第1章 第50話 どうやら最後の戦いが始まったらしい
- 魔素の世界 -
《ポルファス王国 王都近郊 平原》
邪眼の悪魔は、その何本もある触手を広げた。
触手の先にある邪眼から、闇属性の攻撃魔法が放たれる。
ドガン!ドガン!ドガン!
辺り一面に闇魔法が炸裂する。
次々と吹き飛ばされる王国軍の騎士たち。
オルタスは、騎乗する馬との呼吸を合わせた動きで、それを全て躱していく。
そして、敵は目前まで迫ってきた。
邪眼の悪魔の身体にある大きな一つ目が、そのオルタスの姿を捉えた。
そして、何かを仕掛けようとする。
しかし、何も起きない。
「ゲヒャ??」
邪眼の悪魔は不思議そうにしていた。
ミスリルの大剣を振り上げたオルタスは、駆ける馬の背から大きく飛び上がった。
そして、力の限り強烈に剣を振り下ろす。
「岩壁斬っ!」
邪眼の悪魔は、その攻撃を避けようともしていない。
ガッキンッ!
激しい金属音のような音が響く。
オルタスの攻撃は、目に見えない何かに弾き返された。
まるで、そこには強固な壁があるかのようである。
空中で一回転して地面に着地すると、オルタスは体勢を整え直した。
「なぜだ・・・。」
オルタスは困惑する。
自身の渾身の一撃は、敵を確実に捉えていたはずである。
しかし、ミスリルの大剣が敵に届く手前で、何かに弾き返された。
このミスリルの大剣は、光の属性を帯びている。
敵は聖属性が弱点である。
それなのに、自分の攻撃が敵に届かない。
オルタスは頭を振ると、考えるのを止めた。
「雑念不要!」
ミスリルの大剣を振りかぶり、幾度もの連撃を繰り出していく。
しかし、その全てが尽く弾き返された。
邪眼の悪魔が触手を振り回す。
それを右肩にもろに喰らったオルタスは、大きく吹き飛ばされてしまった。
邪眼の悪魔は、再び触手の先にある邪眼から闇属性の攻撃魔法を放った。
辺り一面に爆撃が炸裂する。
「ゲヒャゲヒャゲヒャ。」
そして、愉快そうに笑っていた。
オルタスは、邪眼の悪魔の背面に移動すると、敵の背中から攻撃を仕掛けた。
それも無駄。
またも弾き返される。
それでも幾度もの連撃を加え続けた。
邪眼の悪魔は、鬱陶しそうに後ろを振り返る。
そして、大きな一つ目でオルタスの姿を捉えると、またも何かを仕掛けようとした。
しかし、何も起きない。
「ゲ、ヒャ。」
邪眼の悪魔が、残念そうに落ち込んだ。
再び、オルタスが攻撃を仕掛けようとする。
それを見た邪眼の悪魔は、触手を振り回してオルタスを殴りつけた。
オルタスはそれを大剣で往なす。
一撃、一撃がかなり重い。
オルタスは、必死にその攻撃を防ぎつつ、敵を冷静に分析していた。
自分の攻撃は、敵にあたる前に弾き返される。
しかし、敵の攻撃は自分の大剣で受けることができている。
仮説が頭をよぎった。
オルタスは、大剣を少しだけ傾けて刃を立てると、そこで敵の触手攻撃を受け止めた。
不完全な防ぎ方をしたことにより、次の触手を往なすことはできない。
敵の重い一撃を喰らい、オルタスは吹き飛ばされた。
オルタスが立ち上がる。
少しよろめいた。
そして、口から血が滴り落ちる。
しかし、その身体から発する気迫は薄れていない。
そして、その目には希望の光が灯っていた。
「見たぞ。」
触手の乱打に吹き飛ばされる直前、オルタスは確実にそれを見た。
刃を立てて防いだ際、敵の触手が僅かに傷を負ったのである。
一方。
王宮魔導士マゴットは言葉を失っていた。
その様子を見て、死を纏う者であるアイラが笑う。
「クフフフ。どうしたヒサシン、久々の再会じゃないか。」
その声は低く、しゃがれている。
その姿、その声は、自分が知るアイラには程遠い。
しかし、その笑い方、その少し男勝りな口調は間違いない。
アイラだ。
ふぅ。
マゴットは、大きく息を吐いた。
「アイラ、君は何がしたいのだ?」
「クフフフ。さあ?何だろうね。」
戦場の土煙が、2人の間に流れる。
「ヒサシン、何であんたが“そっち”にいるんだい? その方が不思議だよ。」
「・・・・・。」
マゴットは答えない。
