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第2章 第15話 どうやら思い違いがあるらしい

- 魔素の世界 -

《ポルファス王国 西部 ヤークション》


ポルファス王国 西部 城郭都市ヤークション。


その地下深く。


そこに“嘘つきマルカー”こと、ヤークションの副官 マルカー男爵は鎖で繋がれていた。


泣き叫ぶ。

喚く。

しかし、その声はどこにも届くことはない。


何も見えない真っ暗な場所に1人。

だが、無数の何かが周囲にいることは気配で分かっている。


それは、数多あまた蝙蝠こうもりであった。

しかし、マルカーはそれが目で見えていない。


恐怖。

それしかない。


鎖で後ろ手に縛られており、足には鉄枷てつかせがはめられている。

この場所から逃げたくとも、身動きをとることができない。


ふと、奥に灯りが見えたことに気付いた。

その灯りは、こちらに向かってゆっくりと近づいてくる。


「ここだ!私はここにいるっ!」


マルカーは、助けが来たことを期待して、歓喜の声を上げた。

しかし、その灯りからは返事がない。


灯りの見える方角から、ズルズルと何か重たいものを引き摺る音が聞こえてくる。

そして、ジャラジャラとした音も。


まるで、鉄の鎖で繋がれた重石を引き摺っているかのようだ。


マルカーは、背中に冷や汗がつたうのを感じた。

助けが来たのではない。

そう直感した。


マルカーは息を潜める。


その灯りは、だんだんと近づいてくる。

ズルズル、ジャラジャラという音も大きくなった。


恐々として覗き見た。


女性だ。

それも絶世の美女である。


その手にはなぜかかせがされており、そのかせが光っている。

左足にも光るかせがされており、そこに繋がる鎖の先は、かなり重たそうな重石が見える。


マルカーは、一瞬だけその女性に見惚れた。

しかし、すぐに我に返る。


このような場所にかせをされた女が1人。

普通であるはずがない。


マルカーは警戒した。


「お、お前は何なんだ!?」


絶世の美女がほほ笑む。

そして、マルカーに顔を近づけてきた。


その目は異常だ。

やはり、この女は普通ではない。


悪寒を感じた。

身をよじって逃げようとする。


しかし、無駄なあがき。


絶世の美女は口を大きく開けた。

大きく。

とても大きく。


バクッ!


「うぎゃーーーっ!!」


絶世の美女はマルカーを喰った。

異常に大きく開けた口で、マルカーの左肩を喰らったのだ。


「うぎゃーっ! うえっ! いぃぎゃーーっ!!」


泣き叫ぶマルカー。


絶世の美女は、また口を大きく開けた。


バクッ!


