茸は無事であった。
いや、なんとか無事であった。
粉々になったものの、茸の笠の一部だけ、なんとか無事に残っていた。
またもや奇跡。
それを手に持って空に掲げると、得意そうな顔をするキラリン。
「フッフッフ。狙い通りね。艶茸ゲットン!」
「単なるラッキーだと思うデシ。」
「うるさいわね。結果オーライよ。これで残るは世界樹の葉だけね。もう仕事は終わったも同然だわ!」
その時。
近くで赤ん坊の泣き声が上がった。
??
首を傾げるキラリン。
この世界に生物はいない。
一体、どこから聞こえてくるのだろうか。
その赤ん坊の声は、すぐ近くから聞こえる。
どうやら、崩れ落ちたヘンテコな形をした樹木から聞こえてくるようだ。
気になって、その泣き声に近づいてみる。
「えっ・・・。」
キラリンは絶句した。
樹木の幹は真っ二つに裂けて倒れていた。
そして、その幹の中では・・・2人の赤ん坊が泣いている。
「ちょちょちょっ・・・どういうこと?」
「理解不能デシ・・・。」
キラリンは、その赤ん坊のステータスを見た。
ヒト系-コモン。
人である。
「ちょっ、何でヒト系-コモンの赤ん坊がこの世界にいるわけ??」
「全くもって理解不能デシ。」
泣き喚く赤ん坊2人。
オタオタするキラリンと腕章。
「と、とりあえず冷静に、冷静によ。まずはミルク、ミルクよ。」
「この世界は食料資源がないデシ。ミルクをあげようとしたら消滅するデシ。」
「親は?この子の親はどこ?」
「木の中から生まれたということは、その木が親じゃないかと思うデシ。」
「そんな訳ないじゃん!木から生まれるヒト系-コモンなんて、聞いたことないわ!」
「・・・・・・。」
ますます泣き喚く赤ん坊2人。
「もうだめ。ウチも泣きそう・・・。」
「泣いても状況は変わらないデシ。」
涙を浮かべるキラリン。
どうしよう?
どうしたらいい?
空から太陽の光が差し込んできた。
その太陽の日差しは、2人の赤ん坊を照らす。
すると、泣き喚いていた赤ん坊は大人しくなった。
「うそっ!?」
「驚きデシ。」
赤ん坊2人は“光合成”していた。
「何?何で?ヒト系-コモンの赤ん坊は光合成するものなの??」
「聞いたことがないデシ。たぶん、この子達が特別なんデシ。」
意味不明。
「と、とりあえず、この子達をどうするかよね。」
「異世界免許教習所に連れて帰るデシか?」
「そうね。と、とりあえずよね。」
キラリンは、2人の赤ん坊を抱き起こそうとした。
「これ何?」
「ヒト系-コモン特有のへその緒とかいう奴デシ。」
その赤ん坊2人は、長いへその緒が倒れた木と繋がっている。
「これ、切ったらどうなるのかな?」
「分からんデシ。死ぬかもしれんデシ。」
「え?でも木は崩れたのよ?このまま繋がったままだとどうなるのかな?」
「分からんデシ。死ぬかもしれんデシ。」
「やっぱりもうだめ。ウチ泣きそう・・・。」
「泣いても状況は変わらないデシ。」
幸せそうに日の光を浴びて眠る2人の赤ん坊。
2人とも女の子のようだ。
「このまま、放っておく訳にはいかないわよね・・・。」
「・・・・・・。」
キラリンは立ち上がった。
そして決意する。
「決めたわ。ウチがこの子達のママになる。」
「へっ?」
虹が架かる空の日差しは、雨露に濡れた密林に注がれていた。
柔らかな光である。
次話、もう少しだけ15年前のキラリン物語。




