第2章 第3話 どうやら戦いの構図は複雑らしい
- 魔素の世界 -
《ポルファス王国 南部 シキニ山地の戦い》
「突撃!!」
イバラン軍が、全軍で山を駆け登っていく。
全員が重装備であり、その姿で山を登るのは過酷なことである。
それは、初戦で王国軍のクロスボウに苦しめられたが故の対策であった。
地の利は、王国軍にある。
重装備で山を駆け登って戦うのは、体力的に非常に厳しい。
その為、イバラン軍としては、短時間で勝利を手にする必要があった。
イバラン軍の若き将校であるラタは、滴り落ちる汗を拭った。
策士カモットに対して自分がどこまで通用するか。
その答えがもうすぐ出る。
【状況】
□=王国軍
■=イバラン軍
カモット 私隊長 常隊長
☆ 〇 〇
山 □□□□□□□□
―――――――――――
↑↑↑↑↑↑↑↑
■■■■■■■■
平原 ■■ ●
■■ 将軍
★
ラタ
一方の王国軍は、攻め上がってくるイバラン軍の様子を冷静に確認していた。
山を登ってくる以上、木々に阻まれることで、横の足並みが乱れるはずである。
しかし、想像していた以上にイバラン軍は統率がとれている。
カモットはそれを見るや、即座に判断して全軍を山の頂上側に向かって、少し後退させることにした。
その後退とは、山をさらに上がることになる。
敵は、全員が重装備である。
それならば、さらに登らなければならないことで、体力的にますます厳しくなるであろう。
この陣を敷いた中腹の丘を捨ててでも上に登り、敵の体力をもっと削る方が良策と判断したのであった。
敵がこの中腹の丘まで辿り着いて、もしも休憩するようなことがあれば、王国軍全軍で一気に駆け降りて攻め込む。
その場合、その場で決着がつくであろう。
しかし、目の前の敵には、底が知れない知恵者がいる。
それを考えると、きっと休憩することはあるまい。
そのまま攻め登ってくるはずである。
【状況】
□=王国軍
■=イバラン軍
山頂
カモット 私隊長 常隊長
☆ 〇 〇
□□□□□□□□
↑↑↑↑↑↑↑↑
中腹の丘
↑↑↑↑↑↑↑↑
■■■■■■■■
山 ■■ ●
■■ 将軍
★
ラタ
―――――――――――
平原
イバラン軍は、敵陣があったはずの丘まで駆け登ってきた。
しかし、その敵である王国軍の姿が見当たらない。
ラタは、流石はカモットだと思っていた。
イバラン軍の青い髪の将校が、ラタの下に駆け寄ってくる。
「ラタ!敵の陣地であった丘を占拠した。皆が疲れている。ここで一度休憩をするべきだ!」
ラタは首を振った。
「もし、ここで休憩を入れたら、我々の負けだ。このまま登る!」
「しかしだなっ!」
青い髪の将校は食い下がろうとした。
そこに新たな合図の音が鳴り響く。
“このまま進軍”であった。
ラタは予測していた。
カモットであれば、丘を捨てて上に登ると。
昨晩遅くまでイバラン軍の将軍と打合せを行い、シミュレーションを繰り返した。
その打合せ通り、将軍は進軍の合図を出してくれている。
「くっ!ラタ、この戦いは絶対に勝てるんだろうな!?」
「ああ。その為に手は打っている。連続して3度の負けはない!」
ラタに食い下がった将校は、それを聞くと覚悟を決めた。
ニヤリと笑う。
そして、兵を叱咤しながら、自分が率いる持ち場に戻っていったのであった。
ラタは、山の上を見上げて呟いた。
「カモット・・・あんたの凄さには敬服するよ。そして、ありがとう。」
両軍はついに衝突した。
山の傾斜は、それほど急な角度では無い。
それでも、山中の戦いである。
数的有利はイバラン軍であるとはいえ、上側に位置する王国軍の方が有利である。
【状況】
□=王国軍
■=イバラン軍
山頂
カモット 私隊長 常隊長
☆ 〇 〇
□□□□□□□□
■■■■■■■■
山 ■■ ●
■■ 将軍
★
ラタ
横一列に広がる場合は軍の右側が弱点となる。
その為、両軍ともに右翼に実力の高い兵を配置している。
ここで、ラタには若干の誤算が起きていた。
王国軍の強さが、予測を遥かに超えていたのであった。
それは、重装備で山を駆け登った疲れと相まり、自軍の右翼が早くも崩壊しそうな勢いである。
それに対する王国軍。
その左翼を率いる王国騎士軍団常駐隊長の名は、“サコン”と言う。
彼は、元王国騎士軍団の副長であった。
王国騎士軍団の前軍団長であったマトバンが、最も信頼していた右腕である。
マトバンが、その座をオルタスに譲って中央を離れた時、サコンも中央を離れることにした。