グチャグチャ。

バリバリ。


異様な咀嚼音だけが続く。

マルカーの悲鳴は聞こえなくなった。


***********


《ポルファス王国 西部 ヤークション フクダン伯爵邸》


終焉ラファンは闇の中に姿を消した。

そして、フクダン伯爵邸を覆っていた漆黒ノワールの空間は消えている。


ジーニャは憎しみの感情を抱いていた。

意識の中でラファンに穢された。

光精霊であるジーニャは、交わりというものを知らない。


初めての感覚であった。

そして、許しがたき屈辱である。


ウィラロアは、何処いずこかに消えてしまったヒーロの気配を探っている。

しかし、どこにも愛しき息子の気配は感じられない。


ヴィラロアは唇を噛み締めた。

ヴィラロアは、終焉ラファンと面識がある。


それは、はるか昔のこと。


第3位始祖であるヴィラロアには、1人の兄と1人の姉がいた。

第1位始祖が兄であり、第2位始祖が姉である。


しかし、兄は行方知れずとなり、姉は理性のない獣と化している。

その姉を狂わせたのがラファンだ。


まだ、世界が混沌に満ちていた時代。

ヴァンパイアが隆盛を誇っていた頃。

そのある日。


ヴァンパイア帝国に訪れたのは、商人を名乗る奇妙な男であった。

手足が異常に長く、気味の悪いハットを被っていた。


終焉ラファンである。


商人を名乗ったラファンは、姉に“指輪”を献上してきた。

それは“華やぎが舞い込む指輪”であり、絶世の美しさを手にすることができる特殊な物だと言う。


姉は美しく知性的であった。

その姉に、それ以上の美しさは不要のものとヴィラロアは思っていたが、姉は違っていた。

必要以上に美に固執していたのだ。


姉は喜んで指輪を受け取った。

嬉々として、その指輪を指にはめてみる。


その姿を見たラファンは、下賤な笑みを浮かべて姉に言った。


「お美しい貴女様には必要のないことかもしれませんが、試しにその指輪に願ってみてはどうでしょう?」


姉は問い返した。


「何を願うというのだ?」


「貴女様が、もっとお美しくなりたいと願うだけでございます。」


姉は半信半疑ながら、それを願った。

すると。


「素晴らしい!なんて素晴らしいことでしょう!」


姉が高らかに笑う。

そして、上機嫌で鏡を手に取った。


なぜか、ラファンは、身を悶えながら恍惚の表情をしている。


ヴィラロアの目には、姉に何か変化があったようには見られない。

それでも姉は、高らかに笑いながら満足している。


その時から、すでに姉の理性は欠如していたのだろう。


姉は、ラファンに御礼をすると言い出した。

そして、空のグラスを手に取ると、指輪をはめた指の先を自ら切った。


トクトクと空のグラスに血が注がれる。


姉の血。

それは、始祖の血である。


始祖の血は、その価値を定めることができる代物ではない。

その血を飲めば、永遠の命を授かることができるとも言われる。


何れにしても、返礼の品として渡すのは異常であった。

正気の沙汰とは思えない。


「これはこれは・・・ありがたき幸せでございます。」


平身低頭して、ラファンはそれを受け取った。


その翌日。

姉の様子には、明らかな変化が起きていた。


知性的であった姉の言動は異質を極める。

最初は支離滅裂、すぐに滅茶苦茶、その日のうちに“理性のない獣”と化していった。


あの指輪のせいで姉は狂ったのではないかと、ヴィラロアは疑った。

すぐに姉の指から指輪を外そうとする。

しかし、姉の指には指輪が見当たらなかった。


皇帝である第1位始祖の兄は怒り狂った。

そして、ラファンが受け取った姉の血の気配を頼りに、兄はラファンを追った。


しかし、それ以来、兄は姿を消してしまった。

帝国の総力を挙げて、兄の所在を探るべくくまなく探した。

それでも見つからない。


そして、姉は地下に棲まう獣と化した。

理性の欠片すらない。

ただの獣。


ヴィラロアは考えた。

息子を探し出さなければ。

しかし、ヒーロの気配が感じられない。


あの時と同じである。


どうすれば・・・。

どうすることもできない憤りが込み上げてくる。


すると、そばにいた少女が尋ねてきた。


「いなくなった息子は、何か肌身離さず持っているモノはないのさね?」


その少女は、ただの人間とは思えない。

誰だ?


少女の横にいた、べリオルが口を開いた。


「恐れながら・・・この少女が、真っ先に坊ちゃまの危険を察知して、教えて下さいました。」

「そう・・・。」


ヴィラロアは、少女に向き直して答えた。


「・・・何もないわ。」


「本当に何も持ってないのさね?」

「・・・・。」


意味不明な質問だ。

ヴィラロアは少し苛立つ。


それに気遣うかのようにべリオルが答えた。


「坊ちゃまが持たれているのは、ヴィラロア様より受け継いだ“始祖の血”くらいのものです。」


それを聞いたジーニャはニヤっと笑った。


「十分すぎるさね。」


***********


- 逸脱の世界 -


その頃。


とても食欲を誘う匂いが辺り一面に漂っている。

それに吊られて、ヤドリガミたちは持ち場を離れてしまっていた。


必死で、勝手な行動を止めようとする精霊の合成研究者が叫ぶ。


そして、レジスタンスが動き出した。

戦いがはじまろうとしている。


その一方。


僕の目の前では、コマゾーとキラリンの口喧嘩が始まっている。


「何でレジスタンスに力を貸さないのよ!?」

「貸す意味がないからにゃ。」


「このバカネコ!あんたそれで良心が痛まないの!?」

「痛まないにゃ。」


「あんたね。世界樹が破壊されたら、どうなるか分かってるでしょ!?」

「当然、理解してるにゃ。」


「それなら、あの“悪の権化”を倒そうと思わないの!?」

「その“悪の権化”とは、何を示すのだにゃ?」


「もう!世界樹を破壊しようとしているヤドリガミと、その先導者に決まってるでしょっ!?」

「何で決まっているのにゃ?」


「はっ?? このバカネコ! そんなことも分からないの?」

「ふむ。分かっていないのは・・・ドジ娘、お主だにゃ。」


コマゾーは、カラス天狗を見た。

その視線を受けて、カラス天狗のコ・マゾウが口を開いた。


「悪の権化は、レジスタンスを名乗っている方ですゾ。」


へっ!?

へっ!?


キラリンはその言葉に驚いた。

そして、僕も驚いた。

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