第2章 第14話 どうやら意味深な言葉らしい
- 魔素の世界 -
《ポルファス王国 王宮》
王宮の通路は天井が高い。
天井から柱の隅々に至るまで、腕利きの職人によって施された装飾が成されている。
その通路をアルゴは歩いていた。
アルゴの後ろには、侍従が付き従っている。
アルゴは第1王子である。
ぼーっとした性格で見た目がでっぷりと太っていることから、貴族からの評判がすこぶる悪い。
その齢は、すでに30となっていた。
アルゴに味方する貴族は少ない。
しかし、アルゴを支持する貴族は、錚々たる顔ぶれであった。
●中央で権力はあれど黒い噂が絶えないシーラオス侯爵。
●遠く離れた南部クガンシュート領の領主カモット辺境伯。
●西部城郭都市ヤークション領の領主フクダン伯爵。
だが、以上である。
その他の貴族は、見目麗しくスタイルが良い第2王子のセキア、第3王子のカインを支持している。
現国王の体調に問題は全くない。
その為、世継ぎ争いはまだ起きておらず、支持層の違いによる衝突もない。
今は。
アルゴと侍従の正面から、3人の貴族がこちらに向かって通路を歩いてきていた。
その貴族たちは、すれ違いざまに軽く会釈をしただけである。
そのまま歩き去っていった。
王太子に対するには、あまりに礼儀を失した態度だ。
アルゴの侍従は、こっそりと溜息をついた。
この侍従の名は“ティティ”という。
まだ齢20と若い。
黒髪が美しい純情爽やかイケメンであり、剣の実力も確かである。
ティティは、日頃から悩みを抱えていた。
正直なところ、この第1王子のことを分かりかねているのである。
見た目通りの愚鈍では決してない。
しかし、傑物であると断言できる自信もない。
よく分からない。
それが、ティティの正直な気持ちであった。
そう悩むティティであるが、正面から歩いてくる人物の姿を確認すると、すぐに気を引き締めなおした。
アルゴとティティの正面からは、第2王子のセキアが侍従を引き連れて歩いてきている。
ティティは、片膝をついて殿下に対する礼をした。
セキアの侍従も同様である。
「やあセキア、順調かい?」
アルゴが、お腹を右手で掻きながらセキアに声を掛ける。
「万事、準備は整ったよ。陛下にその報告に向かうところさ。」
サラサラとしたブロンドヘアを手櫛でかき上げながら、セキアはアルゴに答えた。
「そうか。さすがだな。」
「はははっ・・・・兄さんこそ・・・。」
セキアは、何かを感づいたかのように一瞬真顔になった。
そして、また笑顔を作り直すと、笑いながら去っていった。
ティティは、そのやりとりが不思議でならなかった。
アルゴは、普段と何ら変わりはない。
しかし、第2王子の表情の変化は意味深であった。
アルゴがまた歩き出す。
それに黙って付き従うティティ。
侍従であるも主の変化に全く気づけない。
ティティは、ますます頭を抱えるのであった。
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- 逸脱の世界 -
レジスタンスが動き出そうとしているらしい。
僕が見れるMAPの範囲は狭く、その様子は何も表示されていない。
僕は気になって、コマゾーに質問した。
「あの、どういう状況なんですか?」
「ふむ。レジスタンスが、ヤドリガミに襲撃を仕掛けようとしているにゃ。」
「それなら、レジスタンスに加担したら良いのでは?」
「ふむ。ミライは、もっと経験を積むべきだにゃ。」
コマゾーの答えは意味深であった。
その経験とは、ステータスアップの経験値ではなく、人生経験を示すようなニュアンスである。
すると、どこからともなく匂いが漂ってきた。
とても食欲を誘う匂いである。
この世界は食料が消滅している。
正確に表現するならば、食料にすると消滅してしまう。
だから、この世界に食料はないし、調理をするということはない。
だが、いま漂ってきている匂いは、とても美味しそうな料理の匂いだ。
「この美味しそうな匂い、何だろうね?」
僕はキントンに話しかけた。
「・・・拙者、この匂いに覚えがあるでござる。」
キントンは、真顔で何かを思い出そうとしている。
「師よ。動乱が起こる前に“アレ”を助けなくて良いのですか?」
カラス天狗がコマゾーに尋ねた。
「ふむ。ちと面倒くさいにゃ。」
コマゾーは、嫌そうな顔をしている。
右耳を後ろ足で掻いた。
そのやりとりが気になった僕は、小声でキントンに聞いてみた。
「アレを助けるって、何のことか分かる?」
「あの先に“青”が表示されているでござる。恐らくはそれのことでござろう。」
キントンが遠くを指差す。
