第2章 第11話 どうやらアイツが出てきたらしい
時は15年ほど遡る。
- 逸脱の世界 -
《いまより15年前》
水平、斜め、垂直、真逆と場所によってねじれている世界。
ここに一人の女性が立っていた。
可愛らしく甘美な雰囲気が漂う大人の女性である。
桃色のセミロングヘアは、毛先に向かって緩いネオソバーシュになっている。
前髪を眉の上で揃えたキュートで軽やかな雰囲気からすると、大人可愛いという表現が適しているだろうか。
服装は黒色のパーカーと短めのスカート。
その上に白くて長い研究者コートを羽織っている。
「風が心地良いわね。」
その女性は、耳元の髪をかき上げた。
因みに風は吹いていない。
「あっ!?」
その女性は、何かを思い出したように口元に手をあてた。
「そういえば、バカネコに“尋ね物を知る石”を借りるのを忘れたわ・・・。」
顎に手をあてて考え込むような仕草をする。
「まあいいわ。何とかなるでしょ。バカネコに頼るのも癪だしね。」
女性は、左腕につけている腕章に手をあてた。
その腕章には八芒星が描かれている。
すると、その腕章が喋りだした。
「本当に1人で良いのデシか? とても心配デシ。」
女性は、腕章に向かって言い返した。
「ノープロブレムよ!」
そう言って、女性は歩き出そうとして・・・・足元をスベらせて、コケた。
「・・・本当に心配デシ。」
女性は立ち上がると、何事もなかったかのように振舞う。
そして、再び歩き出した。
「それ、絶対に方向が違うデシ。目的地は逆デシ。」
その女性は、見た目とは裏腹にちょっぴり残念なところがあるようだ。
そして、この女性こそが、異世界免許教習所の“研究室長”である。
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《現在》
場面は現在に戻る。
世界樹を破壊して新たな精霊の誕生を阻止する。
生物宿神計画。
それは最終段階まできた。
最後の準備が、ヤドリガミたちによって着々と進められている。
その様子を満足気に見守る男がいた。
精霊の合成研究者である。
かつて、彼には一つだけ誤算があった。
それは、生物と精霊を合成すると、精霊が持つ魔力が失われてしまうことである。
ヤドリガミになると、魔力を失った代わりに新たな特殊能力がその身に萌す。
それは、“念力”であった。
手を触れずして、巨大な岩を動かすことができる。
掌から衝撃波を発生させて吹き飛ばすことができる。
物質を内から潰すことができる。
その力は、1つの生物に複数の精霊を合成することで、より強くなることが判明した。
彼は、さらに研究に没頭することとなる。
より強力な念力を持つヤドリガミをつくり出す為に。
彼を止める存在はいない。
しかし、その研究は挫折に終わってしまった。
生物の身体は、ある一定の許容量を超えると、必ず膨張して弾け飛んでしまうのである。
合成する精霊のエネルギーに、生物の身体は耐えられなかった。
その当時、彼は研究の失敗を受け止めることができなかった。
自暴自棄に陥る。
そして、大きな過ちを犯す。
世界樹を破壊しようと試みたのである。
八つ当たりであった。
世界樹は決して無敵の存在ではない。
強大な殲滅魔法や強力な兵器による爆撃を幾度も加えれば、破壊することができる。
しかし、彼は魔力の才には恵まれていなかった。
彼の扱う魔法では、世界樹に小さな傷をつける程度にしかならない。
彼は、強力な念力を行使できるヤドリガミを集めた。
そして、幹の内から世界樹を粉砕にするように指示を出した。
それは失敗に終わった。
無理に世界樹に送った念力は、世界樹の成長を大きく狂わせることとなった。
それが、この世界全体に影響を及ぼすこととなる。
世界がよじれたのだ。
そしてねじれた。
水平、斜め、垂直、真逆と、場所によって異なるねじれを引き起こした。
この時の彼の過ちが、この世界のねじれをつくったのである。
あれから、数え切れぬほどの年月が経った。
どれほど経過したのか。
もう思い出せないほどだ。
そして、悲願が叶う時がやっと来た。
彼は両手を広げると大声で笑った。
世界樹は真逆にそびえ立っている。
彼もまた、真逆に立っているのであった。
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《アダムの森》
一方。
レジスタンスたちは静かに動き始めた。
慎重に慎重を重ねて、世界樹までの距離をつめていく。
アダムの森を抜けた。
ヤドリガミによっては、こちらの心を読む“念聴”が使える個体がいる。
作戦を決行するまでは、敵に近づきすぎてはいけない。
その微妙な距離を、レジスタンスの面々は承知していた。
【状況】
☆=僕、コマゾー、カラス天狗、キントン
〇=レジスタンス、◎=フィーネ
●=ヤドリガミ
〇 〇〇 〇〇〇
〇 〇〇 〇 ☆
〇 〇 〇◎
〇〇 ↓
〇
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●●| 世界樹 |●●
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そのレジスタンスのリーダーは、闇精霊のフィーネである。
フィーネは、ヒト系-コモンの双子が出す合図を待っていた。
遅い。
フィーネは双子に視線を移した。
その視線を感じたハルカとアスカは、首を横に振った。
まだ時ではない。
ハルカは左腕につけた腕章に手をあてると、その腕章に問いかけた。
「どう?」
すると、その腕章は喋りだした。
「まだデシ。予定よりも遅れているようデシ。」