「シモンが悲しんでいるよ。 仲間がこんな裏切り者だったなんて。」
奇妙な仮面の目元に手をあてると、アイラは天を仰ぐ仕草をした。
「裏切りか・・・そう言われると、言い訳のしようもないな。」
「じゃあ、今から“こっち”に来れば? 一緒にポルファスの滅亡を見たいでしょ?」
「シモンは、確かに憎しみを持って死んだかもしれん。」
「そうだね。」
「だが、アイツは、平和を心から愛していた。人々の幸せを願っていた。」
「・・・・・。」
マゴットは、その手に持つ杖をアイラに向けた。
「アイツの名を語って殺戮を犯すお前が、シモンを裏切っているんじゃないのか?」
アイラは、奇妙な仮面を外した。
そこには何もない。
のっぺりとした無であるが為に表情はなかった。
しかし、その全身からは怒りが滲み出ている。
「お前さ。私の愛するシモンの何を知ってるってんだ。」
その声は静かに、そして怒りが籠っていた。
「人々の幸せ? 私たちの“つつましい幸せ”が踏みにじられたんだ。」
奇妙な仮面が宙に浮く。
「シモンが心から愛していたのは、私のことだけさ。」
奇妙な仮面の目が赤く光った。
「ヒサシン、お前、死ね。」
マゴットの両側から、レイスと死の騎士が襲いかかる。
それを躱したマゴットは、敵2体を同時に魔法の業火で焼き尽くした。
すぐに、新たな敵がマゴットを囲もうと動く。
その動きを見たマゴットは、その敵を魔法で全て氷結した。
敵はまだ襲いかかる。
それは、邪悪な死の猪戦士であった。
しかも、数が多い。
マゴットは、邪悪な死の猪戦士に、魔法の稲妻を落とした。
しかし、邪悪な死の猪戦士の突進は止まらない。
それを見たマゴットは、杖を翳すと大技を放とうとした。
「相変わらず見事だね。でも、お終い。」
アイラが呟く。
次の瞬間。
マゴットは、身体が硬直したかのように動かせなくなった。
「むっ!」
必死にもがこうとするが、身体が全く動かない。
それは、本来のアイラが得意とするレンジャーのスキル、“影縛り”であった。
邪悪な死の猪戦士の剣が、マゴットの身体に突き刺さる。
「ぐはっ!」
無情にも、さらに別の邪悪な死の猪戦士の剣が、マゴットの身体を貫いた。
「さて、色々あったことは水に流して、おかえりと言ってあげるよ。ヒサシン。」
マゴットは倒れ込んだ。
アイラが、笑いながら歩み寄ろうとする。
その時。
「ここには、ウォルスがウジャウジャいるさね。」
「おいおい。じゃから、“オーク”はないじゃろう。」
「ふふっ。」
敵味方入り乱れた争いが激化している戦場。
その中を3人は颯爽と歩いてきた。
目の前に倒れている男を見て、エレンが回復を試みる。
「じゃあ、このオーク様は、あの大目玉の方に行ってくるわい。」
「ここにいたら、共食いになるだけさね。」
ウォルスは、まだオークのネタで揶揄ってくるジーニャを白い目で見た。
でも、何を言ってもジーニャには言い負かされる。
諦めよう。
ウォルスは、トボトボと歩いていった。
「さぁて、オリオン。やっと見つけたさね。」
ジーニャは、死を纏う者であるアイラを見て言った。
自分がオリオンと呼ばれたことで、アイラは酷く動揺した。
この身体の持ち主を知っているということは、こいつらは間違いなく“あそこからの追手”だ。
そう悟ったのである。
「なるほど。中途半端な仮免堕ちだったのさね。」
ジーニャは冷たい視線を向けた。
「シモンとか名乗るバカタレに一つ言っておくさね。」
アイラは、自分がこの身体を得てからら、はじめて恐怖を感じていることに気付いた。
そして、自然と身体が震える。
「あんたがやっていることは、ただの“死人操作者”さね。」
ジーニャが、アイラに一歩近づいた。
それに対して、アイラは無意識に一歩下がる。
「オリオンのジョブ“シャーマン”は、英霊を呼び起こすものさね。あんたの人形遊びとは本来の力が違うんさね。」
ジーニャから眩いばかりの光が溢れ出す。
そして、その光を周囲に解き放った。
「お遊びは、これでお終いさね。」
光を浴びた邪悪な死の猪戦士が、ボロボロと崩れて土に還っていく。
「お前はな、所詮は仮免堕ちなんだよ!」