MAPに表示される青印。
それは“異世界免許教習所に雇われし者”を示す印。
仲間の印である。
コマゾーは、大きく溜息をついた。
そして次の瞬間、僕らは瞬間移動していた。
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一方。
精霊の合成研究者の悲願は、もうすぐ達成されようとしている。
かつて、安易に世界樹を破壊しようと試みて失敗した。
その過ちにより、世界は水平、斜め、垂直、真逆と場所によって異なるねじれを起こした。
彼はそれを承知している。
今回は、これまでの研究の成果を集約させた万全の状態である。
ここまで来るのに、多大なる月日を要していた。
あとは、レジスタンスどもの妨害が入ることを警戒するだけ。
奴らが邪魔をするのは間違いない。
強力な念力を持つヤドリガミは、各所に配置してある。
いつも通りの多少の妨害は問題ではない。
ここで世界樹を完全に破壊すれば、奴らは自ずと降伏してくるであろう。
すると、どこからともなく匂いが漂ってきた。
それは、とても食欲を誘う匂いである。
「まさか・・・!?」
精霊の合成研究者は、想像だにしなかった妨害に緊張感を覚えて辺りを見回す。
ヤドリガミたちの様子に変化が起きていた。
ヤドリガミは食料を必要とはしない。
しかし、常にお腹が空くという感覚に囚われている。
そのヤドリガミたちにとっては、この食欲を誘う匂いは無視できるものではない。
ヤドリガミたちの意識は完全に匂いに吊られてしまっていた。
そして、各々が匂いの元を探そうと、バラバラと勝手に動き出しはじめた。
「ダメだ!お前たち!」
それを必死で阻止すべく、精霊の合成研究者は大声で命令を下した。
しかし、ヤドリガミたちの意識は完全に匂いに集中しており、その命令に従う者はいなかった。
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その一方。
別動隊にいるキラリンが発動させるはずの罠。
それをレジスタンスは静かに待っていた。
しかし、予定よりもかなり遅れている。
ハルカは、左腕につけた腕章に手をあてて、その腕章に問いかけた。
「まだ?」
その腕章は答えた。
「まだデシ。」
すると、とても食欲を誘う匂いが漂ってきた。
「きたザマスっ!」
レジスタンスのリーダーである闇精霊のフィーネは、その目を輝かした。
この匂いは、事前の作戦通りのものである。
トラップクリエイターのキラリンが作りだす罠の一部だ。
ヤドリガミたちは、この匂いに気が動転するはずである。
そこから一網打尽にする手筈であった。
「全員、これが最終決戦ザマスっ! いくザマスっ!!」
フィーネが合図を出した。
それと共にレジスタンス全員が、世界樹奪還に向けて一斉に動き出す。
それを見たハルカとアスカは慌てた。
キラリンの腕章は、まだその時を告げていない。
しかし、レジスタンスは動き出してしまった。
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そして一方。
「そこで何を遊んでいるのだにゃ? ドジ娘。」
コマゾーは、呆れた顔をして語り掛けた。
語り掛けた相手は、MAPの青印。
僕は初めて見る仲間である。
その髪は緩いネオソバーシュのセミロングヘアで色は桃色。
大人可愛いという表現がピッタリくる女性だ。
でも、悲惨な姿になっている。
顔だけ出して、身体は地面に埋まっていた。
「遊んでんじゃないわよっ!ちょっ、もう!助けなさいよっ!バカネコっ!」
その女性の訴えを無視して、コマゾーはジッと白い目で見ていた。
その横でキントンが笑う。
「えっ!? 黄色じゃない!?」
「妹君、お久しぶりでござる。」
どうやらキントンは、この女性と顔見知りのようだ。
「ちょっ、早くしてよ!」
その女性は、泣きそうな顔になった。
「どうすれば、こんな芸当ができるのか不思議でならんにゃ。」
コマゾーが杖をかざす。
すると、女性の身体は浮き上がるように地中から出てきた。
「ふう。焦ったわ。」
その泥だらけの女性は、額の汗を泥だらけの手で拭った。
自ずと額は泥で汚れてしまう。
その女性は何事も無かったかのように振舞うと、コマゾーに言った。
「あんた達、丁度良いところに来たわね。今からレジスタンスに力を貸しなさい!」
「それは無理にゃ。」
「何でよっ!?」
コマゾーは深い溜息をついた。
「キラリン、お主はもっと経験を積むべきだにゃ。」
それは、僕が言われたニュアンスと同じである。
やはり意味深に聞こえた。




