第2章 第10話 どうやら色んな場面が動くらしい
- 魔素の世界 -
《ポルファス王国 西部 ヤークション》
ポルファス王国の西部にある城郭都市ヤークション。
その東南に少し離れた場所に共同墓地はある。
その共同墓地に向かう一行。
昨夜の戦いで殉職した家族を見送る人々の足取りは重く、悲しみに包まれている。
その一行の後ろには、少し離れて歩くジーニャの姿があった。
あの異常な力を持つヴァンパイアは何者だろうか??
姿恰好からすると女性である。
しかし、黒いトーク帽と黒いベールによって、その顔をはっきりと見ることはできなかった。
魔人系-ヴァンパイアが、ヒト系-コモンと一緒にいることなど、普通は考えられない。
太陽の下でも平然と活動しているということは、上位種であることは間違いないだろう。
ジーニャは、改めて異常な力を持つヴァンパイアのステータスを確認した。
そして驚愕する。
「はぁ? あ・・・ありえんさね・・・第三位始祖って・・・。」
背後で、唐突に気配が現れた。
咄嗟にその場を離れるジーニャ。
そこには、老齢な執事のような恰好をしたヴァンパイアが立っている。
「とてもお綺麗なお嬢さん、何か御用がございますかな?」
そのヴァンパイアは、柔らかな物腰で尋ねてきた。
それに対して、ジーニャは最大限の警戒を見せる。
「なんで、ヴァンパイアがここにいるのさね。しかも、始祖がいるなんて異常すぎさね。」
「・・・・・。」
ヴァンパイアは片眼鏡を手で直した。
そして、柔らかにほほ笑む。
「どうやら、お嬢さんは見破るのがお得意のようですな。そして、お嬢さんも普通ではない。」
ジーニャは、目の前にいるヴァンパイアのステータスを見た。
魔人系-ヴァンパイアロード。
ヴァンパイアの上位種の中でもかなり位が高い。
貴族クラスは、8つの世界全てを見渡しても、数える程しか存在しないはずだ。
「貴族が執事の真似事をするなんて、初めて聞いたさね。」
「これはこれは・・・驚きですな。全てをお見通しのようだ。」
執事の格好をしたヴァンパイアロードは、丁寧なお辞儀をすると名を名乗った。
「ご挨拶が遅れました。私は“ベリオル・ド・アンスラン”と申します。よろしければお名前をお伺いしても?」
「ジーニャ。 ジーニャ・エクスタリアさね。」
「素敵なお名前ですな。どうです? 歩きながらお話をしませんか?」
「・・・構わんさね。」
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- 逸脱の世界 -
忙しく作業を行う他工的につくられたヤドリガミたち。
生物宿神計画。
その準備は、着々と進められていた。
カラス天狗のコ・マゾウに聞くところによると、どうやら世界樹を破壊する気であるらしい。
なぜ、世界樹を破壊する必要があるのか・・・・。
僕には理解できない。
「それで、研究室に適した人材というのは、どのヤドリガミなんですか?」
僕は大賢者コマゾーに尋ねた。
さっさとスカウトしてしまって、動乱が起きる前に帰還すれば良いのでは?と思う。
コマゾーは、僕をちらっと見ると呆れた顔をした。
「対象は、ヤドリガミではないにゃ。」
「??」
キントンが、遠くを指差すと小声で言った。
「あちらの方角から、何者かが近づいているようでござるぞ。」
僕らは、キントンが指を差した方角を注視する。
目では何も見えない。
MAPで見ると、幾つもの“黄”がどうやら潜んでいるらしい。
「師よ。いよいよ始まるようです。」
「ふむ。慎重にタイミングを計るのだにゃ。」
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《アダムの森》
その頃。
逸脱の世界は、場所によって空間が回転している。
水平、斜め、垂直、真逆とねじれているのだ。
闇精霊は、行く先に見える真逆の世界樹を見下ろしていた。
いま闇精霊が立っている場所は水平である。
そして、世界樹がそびえ立つ場所は真逆であり、空は下に広がっている。
闇精霊は緊張を隠せなかった。
それもそのはずである。
これから、世界の行く末が決まるのだから。
「怖気づいている場合じゃ・・・ないザマス。」
闇精霊は、心の中で必死に自分を鼓舞した。
すぐ横では、ハルカとアスカが息を潜めている。
ここまで来れたのは、この双子の力が大きい。
この双子は、この世界で唯一のヒト系-コモンだ。
かつて、生物は全て精霊と合成されたことで、ヤドリガミとなってしまっている。
あの時、純粋な生物は絶えた。
そして、純粋な精霊はずっと誕生していない。
世界樹から新たに生まれるはずの命は、実の段階で研究材料にされてしまっている。
全ては、奴のせいだ。
他工的に作られたヤドリガミは、奴の言いなりで逆らうことができない。
奴は、世界を救うふりをして奴隷に変えた。
他工的に作られたヤドリガミは、その進化の過程で“新たな生命をつくる術”を得ている。
子を産むことができるようになったのだ。
いまはまだ、異形の姿をしたヤドリガミしか生まれていない。
だが、奴の研究は佳境に入っている。
そう遠くないうちに、完全なヤドリガミの子が誕生するのであろう。
すると、新たな精霊を生み出す世界樹は、奴にとっては邪魔な存在でしかない。
世界樹をこの世から抹消することで、奴が精霊王として君臨する。
それこそが、奴の生物宿神計画の正体である。
闇精霊は、かつての“資源が豊富”であった頃を思い出す。
自分の記憶には、美しい思い出しか残っていない。
本当に幸せな世界であったのかは自信がない。
それでも、まともな世界であったのは間違いない。
あの頃。
あの・・・まともな世界に戻さなければ。
この双子。
ハルカとアスカがいれば、それが可能になるのだ。