レジスタンスには作戦がある。
その作戦遂行は、別動隊の動きが整ってからでなければ意味を成さない。
アスカは焦れながらも心を落ち着かせて、ハルカに言った。
「ふう。ちょっと遅いね。」
その言葉に頷くハルカ。
「・・・頼むわよ・・・キラリン。」
レジスタンスの突撃は、まもなく始まろうとしている。
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- 魔素の世界 -
《ポルファス王国 西部 ヤークション フクダン伯爵邸》
領主フクダンの屋敷では、家中の者たちが忙しく動いていた。
ヤークションの東南に位置する共同墓地では、昨夜の戦いで命を落とした騎士たちの葬儀が営まれている時間である。
その埋葬が終わった後、この屋敷では様々な行事が執り行われる。
その準備の為、家中の者たちは総出で動き回っていた。
その様子を見て落ち着かないヒーロ。
「あの。僕も何か手伝いたいのですが・・・。」
ヒーロに声を掛けられた使用人は、ヒーロに優しい笑顔を向けて答えた。
「大丈夫ですよ坊ちゃま。ご友人とゆっくりなさって下さいな。」
そして、そのまま急ぎ足で去っていく。
自分も何か手伝いたいのだが、全く相手にされずに落ち込んだ。
そのヒーロの肩に、ケイルが後ろから慰めるように手を掛けた。
「子供が手伝えることはないよ。邪魔になるだけさ。」
ヒーロはガッカリと肩を落としながら、ケイルに振り向いた。
「そういえば、ケイルは自分の屋敷に戻らなくていいの?」
「戻らないさ。僕も殺されかけたんだ。あいつがいなくなったからって、すぐには戻れないよ。」
「それでも父君でしょ?悲しくない?」
「ぜんぜん。」
ヒーロとケイルは、昨夜から“嘘つきマルカー”が行方不明であることを聞いていた。
その所在は、全くつかめていないらしい。
昨夜、マルカーがヒーロの命を狙ったということは判明している。
それにより、フクダン伯爵の屋敷の周りには、厳重な警護の兵がつけられていた。
2人の下に女の子が近づいてくる。
その名は“ユミト”。
ヒーロとケイルの初恋の相手となった獣人の女の子である。
ヒーロは、ユミトにちょっと格好良いところを見せたくなった。
「ねえ。ケイル、ユミト、僕がこの屋敷の中を案内してあげるよ!」
そう言って、ヒーロは意気揚々と歩きはじめた。
2人を引き連れて屋敷の中を歩くと、所々を案内して回っていく。
3人は、フクダンの執務室に入った。
中には誰もいない。
そこでヒーロは、ふと昨夜のことを思い出した。
マルカーの子飼いの部下たちが、何かをあそこに隠していた姿である。
何を隠したのだろう。
ヒーロは椅子を持ってきてその上に乗ると、棚の奥に身を潜らせて探ってみた。
箱がある。
「ヒーロ、どうしたんだい?」
「これだ。あったよ。」
ヒーロは、その箱を手に取ると引っ張り出した。
ずっしりと重い。
椅子から飛び降りて、それを床に置く。
「昨日、ケイルの父君の部下たちが、これをここに置いて行ったんだ。」
「なんの箱だろ?」
ヒーロは、早速その箱を開けてみようとした。
なぜか悪寒を感じたユミト。
「何か嫌な感じがする。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
箱を開けることを少し躊躇う。
しかし、怖いもの見たさの方が勝った。
箱の蓋を開く。
「!?」
「!?」
「!?」
中身は“骸骨”であった。
驚いて尻もちをつく3人。
「なっ、なんでこんなものが!?」
ケイルが慌てて蓋を閉めようとする。
すると、急に執務室の中は真っ暗な闇に包まれた。
そして、不気味な静寂に陥る。
周りの音が、全く聞こえなくなった。
怯える3人。
その目の前で、箱の中にあった骸骨が宙に浮かんだ。
声を発することができない3人。
もし、あの骸骨がケタケタと笑いでもしたら、3人とも漏らしていたであろう。
「これはこれは。僕ちゃんから招いてもらえるとは、とても素晴らしい!」
その骸骨の後ろから声が聞こえた。
そして、その声の主が闇の中から姿を現す
腕と足が異様に長い男である。
その頭に被っている背の高いハットには、怪しく光る眼がついている。
そして、その光る眼は嬉しそうにニヤけていた。
夢で見た男だ。
ヒーロは思い出した。
その人とは思えぬ男は、異様に長い両手を大きく広げた。
「君は幸せ者だよ。さあ、至福を繋ぎたまえ。」
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《ポルファス王国 西部 ヤークションより東南に位置する共同墓地》
一方。
共同墓地では埋葬が行われていた。
それを離れた場所で見守るジーニャ。
その横には、老齢な執事を装っているヴァンパイアロードのべリオルが立っている。
ジーニャは少し退屈を覚えて、何気なしにMAPを見た。
すると、MAPの一部分が、漆黒で塗りつぶされたように真っ黒になっていることに気づいた。
「??」
ジーニャは首を傾げた。
「どうなさいました? お嬢さん。」
「いや・・・街の中が・・・一部分だけ、なんか奇妙なことになってるさね。」
何が起きているのかは、ジーニャにも分からない。
MAPが黒く塗りつぶされることなど、見たことがなかった。
嫌な予感を感じたべリオル。
即座に動こうとする。
「行くのさね?」
「ええ。急を急ぎますので、暫し失礼します。」
「なら、あちきも連れていくさね。」
「え?」
べリオルは若干困惑した。
しかし、この女性は何か特殊な力を持っているようだ。
べリオルは頷くと、ジーニャに覆いかぶさった。
そして、2人はその場から姿を消した。