そして、この南部に赴任していたのである。
双剣のマトバン、槍のサコンという通り名は、王国騎士軍団の中では誰もが知る実力者だ。
そのサコンが無双していた。
王国軍には、もう一つ大きなポイントが見られた。
それは、王国騎士軍団常駐隊と領主の私兵騎士隊という、2つの軍が連動して1つの軍になっていることであった。
王国軍の陣形は、右翼に私兵騎士隊の実力者、左翼に王国騎士軍団常駐隊を配置している。
その為、右翼左翼双方に実力ある騎士が配置されており、一般論となる陣形の弱点をカバーしているのであった。
軍略家であり戦術家として名高いカモットだが、この戦いでは特に目立つ戦術は用いていない。
それは、この王国軍の特殊な軍部事情について、敵が熟知していないこと見抜いていたからであった。
サコンが叫ぶ。
「この老いぼれに後れを取る者がおれば、王国騎士たる資格はないぞっ!」
「はっ!」
「はっ!」
「はっ!」
サコン率いる王国軍左翼が、怒涛の攻めを見せる。
しかし、そのサコンにも余裕があるわけではなかった。
敵は意外にもしぶとい。
早く敵右翼を壊滅させて、敵の側面をつかなければならない。
時間との勝負である。
何としてでも急がなければ。
そのサコンは、敵の総大将と思われる者の姿を確認した。
そして、名乗りを挙げる。
「我は王国騎士軍団常駐隊長のサコン!貴殿、イバランの総大将とお見受けするっ!」
一方。
イバラン軍の将軍は、敵軍の強さに驚きを隠せなかった。
純然たる騎士とは、斯くのごとし強さなのか・・・と心の中で呟く。
自らが率いる右翼は、自軍の中でも実力の高い者で揃えている。
それが、全くといって良いほど、敵の相手になっていない。
この戦いは、時間との勝負である。
何としてでも時間を稼がなければ。
その将軍の前に、歴戦の猛者といった風格のある敵が現れた。
その右手には朱色の槍が握られている。
【状況(拡大)】
□=王国軍
■=イバラン軍
カモット
☆ 私隊長
□□□□□□□□〇□□ □□
□□□□□ □ □□ □□□〇常隊長
■■■ ■■ ■ ■■□□■●将軍
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■■■■
■■■
■★■
ラタ
敵はサコンと名乗ってきた。
イバラン軍の将軍は、自分も名乗りを挙げようとして止めた。
自分は総大将である。
自分が名乗りを挙げることの危険性は大きい。
僅かの時間考えた。
目の前の敵から逃げ出した場合、自軍の士気の低下は免れない。
それは、この戦いで致命的となる可能性が高い。
ならば、危険を承知で覚悟を決めるべし。
「我はイバラン軍総大将“カトール”である!」
名乗りを挙げたカトールには、何の迷いもなかった。
そして、目の前の猛者と対峙した。
その時。
合図が鳴った。
それはもう一つ。
先に鳴った合図はラタが発したものだ。
そして、後の合図は、この戦いに於ける“例の布石”である。
【状況】
□=王国軍
■=イバラン軍
カモット 私隊長
■■☆ 〇
□□□□□□□〇常隊長
■■■■■■■●将軍
■■
■■
★
ラタ
「なんとっ!?」
右側面から敵伏兵が突如現れたことに、カモットは驚愕した。
敵伏兵の数は少数である。
しかし、王国軍の完全に裏を取っていた。
その伏兵がカモットに迫る。
それは、イバラン軍が、昨夜の戦いで退却する際に伏せておいた兵であった。
その潜伏兵は、この時を静かに狙っていたのである。
「むむぅ!昨夜、潔く兵を退いたのはこの時を見ていたかっ!!」
カモットは歯噛みした。
王国軍の騎士たちが、カモットを守ろうと慌てふためく。
カモットは、完全に敵に囲まれた。
「抜かったか・・・。」
静かに目を閉じる。
イバラン軍の潜伏兵は、カモットに対して猿轡をはめると、縄で生け捕りにした。
生け捕りにされると思わなかったカモットは、激しく抵抗を見せる。
そして、イバラン軍の左翼は勝鬨の声を挙げた。
と、全く同時に、勝鬨の声が別で挙がっていた。
王国軍の左翼からである。
それは、サコンがイバラン軍の総大将カトールを生け捕りにしたのであった。
互いに勝鬨を挙げる両軍。
何とも不思議な状況であった。
そんな中、山の下にある平原では、新たな大軍が戦いの陣形を整えていた。
それは、王国軍でもイバラン軍でもない。
後に“シキニ山地の戦い”と呼ばれるこの戦は、王国軍対連合軍の戦いではなかった。
歴史に名を残す戦の始まりは、これからである。