「フィーネ様、準備が整いました。」
フィーネと呼ばれた闇精霊は強く頷くと、ここに息を潜めている精霊たちを見渡した。
“レジスタンス”である。
フィーネは、長年に渡って、このレジスタンスを率いてきた。
しかし、ただ抵抗してきただけで、何も変えることはできていない。
だが、今回は違う。
いま、ここで世界を取り戻す。
「これが最後のチャンスとなるザマス。母なる世界樹を守って奴を滅す。いいザマスね!?」
「おう!」
「へい!」
「おう。」
「やったらぁ!」
レジスタンスたちは、静かに動き始めた。
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- 魔素の世界 -
《ポルファス王国 南部 シキニ山地の戦い》
目の前の邪教国軍は、敵の本軍ではない。
カモットはそれを察知した。
共闘しているイバラン軍の若き将校ラタの姿を探す。
【状況】
□=王国軍、☆=サコン、△=カモット
〇=イバラン軍、◎=ラタ
■=邪教国軍
〇
〇〇■
□□□ △□〇〇 〇〇〇 〇◎〇■■
□☆□□□□□□□□〇〇〇〇〇〇〇〇〇■■■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
↑↑↑↑↑↑↑↑
■■■■■■■■
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カモットから見える範囲には、ラタの姿は見当たらない。
カモットは暫し考えた。
彼ならきっと。
きっと気づくであろう。
そして、今から自分が指示を出そうとしている戦術の意図を理解するはずだ。
カモットは意を決すると、新たな采配を振った。
カモットの采配によって、共闘軍の中で王国軍だけに動きの変化が起こる。
王国騎士軍団常駐隊長のサコン率いる右翼を中心として、敵を無理やり押し込んでいった。
【状況】
□=王国軍、☆=サコン、△=カモット
〇=イバラン軍、◎=ラタ
■=邪教国軍
〇
〇〇■
〇〇 〇〇〇 〇◎〇■■
△□〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇■■
□□■■■■■■■■■■■
□□□□■
□□□□■■■■
□☆□□■■■■
□■■■■■■■
■■■■■■■■
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王国軍の動きの変化にイバラン軍は戸惑っていた。
事前の打合せにはなかった動きである。
イバラン軍を率いる中将カトールは、慌ててラタのもとに駆け寄った。
「ラタ!王国軍の動きが変だ。一体どういうことか分かるか?」
ラタは、王国軍の動きの意味を考察していた。
敵の数は多い。
そして、この戦には勝利が垣間見えている。
なぜ。
なぜ、ここで王国軍は、無理やり強行して敵を押し返しているのか。
このままでは、共闘軍の結合部分が崩れてしまう恐れがある。
何か。
何か意味があるはずだ。
王国軍の動きには意味があるはず。
王国軍の騎士の強さは凄まじい。
右翼は次々と敵を打ち倒していく。
・・・・・。
何かおかしい。
王国軍が強いとはいえ、あれ程あっさりと敵を打ち崩すことができるものなのか・・・?
曲がりなりにも、敵は海を渡って攻め込んできているのに。
・・・・・。
見えた!
ラタは目を大きく見開いた。
さすがはカモット辺境伯だと感心する。
まだまだ自分及ぶ相手ではない。
「カトール中将!こちらも動きを変えます!すぐに指揮をっ!」
「おっ? おぉう? おう。」
目の前にいる非凡な将校は、この動きの意図が理解できたようだ。
カトールは右手で頭を掻くと、ラタの言う通りにイバラン軍の采配を振った。
イバラン軍の動きにも変化が起こる。
それをカモットは確認した。
その動きに呼応するが如く、王国軍を山道まで速やかに退却させる指示を出す。
共闘軍は結合部分より真っ二つに分裂した。
山道側に退く王国軍。
左翼から突破して、戦場を離脱しようとするイバラン軍。
共闘軍の動きを邪教国軍は理解していなかった。
「異教徒どもは怯んだぞ!殲滅!殲滅だ!殲滅っ!!」
敵が急に大きく二手に分かれた状況を見て、邪教国軍は左右に追撃を仕掛けようと動く。
しかし、その足並みは乱れていた。
共闘軍は傷つき、敗北を喫して撤退するのではない。
その動きは素早く、統率も取れている。
それに追いつくことができずに焦る邪教国軍。
「異教徒どもを逃がすな!殲滅っ!殲滅っ!!」
【状況】
□=王国軍
〇=イバラン軍
■=邪教国軍
山道
| |
| |
↑
□
□
□□□ 〇〇
□□□□□ ■■ ■ 〇〇
□□□□□■ ■ ■■ ■■ 〇〇
■■ ■ ■■ ■■ ■ 〇〇
■■■■■■■■■ ■■■■■ 〇〇
■■■■■■■■■ 〇〇
〇〇
■■■■■■■■■■■■■■■■ 〇〇
↓↓
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《ポルファス王国 南部 シキニ山地より東にある海辺》
その頃。
幾多の船団が、東の岸に到着していた。
異様な匂いのする香の煙が立ち込めている。
その煙に巻かれながら、桟橋を歩く白いローブに全身を包んだ男。
その男の周りでは、全ての教徒が地に這いつくばっていた。
そして、白いローブの男を崇めている。
「あぁ~。枢機卿様~。」
「あぁ~。枢機卿様~。」
「あぁ~。枢機卿様~。」
「あぁ~。枢機卿様~。」
枢機卿と崇められる男は立ち止まった。
そして、左手で合図を出す。
その合図を受けて、全ての教徒が一斉に動く。
一度、頭を地面につけてから立ち上がると、進軍の準備に取り掛かり始めた。
ここに、邪教国の本軍が上陸していた。




